074:見送りと次なるタスク
「……悪いね晃司、鏡花ちゃん。残念だけど、まだ顔を合わせるわけにはいかないんだ」
僕の目論見通り、配置していた魔道具たちを手に入れて撤収していく晃司たち。
その姿を見送って、僕は小さくそう呟いた。
正直、腹を立てているであろう鏡花ちゃんはちょっと怖いのだけど……それでも、今のアドバンテージを捨てることはできない。
声ぐらいはかけても良かったかもしれないけど、江崎君という解析特化のメンバーが傍にいる以上、リスクのある行動は避けたかった。
僕の存在は、可能な限り秘匿する必要がある。それ自体が今後、大きな武器となるのだから。
(鏡花ちゃんについては……何か、お詫びを用意しておかないと)
流石に、彼女に怒られるのは僕も晃司も弱い。
昔から、彼女に対してだけは頭が上がらないのだ。
まあ、晃司関連で機嫌を取るようにすれば何とかなるとは思うけど――とりあえず、それは後回しでいいだろう。
「まずは、リシーの術式を再構築しないと」
リシーの固有魔法、響霊術。その最も基本的な術式である、〈精霊響振〉。
それは自分自身の意思を、顕霊へと伝達するという術式だ。
言葉にすると単純だけれども、それを実現するための術式は複雑怪奇である。
(構造自体は理解できる。入力、変換、出力――変圧器……いや、言葉を伝えようとしているんだから翻訳機か)
術式の起動後、入力部となる部分へ自分の意識を伝達する。
それを、変換部で顕霊の波長に合わせたものへと変換し、それから目標へと向けて出力する。
この中で、最も簡単なのは出力部だ。闇属性の精神干渉術式ならば、対象の精神に対して情報を発出することは難しくはない。
だからこそ、その部分に関しては既に構築できているのだ。
(入力部については、使い手の精神との接続部分は削除して、情報ストレージ術式との接続が必要……)
規格が合わない術式同士の接続に、思わず舌打ちが零れそうになる。
基本的ではあるが、こういった部分が難しいのだ。
既に幾度か検証しているため、情報ストレージの術式については熟知している。
ただ、それ自体はアイに刻まれて既に稼働している術式だ。そちら側を変更することは難しいだろう。
「つまり、リシーの術式の方を弄らないといけない、と」
嘆息を零し、図を描きながら思考を巡らせる。
こういった部分がバグの温床となるのだ。ただ動かないだけならいいけど、変に誤作動を起こして顕霊が暴走してしまっては困る。
これに関しては、しっかりと仕様を詰めていかなければならないだろう。
「あまりスマートじゃないけど、もう一つ変換を噛ませる方が単純でわかりやすいか……けど、不具合対策で箱入れ構造にして、並列処理は……いや、そもそも全体を複数ラインで作成すれば済むか。素材は余ってるし」
手本となるリシーの術式の横に、自分なりの解釈をした術式を紙に書き込んでいく。
術式をこんな風に論理分解しているのは、この世界では普通の行為なのかどうか。
リシー自身、書き出した自分の術式を見て複雑さに驚いていたので、恐らく一般的ではないのだろうと思うけど。
とにかく、こちらの情報ストレージ術式から取り出した情報を、受け皿となって変換する術式を構築し――そこで、後方から声が響いた。
「うえぇ……リシーちゃん厳しいよぉ」
「何言ってるのよ、エリー。貴方が作ってるところはこの構造の安全弁みたいな部分なんだから、可能な限り詰めていかないとダメよ」
「わかってるけどさぁ……エリはこの辺感覚で組んでたから、こうやって書き出すと余計にわかんなくって……ねえねえ、ユウ君はどんな感じ?」
エリちゃんは現在、精神干渉術式の構築に四苦八苦している。
先ほどの言葉の通り、エリちゃんはどちらかというと感覚派だ。
直感で術式を組み、魔法を構築しているからこそ、逆にこういう理論立てた構築は苦手なのだ。
それで魔族を圧倒するほどの魔法を構築できるのだから、その才能は大したものではあるのだけど――
「……? なにこれ?」
「リシーの術式を構造分解したものだよ?」
「えっ……何かエリが作ってるのの五倍ぐらい複雑……」
ちなみに、エリちゃんが見ているのは先ほど考えていた入力部分の構造術式だけだ。
まだ作っていない変換部分と、出力部分も含めてしまえば、五倍では済まない話になるだろう。
ついでに言えば、その出力部分にエリちゃんの組んだ術式を接続することになる。
そこでバグが発生しないように、更なる改良も必要になることだろう。
それについては話さなかったけれど――エリちゃんは、何故か気落ちした様子でがっくりと肩を落としていた。
「うぅ……エリも、ガンバリマス……」
「あ、うん、頑張ってね……」
とぼとぼと戻ってくるエリちゃんのことをリシーが呆れた表情で見つめていたが、それはともかく。
こうして、固有魔法の術式構造を解体していると、改めてクライヴが行った作業の複雑さを実感してしまう。
江崎君が行っていたことを見るに、解析術とはもっと多彩で、万能性に優れた固有魔法だった。
クライヴも、その性能を再現することを目標としたのだろうけど――残念ながら、その万能性を維持することは不可能だったようだ。
だからこそ、一部の機能のみに特化し、その性質を再現したのだろう。
(見るという行為を水晶板に代替させ、そこに映し出されたものの情報とマナ特性に絞って解析する。そうやって素材を用いたアプローチを行っているのが、僕にはできていない点だ)
それは前提として、この世界で生まれ育ち、学院で学んだクライヴだからこその知識という面はあるだろう。
けれど、それを言い訳としていても、何かが解決するわけじゃない。
使えるものは何でも使って、理想を実現していくべきなのだ。
「アイ、挙げた条件に適した素材をピックアップしてくれる?」
『承知いたしました。少々お待ちください』
その点、アイやリシーの助けを借りられるのは大きな点だろう。
クライヴの手助けをしてくれていたのは、例の友人だったのだろうか。
(クライヴの友人――)
あの手記の中においては、恐らく名前と思われる部分が検閲されてしまっている人物。
僕はこれまでの手記の内容から、恐らくその友人こそが【境界の賢者】なのだろうと推察している。
その彼が、術式剥離によって異世界の召喚術式を作り上げたのだろう、とも。
名前すらも神域検閲の対象となってしまった理由については、結局のところ謎のままではあるけれど――術式剥離を行った以上、【境界の賢者】はその時点で命を落としているはずだ。
果たして、どのような経緯があったのか……そして、その後のクライヴは誰にも頼ることなく、活動を続けたのか。
「……僕はかなり、恵まれている方か」
エリちゃんたちには聞こえないように小さく呟き、笑みを浮かべる。
横道にそれるのはこのぐらいにしておこう。せめて晃司たちがファレンジア王国に帰るまでには、生成器そのものを形にするぐらいのつもりでいなくては。
最初から上手く行くとは思えない。幾度かの微調整は必要になるだろう。
そして上手く稼働させられたとして、顕霊を生み出すことができなければ更なる理論の検証が必要となる。
まだまだ、課題は残っている。こんなところで躓いてはいられない。
『マスター、素材をピックアップしました。リストを提示します』
「ありがとう、アイ。さて、それじゃあ……晃司たちに負けないように、僕も頑張るとしようか」
差し当たっての目標は、今日中に術式構築理論の目途を立てること。
その結果を以て、リシーを驚かせてみるとしよう。




