080:予兆と変化
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ガーランド宰相との話の後、先生はすぐにティエーリア王女に接触することに決定した。
王女様はいつでも会えるというわけではないのだが、よほどのことがない限り、面会の申請を出せば会わせて貰える。
一国の王女がそれというのもどうかとは思ったのだが、助かることは事実だ。
先ほどの件もあり、もしかしたら接触しづらい事情があるのかもしれないと警戒していたが……いつも通りあっさりと、彼女との面会は許可が下りた。
というより――
「お帰りお待ちしておりました、皆様」
面会の申請を出してから三十分と経たないうちに、彼女の方から接触してきたのである。
流石にその展開は予想外で、どのように話をするべきか先生と相談をしていた俺は仰天することとなった。
先生も驚いていたものの、すぐに気を取り直して彼女を迎え入れる。
「驚きました、ティエーリア殿下。こちらから伺うつもりだったのですが」
「いえ、私からもお伝えしたいことがありましたから。急ぎ、こうして顔を出した次第です」
ティエーリア王女の言葉に、俺と先生は顔を見合わせる。
恐らくではあるが、これこそがガーランド宰相の言っていた話だろう。
何か複雑な事情がありそうな仕事――しかし、ガーランド宰相が渋い表情を見せていたのとは裏腹に、ティエーリア王女の様子は普段通りの明るいものだった。
そんな彼女の様子に疑問を覚えながらも、その伝えたい内容とやらを待つ。
「まずは、お仕事お疲れ様でした。持ち帰っていただいた魔道具については、間違いなく価値あるものであると認められましたので、精霊剣の処遇については問題ないでしょう。私からも、お父様――国王陛下に交渉いたしますので」
「それはありがたいのですが……よろしいのですか?」
「ふふふ、勿論です。というより、あれほど価値あるものを献上された状況で、褒賞を与えない方が王族として角が立ちますので」
王族というだけあって、度量を示すといったことも必要なのだろう。
そもそも、使い道のない精霊剣を死蔵しておくよりは、あの自動人形を運用した方が使い道もあるし、外部へのアピールにもなるだろう。
ガーランド宰相は価値が匹敵すると言っていたが、実際のところは自動人形の方が価値は高いのではないだろうか。
まあ正直、そこを詰めても根拠のある話ではなかったので、特に口を挟むことはしなかったが。
「そういうことですので、精霊剣についてはご安心ください。どうあっても、その下賜については勝ち取りますので」
「ありがとうございます。おかげで、心置きなくこいつを使うことができます」
「ええ、ご活躍を期待しておりますよ。ところで……一つ、お伝えしなければならないことがあります」
ティエーリア王女の話すトーンが、僅かに変わる。
決して堅苦しいものではない。だが、確かに真面目でしっかりとしたものへ。
その気配に、俺と先生は思わず佇まいを直していた。
果たして、何の話があるのだろうか――その疑問を抱きながら固唾を呑んで、王女様の言葉を待つ。
「精霊教会の本部、霊峰オルトスクよりお声がかかりました。是非、ミカ様を――ホミカ様を招待したいと」
「……やはり、その動きがありましたか」
硬い口調で、先生はそう呟く。それについては、俺自身同じ思いだった。
精霊教会については有名で、どこにでもある組織のため、その成り立ち自体を探ることはそう難しくはない。
宗教団体ではあるが、あまり厳密な教義があるわけではなく、精霊とマナを信奉しているという程度。
教会に所属している人々は、各地を巡りながら精霊に感謝を捧げ、マナの乱れる要因があればそれを排除しているという。
どちらかというと、互助組織という面が強い印象だった。
(けど……その総本山、霊峰オルトスクか)
その名前は、当然ながら調べた情報の中にも出てきた。
悠久の聖女を頂点とした、精霊教会の総本山。精霊教会の信徒たちにとっては、憧れの地であると言ってもいい。
しかし生憎と、その詳細な実態までは調べることができなかった。
俺の調べられる範囲では、オルトスクは謎に包まれた場所だとしか言いようがない。
けれど、そんな彼らが栗原先生を招待するというのは、決して不思議な話ではなかった。
「それは……顕霊であるミカさんと話をしたい、という程度の話ですか?」
「お声がけくださったのは、大司教ローデリヒ様でした。ミカ様のお話を聞き、是非お会いしたいと」
「大司教様、ですか」
「はい。聖女様を除けば、実質的にはオルトスクのトップと言っても過言ではないお方です」
ティエーリア王女の言葉に、先生はしばし沈黙した。
扱いに困る、と思っているのだろう。
そこそこの地位の相手ぐらいであれば、何とか理由を付けて断ることもできたはずだ。
だが、実質的なトップが相手となると、流石に断ることも難しい。
ガーランド宰相がああいった反応を見せていたのも、無理からぬことだろう。
(宰相からしたら、栗原先生はかなり優秀な人材だ。精霊教会に横槍を入れられたくはない……けど、この国は精霊教会との結びつきが強いし、無視することもできない)
召喚の魔法陣については、ファレンジア王国は精霊教会から管理を委託されているという話だった。
その恩恵に与っている以上、精霊教会の意向を無視するということは難しいのだろう。
先生はしばし沈黙し――深く溜息を零してから、身を乗り出しつつ声を上げた。
「率直にお伺いします、王女殿下。それは、栗原先生に何かを強制するような内容だと思われますか?」
「それは……ありえない、筈です。それはつまり、顕霊であるミカ様に何かを強制しようとしているということになりますから。そのようなこと、恐れ多くてできる筈もありません」
ティエーリア王女の言葉に、澱みはない。彼女は確かに、そう信じて告げているようだった。
一方で、ティエーリア王女の言葉は信じられても、会ったこともないローデリヒ大司教を信用することは難しい。
果たしてその言葉の通り、本当にただ話をするだけなのだろうか――その疑問に対する確信は得られなかった。
「……わかりました。一度、我々で相談させていただいても良いでしょうか?」
「ええ、勿論です。色よいお返事を期待しております」
いつも通りの柔らかい笑顔で、ティエーリア王女は首肯する。
その姿の中に、普段と異なる様子を見通すことはできなかった。
やはりティエーリア王女は、精霊教会のことを信用しているのだろう。
だが生憎と、俺たちはそれを無条件に信用することはできなかった。
部屋を退出していくティエーリア王女を見送ってから、俺は改めて先生に向かって問いかけた。
「行かざるを得ない、ですよね」
「そうだね。たとえ断ったとしても、何らかの形で行かされることになる筈だ。であれば、こちらで選択できるうちに動いた方がいいか……」
悩ましげに、先生はそう口にする。
やはり先生も俺と同じように、ファレンジア王国自体がこの依頼を断れないと判断しているようだ。
なら、ここから先は行くことを前提として話をするべきだろう。
「それなら、まずは裕也に調査を依頼するべきじゃないですか?」
「そうだね、私も同意見だ。できる限り、現地の情報は手に入れておきたいからね」
まあ、裕也のことだから、言われなくても勝手に調べてはいるのだろうけど……何であれ、警戒するに越したことは無いだろう。
そして、それに加えて――
「それから、俺も行くつもりです」
「天堂君? 今回は、あくまでも栗原さんが呼ばれているだけだよ?」
「今回の旅で思い知ったんです。俺たちはもっと、この世界のことを知らなければならないって」
魔族のこと、彼らとの戦い。探索者の仕事に、固有魔法を血肉のように身に着けた人々のこと。
俺たちには、圧倒的に経験が足りない。それは、王国の中にいるだけでは決して得られないものだった。
裕也ではないけれど、それを得られる機会は是が非でも経験しておくべきだ。
「仕事だからとか、誰かのためだとかではなく……俺自身が、そうすべきだと思ったんです」
「……教師としては、認めるべきではないだろう。けれど――」
じっと、先生は俺の目を見つめてくる。
その視線を避けることなく、俺はまっすぐと見つめ返した。
決して揺るがぬように、腹の底に力を込めながら――絶対に、逸らすことなく。
「……それは、君自身が得た知見、君自身の成長だ。ならば大人としては、その挑戦を否定することはできない」
「先生……!」
「可能な限り、私が責任を負うよ。だから、やってみなさい」
「っ……はい!」
背中を押してくれる、その言葉。
それに、俺は確かな笑みと共に頷いたのだった。




