073:残されたもの
「どうした、何があった!?」
「剛志君、西村さん、無事!?」
剛志たちが探索していたのは施設の反対側。
俺と鏡花ちゃんは中庭を突っ切る形でそちらへと移動し、二人が探索していた部屋へと駆け込んだ。
どうやら作業室だったらしいその部屋には、既に栗原先生と江崎の姿もある。
先ほどの声を聞いて、この二人も様子を確認しに来たらしい。
思いがけず全員が揃った状況だが――全員無事で、何かが襲い掛かってきたようには思えない様子だった。
「おう、悪い。驚かせちまったみたいだな」
「ああ、無事なら別にいいんだけど……結局、どうしたんだ?」
「ほら、コイツを見てくれよ」
そう言って、剛志は部屋の奥――そこに置かれていた、青い大きな箱を示した。
剛志の身長並みに大きいであろうその箱の蓋は開けられ、その中身が外へと晒されている。
赤い高級な布と、クッションで包まれている、その中身。
それは――
「……っ、ひ、人?」
「人間? いや、まさか……」
箱にすっぽりと収まっていたのは、人間としか思えない白髪の少女だった。
だが、この場所はもう千年近く人が立ち入っていない場所の筈だ。
そんなところに、生身の人間が残っているはずがない。
そんな俺の考えを肯定するように、江崎は箱の中に入っていた一枚の紙を取り出しながら声を上げた。
「いや、人間じゃないよ。これは人形だ」
「人形? こんな、精巧な見た目の?」
「うん。僕の目で見ても、これは『人型の魔道具』だ。ほら、見てみてよ」
驚愕に目を見開いている鏡花ちゃんへ、江崎は取り出した紙を手渡す。
俺もそれを覗き込んでみれば、そこに書かれていたタイトルは『自動人形納品書』という端的な言葉だった。
「自動人形……そう、確か、クライヴ・ハルツマンの魔道具の中でも有名だけど、現存するものは存在しないと言われてた物の筈だよね」
「ああ、確か研究会でもそんな話をしてた。クライヴの作る自動人形は当時の資料にいくつも残ってるけど、既に全部が失われているって」
「……してたっけ?」
目を丸くしている剛志と西村さんだが、授業をしっかり聞いていないのはよくあることなのでここでは言及しないでおく。
とにかく重要なのは、そんな貴重な魔道具の完品が、こうして目の前に存在していることだろう。
「江崎、この自動人形は今でも動くのかい?」
「うん……僕の目で見る限り、一切故障はしてないよ。どうやらこの箱は、中にある物体の時間を遅らせる効果があるみたいだ。だから、こうして完品のまま残ってたんだね」
「納品書があるけど、ここに残ってたってことは、注文した人が受け取りに来なかったのかも。晃司君、あの顧客リストで受取日付が入ってないのがなかった?」
「……ああ、そういえば確かにあったね。つまりこれは、受取人が来なくて取り残された、最後の自動人形ってことか」
既に完品は存在しないと言われていた、非常に高価な魔道具。
しかも、一切故障はしておらず、今でも稼働させることが可能な代物。
それは果たして、どれほどの価値を持つものなのだろうか。
しかも――
「この人形ちゃんさぁ、剣と盾もセット商品なの?」
「納品書の中には書いてないけど……確かに、一緒に入ってるね」
人形に並べられるように収められていたのは、剣と盾のセットであった。
人形のサイズに合わせているのか、それほど大きくはないけれど、サーベルとバックラーの組み合わせはバランスも良さそうだ。
そんな武器と防具のセットを見つめ、江崎は驚いた様子で声を上げる。
「これも魔道具だね……剣の方は水を帯状に出して遠距離からでも攻撃できる能力があって、盾の方は掲げると大きな障壁を発生させられるみたいだ」
「へぇ~……人形ちゃんに護衛して貰うための装備だったのかな?」
「恐らく、そうなんだろうね。しっかし、人形自体が貴重なものなのに、それに加えて武器と防具まで付いてるのか」
「晃司君、忘れてるかもしれないけど、この箱自体もかなり貴重なものだと思うよ?」
「おっと……そう考えると、このセットだけで城ぐらいは簡単に買えちゃいそうだね」
まあ、この世界の物価をあまり理解できているわけではないのだけど――このセットが、途方もないレベルで価値あるアイテムだということは理解できる。
つまり――
「これを持ち帰れば、それだけで今回の任務は達成だろうね」
「お、マジで? それなら、コイツごと運び出しちまおうか」
「一応、他も探索しておいた方がいいと思うけど、とりあえず中庭までは出しちゃってもいいかな」
一抱え以上もある箱だが、剛志ならば余裕で持ち運ぶことが可能だ。
まあ、流石にここから外に出すためには、栗原先生の手を借りなければならないだろうけど。
ともあれ、精霊剣の代わりに価値ある魔道具を探してくるという仕事自体は、これで十分に達成できるだろう。
実際、俺以外には扱えない状態になっている精霊剣よりは、こちらの方が扱いやすいものだろうし。
「ふー……何か、アタシも結構気合い入れてたんだけど、あっさり目標達成できちゃったね」
「ははは、楽に達成できるに越したことは無いさ。あんまり沢山運び出せるってわけでもないからね」
「まあ実際、この部屋にもいくつか魔道具はあるんだけど……流石に、機材レベルのものは運び出せないだろうからね」
部屋全体を見回しながら、江崎は苦笑と共にそう告げる。
作業室というだけあって、この部屋の中に置かれているものの中には魔道具が多いらしい。
しかし残念ながら、どれもこれも机と一体化しているような代物で、机自体もかなり大きい。
これを持ち出すことは――まあ栗原先生のパワーを考えれば不可能ではないだろうけど、馬車に乗せるには重すぎるし、持ち帰ったとしてもあまり使えるものではなさそうだ。
ぐるりと部屋を見回していた西村さんは、この状況に改めて確認の疑問を発する。
「それじゃあ、後は他の部屋も一応見て回って……目ぼしいものがなさそうなら、それで帰るの?」
「そうだね。ここで一夜を明かすのは……流石に、馬車に残ってる二人に悪いから、さっさと目的を果たして戻った方がいいかな」
「二人だけで一晩馬車の見張りってのも悪いしねぇ。しょうがない、さっさと切り上げますか!」
さっぱりとした表情でそう結論付け、西村さんは作業室を後にする。
他のメンバーについても、それに続くような形で元々の割り振りで探索へと戻ることとなった。
そんな背中を見送って――俺はふと、部屋の奥側、その壁の方へと視線を向ける。
誰かがいるわけではない、気配も何も感じない。けれど――俺の直感が、確かに囁いていた。
「……少し、期待はしてたんだけど、ここでは顔を合わせられないか」
きっと、アイツは俺の言葉を聞いているのだろう。
もしかしたら、ここで顔を合わせるという選択肢もあったのかもしれない。
けれど、それを選ばなかったのは――まだ何か、自分の存在を隠さなければならない理由があったのだろう。
「残念だけど……お前がそう判断したのなら、仕方ない。会える日を、楽しみにしてるよ」
再開を期待していた、己の心には蓋をして――踵を返して、歩き出す。
そんな俺のことを待っていた鏡花ちゃんの、どこか気遣うような、それでいて呆れたようなその視線が、どうにも印象的だった。




