082:研究会の様子『本郷駆』
「〈ライダースタンス〉――行くぜ、『ハクロ』!」
「ブルルルッ!」
先日の遠征で連れ帰られた、白い鹿の霊獣。
ハクロと名付けられたそれは、もうすっかり本郷に慣れた様子だった。
本郷の固有魔法である乗騎術、その術式の〈ライダースタンス〉は、魔力によって手綱と鞍まで造り上げている。
ハクロにまたがった本郷は、思うがままにハクロを操って運動場を周回するように走り回っている。
その速度は、一緒に旅をした俺たちでも驚くほどのものだった。
「あの二人、本当はこんなに速く走れたのか……」
「この間は森の中だったから、自由には走り回れなかったもんね」
霊獣――ハクロと出会ったのは山の中だったし、本郷が彼女に乗っていたのは魔族との戦いの件の中でだった。
だからこそ、彼女が本気で走った場合のスピードを知り得なかったのだ。
改めて確認する二人のスピードは、特化した固有魔法でもなければ到底追いつけない程のものであった。
「成程……騎乗するものの素の能力が高いほど、固有魔法の術式による強化の幅も大きくなるのかもしれませんな」
その様子を眺めていたロワン老は、驚きを交えながらしみじみとそう呟く。
霊獣を見たときにも驚きを隠せない様子だったけど、乗騎術との相性の良さには脱帽だったらしい。
今回の旅で、最も大きな変化を見せたのは本郷だろう。
術式の解釈拡大という技術を手に入れた斎藤や、解析術の経験値を大幅に増やした江崎も成長しているけれど、やはりハクロを手に入れた本郷が最も大きい。
ハクロはああやって乗り物として扱うだけではなく、魔法を使って戦うこともできる。
知能も高く、普通に言葉で伝えて意思疎通が取れる程だ。
「ふむ。では、戻ってきてくれますかな!」
「はーい、了解っす!」
魔力の手綱で制動をかけた本郷は、軽やかに訓練場から戻ってくる。
凄い速さで走り回っていたハクロも疲れた様子はなく、まだまだ元気そうだった。
「いやはや、驚かされましたな……今のが全速力でしたか?」
「いや、まだまだいけそうでしたね。だよな、ハクロ?」
本郷の問いに、ハクロは首肯して答える。
どうやら、二人にはまだまだ余裕があったようだ。
そんな本郷の返答に、ロワン老は驚きを隠せずに声を上げる。
「白い鹿の霊獣……確か、ホワイトランディアと呼ばれる種でしたが。それがそこまで速く走れるという記録は見た覚えがありませんでしたが……君の術式で、どの程度速くなっているのですかな?」
「そうっすね……たぶん、五割増しぐらいじゃないかと」
「ほう……そこまで習熟していない術式だというのに、それほどの強化ですか」
「はい、馬にやった時はそこまでじゃなかったんで、やっぱりこれはハクロだからこそってのはあるでしょうけど」
ここで訓練している間は、本郷も普通の馬と馬車ぐらいしか強化をしたことがなかった。
霊獣を強化してみたことで、できることの範囲が広がったというか――自分自身の固有魔法に対し、理解が深まったのだろう。
これまでの経験上、見方が変わることで術式が強化されるという例はかなりある。
より深く、強化をできるようになったということなのだろう。
「成程、実に有用ですな。ちなみにですが、馬車と霊獣を同時に強化することは?」
「いや、それは無理っすね。あくまで、俺が乗っていることが条件なので」
「ふーむ……条件付けがあるからこその、大幅な強化ということなのかもしれませんな」
そういう意味では、中々制約も大きいと言える。
馬車の強化にしても、常に乗って魔法を発動し続けなければならないのだ。
幸い、維持に消費する魔力の量は少ないらしいけれども――やはり、そう簡単に強力な効果を得ることはできないのだろう。
そう考えている間、ふと思いついて、俺は本郷に質問を投げた。
「なあ本郷、乗っている乗り物だけが術式の対象なんだよね?」
「ああ、そうだぞ。正確に言えば、俺が操縦している乗り物だけが対象って感じかな」
「それじゃあ、乗り物が連結してたらどうなるんだ?」
俺の疑問に対し、盲点だったのか本郷はしばらく停止して沈黙してしまった。
俺の頭の中にあったのは列車だ。あれは複数の車両が連結しているが、操縦を行っているのはあくまでも先頭の一車両。
その場合、本郷の術式はどこまで効果を及ぼすことができるのか。
これについてはロワン老も気になったのか、すぐさま近くにいた騎士を呼び寄せた。
「ああ、君。馬車を二台持ってきてくれますかな? 馬は二頭でよいので」
「は、はあ。少々お待ちください」
困惑した様子ながら、騎士たちは馬車を運ぶために厩舎の方へと向けて走っていく。
程なくして、二台の馬車が訓練場の方まで届けられることとなった。
一台一頭で運べる、それほど大きくはない荷車程度のものではあるが、それでも検証を行うには十分な代物だろう。
「良いですね。では、ここを固定して二台を連結してください」
「それでは曲がれなくなりますが?」
「今回は検証だけですので、真っすぐ進めればそれで良いでしょう」
騎士たちは首を傾げつつも、二台の馬車を連結し、更に先頭の馬車に二頭の馬を繋ぐ。
これで、簡易的な連結馬車はできただろう。
騎士たちの言う通り、二台をきっちり固定してしまっているためカーブは難しいだろうけど、とりあえずは動くはずだ。
重さ的には馬二頭で運ぶことは可能だと思われるが――さて、果たしてどうなるんだろうか?
「では、こちらで試してみてくれますかな?」
「は、はあ……了解っす」
本郷自身、どうなるのかよくわかっていないのだろう。
困惑した様子を残しつつも馬車に乗り込み、普段通りに乗り物強化の術式を発動した。
本郷の座る場所を中心として、馬車から馬まで緑色の光が走り――最初の馬車で、その光は止まる。
どうやら、強化は一台目までしか入らなかったらしい。
「ふむ……連結しただけでは、効果は及びませんか」
「いや、待ってくださいロワン先生。ちょっとだけだけど、手応えはあったんで」
本郷はロワン老にそう告げると、一度術式を解除した。
そしてぐるりと二台の馬車、更に二頭の馬を見回して――改めて、その術式を発動した。
「……いける。〈ドライバースタンス〉!」
本郷の声と共に、再び緑色の光が広がっていく。
一台目の馬車、次に馬、そして――二台目の馬車へと。
どうやら、本郷は二台の強化にも成功した様子だった。
「そっか、術式の解釈を拡大するってのはこういうことか!」
納得した様子で破顔しながら、本郷は強化に成功した二台の馬車を眺めている。
その姿に、ロワン老は驚いた様子で声をかけた。
「もしや、今即興で術式の効果範囲を拡大したのですか」
「あ、はい。二台の馬車がくっ付いてるんじゃなくて、これが一つの連結馬車なんだと認識して、術式の方も調整したんすよ。そしたらいけました」
「成程……いや、素晴らしい。術式解釈の拡大という例を既に見ていたとはいえ、あっさりと自分自身に応用できるとは。実によい発想だ」
そう告げながら、ロワン老は拍手と共に本郷のことを称賛する。
二台の強化に成功したことよりも、術式の拡大に成功したことを褒めていた。
斎藤の技術を見てから俺自身気にしていたため、その難易度の高さはわかる。
術式の解釈拡大は、自分自身の常識を破るような発想の転換が必要になるのだ。
それをすぐに行えるのは、並大抵のことではないだろう。
(……やっぱり、皆凄いな)
俺の方は、まだ拡大は成功していない。
ロワン老曰く、強力な固有魔法であるほど万能性が高く、できる範囲が広いぶんだけ解釈を変えることも難しくなるという。
俺の固有魔法が強力であるという風に褒めて貰えるのは嬉しいが、やはりこのまま足踏みをしているわけにもいかないだろう。
次の遠征、霊峰オルトスクへの旅までにはもう少しだけ時間がある。
それまでに、俺自身ももっと技術を高めなければ。
ぐっと手を握り――俺は静かに、決意を新たにしたのだった。




