072:古代の遺物
「とりあえず、一通りぐるっと回ってみたけど……やっぱり、もう警備システムは稼働していないみたいだね」
探索よりも先に調査ということで、施設全体をざっと見て回った結果――江崎は、そう結論付けた。
そんな彼の言葉に、俺は内心で苦笑する。恐らくだが、警備システムは今でも生きていたのだろう。
ただ、俺たちがここに来るにあたって、裕也が先にシャットダウンさせたのだと思われる。
とはいえ、そんなことは知る由も無いし、表情には出さずに頷いておくだけだけれども。
「よし、それなら手分けして探しても大丈夫そうだね。ただ、念のため二人一組で」
「何か見つけたら、江崎に調べて貰うんだろ? どうすんだ?」
「江崎と栗原先生は中庭で待機して貰って、そこに運び込んで調べて貰おう。いざという時の撤退経路でもあるし」
戦闘能力の低い江崎を一人にすることには不安があるし、そこには栗原先生に付いていて貰うべきだろう。
彼女は空も飛べるから、いざとなったらすぐにでも脱出できる。
とはいえ、この二人だけで脱出することなど起きる筈もないとは思うけれども。
裕也が準備している以上、そんなことがあり得る筈がない。
「よし、鏡花ちゃん、行こうか」
「わかった。注意してね、晃司君」
「えー、またその二人!?」
「ほら文句言うな、行くぞ」
西村さんの襟首をつかんで引きずっていく剛志を見送り、俺と鏡花ちゃんは苦笑しつつも反対方向へと向かう。
この施設はドーナツ状の造りになっており、外周上にいくつかの部屋が並んでいる。
さっき部屋を巡った時は、扉を開いてざっと中を見回した程度だけど、資料室や執務室のような部屋が散見された。
さて、果たして目ぼしいものはあるのだろうか――そんな期待と共に、正面にある扉を開く。
「ここって……何だろう、応接室かな?」
「ちょっと装飾が凝ってるし、椅子もちょっと豪華だから、私もそう思うよ」
対面で置かれている少し豪華な椅子。
とはいえ、流石に劣化していて使用することは不可能だろう。
むしろ、形を残しているだけ凄いというものだ。
もしかしたら、施設全体に劣化を抑えるような効果が付与されているのかもしれない。
「お客さんを入れる部屋だから、見た目は綺麗みたいだけど……あんまり、貴重なものは置かれていないのかな?」
「逆に、人に見せつけるために高い技術力の道具を置いてるとかもあるかもしれないよ? まあ、貴重かどうかはわからないけどさ」
「お客さんから見える位置で、使える道具ってことなら……あの辺の、棚の辺りかな」
鏡花ちゃんは椅子の辺りに屈み、部屋を見渡すようにしながらそう呟く。
その指示した先にある棚の上には、いくつかの道具と思わしきものが置かれていた。
部屋のデザインを含め、古代の道具と言われると違和感のある、どこか近代的な雰囲気のある代物だ。
「これは……ポット? 給湯器?」
「何か、お湯が出そうなデザインしてるよね。お客さんにお茶を出すときに使ってたとか?」
「あり得るね、今も使えるのかどうかはわからないけど」
いくつかスイッチが付いているものの、どのように操作すれば良いのかはさっぱりだ。
けど、構造からしてこれが魔道具であることは間違いないだろう。
ちょっと古びてはいるものの、掃除すれば綺麗になると思われる。
「よし、これは持って行ってみようか」
「手ごろなサイズだし、いいんじゃない? あんまり荷物になっても困るけど」
山の中だから、馬車まで持ち帰るのには少々苦労することになる。
あまり大きな荷物については、いくつも持ち帰ることはできないと考えておくべきだろう。
「もっと色々とありそうだけど、全部持ち帰ることは無理だからね。貴重そうなものを選ばないと」
「あはは、そうだね。これなんかは……目ぼしいものが無かったら、持ち帰ろうか」
お湯を出すポットぐらいなら、今の魔道具でも十分に再現可能な代物だ。
クライヴが作ったというだけでもかなり価値は高いだろうけど、残念ながら精霊剣と比較することはできないだろう。
持ち帰るのであれば、もっと貴重そうな道具を探さなければ。
「棚の中はどう?」
「カップとか、その辺だね。茶葉の缶は……うん、まあ、流石にダメだ」
「当時のカップとか、それだけでも貴重そうなんだけどね。でも、割れ物を持ち帰るのもちょっと大変かも」
「緩衝材なんて無いからね」
何と言うか、価値観がバグりそうな建物だ。
その辺に転がっている日用品だけでも、本来であればとんでもない値が付くような貴重品なのだろう。
だけど、俺たちが狙っているのはさらにその上。
当時においても貴重と呼べるような、そんな魔道具なのだから。
「お客さんが入る場所なら、これ以上に貴重なものは置かれてないかな?」
「確かに、俺も日用品レベルだと思うよ」
「だね、それじゃあ……隣の部屋を調べようか」
鏡花ちゃんの提案に頷き、応接室と思われる部屋を後にする。
そのまま向かった隣の部屋は、壁沿いに棚が並び、中央には机のある――資料室のような場所だった。
棚の鍵自体は開いていて、中の資料を取り出すのに困ることは無い。
とはいえ――
「資料そのものが魔道具……なんてことは流石に無いか」
「どっちかというと、この棚の方じゃないかな? これだけ時間が経ってるのに資料が残ってるんだから」
「うん、俺もそう思うよ。だけど――」
「まあ、この棚を持ち帰るのは無理だろうね。資料を除いたとしても」
鏡花ちゃんの言葉に、俺は頷いて返すしかない。
中の資料を保全することができる魔道具であったとして――残念ながら、棚を抱えて持ち帰るのは流石に無理だ。
いや、剛志がいれば持ち運ぶこと自体は不可能じゃないが、流石にこれを抱えて山を下るのは勘弁してほしいところである。
魔道具としての価値も、そう極端に高いというものではないだろう。
「資料として貴重なものがあるなら、それぐらいは持ち帰ってもいいんだけどね。そもそも、どんな資料が置いてあるのかな?」
「ちょっと待って、私も読んでみるから……うん、仕事の記録だね、これ。自動人形の注文を受けたときの情報が記録してあるみたい」
「このバインダーみたいなのに入ってるのは、全部その類か」
棚の中に入っているのは、ほとんどがそのバインダーだ。
貴重な記録であることは事実だけど、それが何の役に立つかと問われれば答えることはできないだろう。
流石に、千年も昔のデータでは、今の時代に活用することは難しいのだから。
しかし、逆に言えばこのバインダーさえ避ければ、もっと他の資料を見つけることができるかもしれない。
あまり荷物にもならないだろうし、何か一つぐらいは役立ちそうな資料を持ち帰りたいところだ。
そう考えながら棚をざっと眺め――俺はふと、空になっている棚の段に一冊の本が横倒しになっていることに気が付いた。
「これは……仕事の資料じゃないみたいだね」
「えっと……これは日記? いや、手記かな」
そこに書かれていたのは、クライヴ・ハルツマン当人の心情が語られた手記であった。
当時、彼が何を考え、どのように活動していたのか――本人視点で描かれているその手記は、他の資料にはない生々しさに満ちている。
魔道具ではないし、道具としての価値があるわけではないが、これは間違いなく貴重な資料だろう。
そして恐らく、これが置いてあるのは――
「ふーん……裕也君からのお土産かな」
「っ、鏡花ちゃん?」
「私が気付かないと思った? 流石に、都合よすぎでしょ」
呆れたような表情を浮かべた鏡花ちゃんは、俺の手からクライヴの手記を取り上げる。
それをしばしパラパラとめくり、軽く溜息を吐いてからぱたんと閉じた。
そして、それを俺へと向けて差し出しながら、どこか得意げな表情で続ける。
「変に穴が開いてた入り口も、警備が全く動いてないこの遺跡も……それに、唐突に置いてある手記も。随分と過保護なお膳立てだね」
「……いや、それに気が付くのは鏡花ちゃんぐらいだよ」
「ま、私は慣れてるからね……それで、顔を見せるつもりはないの?」
顔を上げながら告げたその言葉は、目の前の俺に対してのものじゃないだろう。
きっと今も、この場を観察しているであろう、隠れた裕也へと向けての言葉。
しかし――生憎と、返ってきたのはただ沈黙の空気だけであった。
「……そ。じゃあ、次に会った時は覚悟して貰わないとね」
「ははは……お手柔らかにね」
「嫌だよ。ここまで好き勝手やって心配かけてるんだから」
すまし顔でそう告げる鏡花ちゃんの言葉に、俺は苦笑を返すしかない。
どうやら、再会の時が来たら、裕也は負債の返済を強いられることになるようだ。
まあ、それに関しては、自業自得として諦めて貰うしか無いだろう。
と――
『――うおおおっ!?』
『わあああッ!?』
遠くから聞こえた声に、思わず顔を上げる。
今のは間違いなく、剛志と西村さんの声だった。
警備システムは動いていない筈だったが、果たして何があったのか。
「っ、鏡花ちゃん!」
「うん、急ごう!」
緊急事態であると判断し、俺はクライヴの手記を手に持ったまま、急いで声の方へと向けて走り出したのだった。




