077:最後のピース
自動人形製作所から第二のラボへと移動して、リシーの様子を確かめに行く。
彼女にとっては悲願と言ってもいい、人工顕霊の生成。
その実験が佳境に入ったことで、ここ数日彼女のテンションはかなり高い状態が維持され続けていた。
生成器の状態についてはアイがきちんと監視してくれているから、正直そこまで張り付いていなくても大丈夫な筈だったのだけど――というか、下手をするとリシーの意識に精霊の方が影響されかねないから張り付きすぎるのも止めて欲しかったのだけど、言って聞くような状態じゃなかった。
まあ、後者については実験に悪影響を及ぼす可能性もあるから、距離を取って観察するようにはしていたけれども。
「リシー、調子は……ああ、エリちゃんも一緒だった?」
「ユウ君、お疲れー。リシーちゃんはこの通り、要介護の状態だよ」
「その説明には抗議するわよ、エリー」
「アイちゃんに言われても食事抜いてるくせに何言ってるのかなぁ?」
アイは警告こそすれど、それを強制的に止めさせることはできない。
いや、やろうと思えばできるのだろうけど、彼女はそれを行おうとはしないのだ。
そのため、リシーを強制的に休ませる仕事は主にエリちゃんのものとなっていた。
エリちゃんの手によって口元までサンドイッチを運んで貰っているその姿に思わずため息を吐きながら、僕はその先にある人工顕霊生成器へと視線を向ける。
「マナの収集速度を抑えたから精霊化までは時間がかかったけど……もう、精霊としては成立しているようだね」
「むぐ……ええ、ええ! それで確かめてみたのだけど、確かに〈精霊響振〉に反応があったわ! あの子は、確実に顕霊の兆しが出てるのよ!」
「……! ということは、仮説は合っていた可能性が高いってわけだ」
その報告は、僕にとってはこれ以上ない朗報だった。
勿論、たった一度の例だけでその仮説が合っていたと確定させることはできない。
しかし、もしも再現性があったなら、理論と共に技術を立証させることが可能なのだ。
人の手によって顕霊を生み出すという大偉業――そこへと向けて、大きく前進することができたと言えるだろう。
「リシー、何か懸念点は?」
「装置としての安定性は、正直まだ微妙だわ。運転中に行った調整作業はそこにまとめてあるから、後で修正をお願いね」
「ああ、助かるよ……ふむ、もうちょっとマナの収集速度を落とすべきだったかな?」
「あまりゆっくり過ぎると拡散しかねないから、それは余裕を込みで今ぐらいでいいと思うわ……もぐもぐ」
僕の言葉に答えながらも、リシーの目は人工顕霊の観察を続け、そして手は手元のノートに凄まじい速さで文字を刻み続けている。
口元にサンドイッチを持って行くエリちゃんの目は呆れを通り越し、完全に要介護者を見るような様相だったけど、幸か不幸かリシー自身はそれに気づいていないようだった。
「とはいえ、明確な自意識を確立できていない顕霊だと、目標到達とは言えないからね。大きな前進であることは間違いないけど」
「結局のところ、そこの差についてはまだ結論は出せないわ。顕霊化した時点で高度な自意識を持っていたのは、貴方たちの教師の……煌霊術の顕霊だけだったから」
あの顕霊、ミカにしても、情緒が確立した人格であるとは言い難い。
生まれた時点から発達した自我を有するようにするには、果たして今の方法で足りているのかどうか。
もしこれを変えるとなると、中々に難しい調整が必要になるだろう。
「入力する情報量を増やすのは?」
「機材のライン数を増やす必要があるでしょうけど、そうするとマナに対する干渉が大きくなるからマナ収集量を増やさざるを得ず、結果的に精霊が成立するまでの時間が短くなってしまうわね」
「どの辺りが最も良いバランスなのか、ってわけか。何とも、難しいね」
根本的に解決するためには、情報入力によるマナの干渉を抑える方法を見出さなければならないだろうけど――固有魔法の術式に対してアレンジを加えることは難しい。
今入れているアレンジだけでも相当な難易度だったため、これ以上の調整は正直勘弁してほしいところだ。
できれば、今の調整が最適解であってほしい――そんな思いを抱きながら、僕は人工顕霊生成器へと視線を向け直す。
それまで沈黙していたアイが声を上げたのは、それとほぼ同時だった。
『念話の術式を伝達します』
「っ、アイ?」
唐突に、指示もなく行動したアイに、思わず目を剥く。
果たして何があったのか、その言葉の意味も理解しきることはできなかった。
けれど――その結果は、驚くべき明確な形で僕たちへと提示されることとなった。
『――感謝します、統括官。そして、初めまして、我が主君』
「……! まさか」
『はい。私は人工顕霊一号機――とでも、名乗れば良いでしょうか』
アイと同じ、魔法による念話。
けれど、聞こえてきた声音は男性のもので、明確にアイとは異なる人格だった。
今まさに、生成器の中でマナを集め続けている精霊。それがまさか、ここまでの自我を既に確立していたとは。
「ここまで反応を見せなかったのは、僕たちに言葉を伝える手段がわからなかったからか」
『肯定します。統括官より伝達された術式により、こうして皆様に声をかけております』
「アイちゃんが統括官なの?」
『肯定します、エリ様。彼女は、収集したありとあらゆる情報を整理し、統括する存在。故に、統括官とお呼びしております』
アイと同じ、どこか機械的な話口調。
しかしながら、アイを呼ぶその統括官という言葉の中には、どこか羨望のような感情が含まれているように感じ取れた。
生まれたばかりの彼が抱いている考えについては、まだ理解することは難しいが――
「……リシー。どうやら、実験は大成功のようだね」
「っ……ええ、ええ! まさか、ここまで……本当に最高だわ!」
拳を握りながら快哉の声を上げるリシーの様子に、僕とエリちゃんはちらりと視線を合わせて苦笑した。
涙ぐんですらいるリシーは、文字通り寝食を削ってまでこの実験に従事してきたのだ、感動もひとしおだろう。
とはいえ、僕自身もかなり高揚している。
これこそが最後のピース、明確な自我を持った顕霊の生成――それを完全に確立することができれば、顕霊人形計画は第一段階をクリアできるのだ。
この実験結果が再現性のあるものであるかはまだわからない。けれど、これは紛れもなく最高の結果だった。
「さて……それじゃあ君に問おう。顕霊として、君はどんな概念に対して興味を抱いている?」
『私が興味を抱いているのは、主君の描く魔法技術の発展です。機甲術による魔道具の製造――その果てで、クライヴ・ハルツマンすら成し得なかった人工顕霊の生成にまで成功しました。私は、更にその先を観測したい』
やはり、と言うべきか――情報刺激の入力により顕霊としての自我を目覚めさせた彼は、その情報に対する執着があるようだ。
彼の場合は、この施設の情報を入力してきたが故に、魔道具に対する執着を抱いているということだろう。
これについても、おおよそは目論見通りという状態だ。その事実に、思わず笑みを浮かべてしまう。
「わかった。君には僕と、そしてアイの補佐をお願いするとしよう。異存はあるかい?」
『いいえ、我が主君。それこそが私の望みです』
「にひひっ、お互い望み通りでハッピーだね! ユウ君、この子の名前はどうするの?」
「ああ、それについては方針を決めてあるんだ」
彼はともかくとして、今後は外界で活動していく顕霊人形たちを作り上げていくことになる。
ただし、これについては大量生産をするつもりはない。
一体一体を丁寧に、確実に作り上げていかなければ、いずれは制御不能になってしまう危険性もある。
だからこそ、僕は生み出す顕霊の数を制限するつもりなのだ。
故に――
「Aに続く二番目の顕霊。君のことは、Bと呼ばせて貰いたいんだけど、構わないかな?」
『了解いたしました。これより、私はブライトという固有名称で活動します』
賢さを意味する英単語、彼がそのような存在になってくれることを願い、名前を付ける。
さあ、まずはブライトを安定状態まで確立させて、そこからが計画の第二段階となるだろう。
まだまだ、やるべきことは山積みだ。けれど一歩ずつ、それを解決していくこととしよう。




