078:稼働開始
ブライトが稼働したことによって、顕霊人形計画はその前提技術をクリアすることができた。
正確に言えば、人工顕霊の生成を安定化させるまでは完璧とは言い難いのだけど、そこは今後でブラッシュアップしていくべき部分だろう。
ともあれ、人工顕霊の生成に成功したなら、後はそれを繰り返していくのみ。
そちらの作業についてはリシーに任せつつ、僕は僕で自分の仕事を完了させることにした。
即ち――
「どうかな、アイ。肉体を得た感想は」
「……奇妙な感覚です。筆舌に尽くし難い、とはこのことかと」
僕の作り上げた人形が独りでに動き、声を上げている。
言うまでもなく、アイがこの人形の体に入り、動かしているが故だ。
どうやらひとまず、基礎的な動作に関しては問題なく動いているらしい。
長い黒髪と、切れ長の目、そして輝く黄金の瞳。身長は少々高めで、僕と同じか少し高い程度。
体格に見合ったプロポーションもあり、立って動いているところを見ると中々の迫力だった。
「人間が肉体を動かす感覚とは異なるでしょうが、自在に動かせる肉体があるというのは興味深い感覚です」
「顕霊が体を得るというのはこれまでにない感覚だろうし、仕方ないかな。とりあえず、動きに問題はない?」
「肯定します。基礎的な身体動作について、問題なく稼働させることができるようです」
立って、歩き、そして物を掴む。
言葉で言うと簡単だけど、ロボットにその動きをさせると考えるとかなりの難易度だ。
けれど、アイの動きは実に自然で、人間が動いている様子とそれほど差はない。
若干、指先の動きがまだ鈍いようだけど、それについては要調整だろう。
「今後の顕霊人形製造においても、アイの感覚と調整内容は非常に重要になる。思ったことがあったらすぐに報告して。とりあえず、指の動きについては要改善だね」
「承知いたしました。動作実験メニューを継続します」
アイには、顕霊人形の動きをテストする役目を負って貰っている。
僕が作り上げた自動人形の体を動かす際、何がネックになっているのか。
動きにタイムラグが発生していないか、精密な動作をすることが可能なのか。
もしも懸念点があるなら、それを解消するために人形へと改造・改良を施していく。
今後、顕霊人形を増やしていくにあたっての、前提となる作業だった。
その筈だったのだけど――
「むー……」
「……あの、エリちゃん?」
僕が設定したメニューをアイがこなしている中、やって来たエリちゃんは何故か不満そうな様子で僕のことをじっと見つめていた。
彼女の視線は僕とアイを行ったり来たりしており、肉体を得たアイのことを気にしているのは間違いなさそうだけど――
「……ねえユウ君。ユウ君の好みって、ああいう感じなの?」
「えっ、好み?」
「だって、アイちゃんの外見作ったのユウ君でしょ? だから、好みに合わせて作ったのかなって」
エリちゃんの言わんとしているところを理解して、思わず視線を逸らしてしまう。
まあ、アイからは外見に関する要求など一切無かったため、彼女の外見については100パーセント僕の趣味であることは間違いなかった。
けれど、それが僕の女性の好みかと聞かれると、それはまたちょっと違った話になってくる。
「いや、ええとね、アイって『仕事のできる女性』っていうイメージだったから、そこに寄せていったら自然とこうなったというか」
「でも外見に好みは入ってるんでしょ?」
「それは……まあ、多少は」
「むー」
不満げに頬を膨らませるエリちゃんであるが、僕だってわざわざ趣味に合わない外見を作るかと問われればそれは否なのだ。
イメージを優先しているとはいえ、アイの外見に僕の好みが反映されていることは事実であった。
「じゃあユウ君って、ああいう綺麗系の方が好きなの?」
「え? いや、それはあんまり気にしたことなかったな……アイをあの外見にしたのは、あくまでもキャリアウーマンっぽいイメージからだし」
あの見た目のテーマは、『バリバリに仕事ができる社長秘書のお姉さん』である。
眼鏡なんかをかけたら、外見としては完璧だろう。
まあ、アイに視力の低下など発生することはあり得ないので伊達になるし、アイからしたらファッションは興味がないので意味不明な行動になってしまうだろうけど。
「仕事のサポートをしてくれる人の理想形というか、そういう感じで作ったから、女性としての好みかと聞かれると……少し外れる、的な?」
「……ちゃんと本音っぽいね」
疑り深い視線でじっと見つめてくるエリちゃんだが、僕の説明には一応納得してくれたらしい。
とりあえずのところは安堵しつつ――けれど、エリちゃんの追及自体はまだ終わってはいなかった。
「じゃあじゃあ、ユウ君の好みってどんな感じなの?」
「えっ、いや、それは……」
正直なところを言えば、どちらかというと可愛い系の方が好みだ。
それに加えて、最近は小悪魔系がちょっと気になり始めているのだけど……誰の影響なのかは説明しづらい。
かといって、適当にはぐらかそうとしてもエリちゃんはさらに追及してくるだろうし――
「……まあ、可愛い系の方が好きだよ、僕は」
「おー! ホント!? にひひ、そっかそっか! ユウ君は可愛い方が好きだよねぇ!」
途端に上機嫌になったエリちゃんの様子に、内心で安堵しつつも笑みを浮かべる。
わかりやすいと言うべきか、もしくはわざとそうしているのか――そういった部分を含めて、やはりエリちゃんは小悪魔的だった。
「にひひっ、ねえユウ君、エリの好みはどんな感じだと思う?」
「……さあ、教えて貰えるかな?」
「えー、どうしよっかなぁ……にひひっ」
気にならないと言えば嘘になるのだけど、聞くことをちょっとだけ躊躇ってしまう自分もいる。
彼女が何を考えているのかは、じっとこちらを見つめているその視線が僅かに語っていた。
どんな反応をするべきか。悩みに悩んだ僕は、エリちゃんへと向けて口を開こうとして――
「マスター、一連の動作確認が完了いたしました。レポートはこちらに」
「おわっ!? あ、ありがとう、アイ!」
ずい、と顔を寄せて、アイがこちらへとレポートを差し出してくる。
その距離の詰め方はどことなくエリちゃんのそれに近く、彼女が誰の動きを参考にしているのか理解できてしまった。
あまりアイのイメージではなかったのか、エリちゃんも目を丸くしている中、僕は彼女の提出してきたレポートに目を通す。
結果は――まあおおよそ、予想通りのものであった。
「……やっぱり、指先の動きが課題だね。どうしても、そこの制御が甘いか」
「力の制御が課題です。指先の動きが甘い状態で物を掴むと破壊しかねません」
「出力制御が必要ってことだね。日常用と戦闘用……いや、そんな単純なスイッチングだと咄嗟の制御が難しいかな」
アイの肉体はかなり高級な素材を使っただけあって、出力の上限値は非常に高い。
そのパワーを制御するのが、今のアイには難しいのだ。
意識的に出力値を制御しようとするとタイムラグが発生してしまうし、状況に応じて自動的に上限値を変更できる仕組みを作った方がいいか。
「ありがとう、アイ。とりあえず、これを改善する方向で一回調整しようか」
「承知いたしました。それでは再び、情報収集作業に戻ります」
そのまま、アイはスタスタと実験室を出ていく。
向かった先は、アイの本体である封入器のあるエリアだろう。
そうして封入器を乗り換えることで、アイはあの人形の体を動かしているのだ。
「……ねえ、ユウ君」
「あ、ごめんエリちゃん、ちょっとびっくりして」
「ううん、それはエリもそうだったから……ただちょっと、自分を省みた方がいいかなって」
アイのことを見送るエリちゃんは、何故か反省した様子でそんなことを呟いたのだった。
そんな彼女の様子に苦笑しつつ、アイの人形を回収するために立ち上がる。
そろそろ晃司たちも拠点に帰ってくる頃だろうし――あれこれと進めながら、様子を確認することとしよう。




