071:旧施設探索
「ここが、クライヴ・ハルツマンの遺跡か……」
「何つーか、全くと言っていいほど『遺跡』って見た目じゃねーな」
山の中を歩いて辿り着いた、その建造物。
ほぼ全てが土の下に埋まり、天井部が僅かに露出しているだけのそれ。
天井に開いた穴を覗き込んで見た限りでは、それを『遺跡』と呼ぶべきなのかどうかは本当に疑問だった。
何しろそれは、俺たちの世界の基準で言えば、普通に見られるような建造物だったからだ。
「へぇ~……魔道具が凄いって言われてたけど、クライヴってこんなものも作れたんだねぇ」
「凄いな……この天井だけでも色んな術式が刻まれてる。開閉式の天井なんだね、これは」
俺は裕也からある程度聞いていたけど、実際に目にすると驚愕を覚えずにはいられなかった。
この世界でたった一人だけ、特異点とも呼べるような技術を確立した人物。
その技術力を目の当たりにして、裕也が受け継いだものの大きさに圧倒される。
果たしてあいつは、今どれだけの計画を進めているのだろうか。
「けど、驚いてばかりもいられないか……剛志、あそこの木に、このロープを結び付けてくれるかい?」
「いいけど、このぐらいなら飛び降りられるだろ?」
「降りられても登るのが大変だろ? そこそこの高さはあるんだから」
穴を見下ろした感じ、三階建てぐらいの高さがあるだろうか。
身体強化をしていれば十分に飛び降りられる高さだけど、これを簡単に登れるのは剛志と栗原先生ぐらいだ。
あまり戦闘系の魔法には秀でていない鏡花ちゃんや江崎には、特に厳しいだろう。
剛志が納得した様子でロープを結び付けに行くのを見送りつつ、俺は精霊剣に手を掛けながら身体強化の術式を発動する。
「それじゃあ、俺が先に行くので、合図をしたら飛び降りられるメンバーは付いて来て」
「天堂君、それは危険ですよ。行くのであれば、わたしが――」
「いえ、栗原先生。戦闘慣れしているのは俺の方ですし……加減が効くようになったとはいえ、ミカの力は強すぎますから」
空を飛べるため、確かに栗原先生の方がいざという時に逃げやすくはあるだろう。
だが、顕霊の力はあまりにも強大で、下手をすればこの遺跡を破壊してしまいかねない。
安全確認については、俺が行った方がいいだろう。
まあ、精霊剣の出力も高いので、そこは注意しなくてはならないだろうけど。
「それじゃあ、行ってきます!」
とはいえ、責任感のある栗原先生には納得しづらい話だろうし、俺は強行する形でさっさと飛び降りることにした。
背筋が寒くなるような浮遊感だが、身体強化を使った運動にもいい加減慣れてきている。
特にバランスを崩すようなこともなく、俺は遺跡の内部――恐らくは中庭と思われる場所に着地した。
しばし意識を集中して周囲を探るが、特に何か動くものの気配があるわけでもない。
どうやら、中に入っただけで攻撃をされるようなことは無いようだ。
「よし、とりあえずは大丈夫そうだ!」
「全く、無茶をして……!」
真っ先に降りてきたのは、光の翼を広げた栗原先生。
だが、それを追い抜くように、西村さんが身軽な体捌きで中庭に着地した。
「うーん、上から見たときもだけど、中から見るともっと遺跡っぽくないね。どっかのミュージアムみたい」
「まあ……うん、正直なところ、同感かな。遺跡って言われると、冒険映画の方を思い出すし」
「とはいえ、千年も昔の建造物だから、遺跡としか言いようがないのは事実なんだけどね!」
西村さんの言葉は完全な正論であり、思わず苦笑を零してしまう。
同時に、日本を思い返すとそんな建物がいくつもあるということも、奇妙な感覚ではあった。
そうこうしているうちに剛志が作業を終えてきたのか、天井の穴から一本のロープが垂れ下がり――それを伝って、江崎が下へと降りてくる。
最後に鏡花ちゃんは身体強化をしつつ飛び降りて――
「おっと」
「わっ……ナイスキャッチ」
「あはは、飛び降りる場所を見誤ったかい?」
「いや、ロープで降りてる江崎君が揺れたものだから、ちょっと避けようとして……」
空中でバランスを崩しかけた彼女を、俺が咄嗟に受け止めた。
身体強化をしている状態なら、高所から落ちてきた人間を受け止めることも難しくはない。
失態を見られたと思ったか、鏡花ちゃんは顔を逸らしつつ弁明の言葉を口にしていた。
だが、そんな鏡花ちゃんへと向け、西村さんが何故か憤慨した様子で声を上げる。
「あー! それちょっとズルい、ズルいじゃん!」
「いや、わざとじゃないから。ちょっとバランス崩しただけだから」
「誤魔化してるでしょー? ねぇ!」
「おいおい、作業始めるってところなんだから、後にしろよー?」
どうしたものかと思っていたけど、剛志の言葉でとりあえずは納得してくれたらしい。
別に二人の仲は悪いというわけではないと思うのだけど……まあ、今は蒸し返すべきではないだろう。
ともあれ、まずは――
「江崎、何か危険そうなものは?」
「……ざっと見た限りでは、無さそうかな。何かあったらすぐ教えるよ」
「頼んだよ。とりあえず、ぐるっと見て回って、危険を確認しようか」
今いる中庭から建物内へと入る入り口は普通に備え付けらている。
そこから内部へと侵入すれば、埃っぽくはあるものの、まるで崩壊した様子のない建物内の姿が目に入った。
そんな景色をぐるりと見渡して、江崎は眼鏡の奥で眉根を寄せる。
「……情報量が多いな」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ただ、至る所に術式が仕掛けられてて……全部を読み取るのは、ちょっと難しそうだ」
「江崎君、危険なものは認識できますか?」
「それは、はい。ただ、どんなものなのかを読み取るにはちょっと時間がかかります」
とりあえず、ある程度の方向性までは一目見ただけでも判別ができるらしい。
あまり無茶はして欲しくはないが、全員の安全確保に関わる内容だ。
ここはあまり急がず、ゆっくりと探索するべきだろう。
「中庭を中心として、ぐるっと円形に囲まれてる……ドーナツ状の建物って感じか」
「本来は、そこが入り口だったんでしょうね」
周囲を見渡していた剛志の言葉に頷き、鏡花ちゃんは右手側を指し示す。
そちらはエントランスのような空間が広がっており、その先には入り口と思わしき扉がある。
とはいえ、土で埋まってしまっているため、そこから出入りすることはもう叶わないだろうけど。
その壁側にある受付と思わしき場所には、いくつか魔道具と思われるものが転がっていた。
「この呼び鈴っぽいスイッチも魔道具だね。まあ、音を出す側と対になってるから、これだけだと意味ないみたいだけど」
「要するにインターホンか。そんなものまで作ってたんだなぁ」
俺たちだからその性質は何となく理解できるが、この世界にとっては当時どころか今ですら、理解不能な代物は多いだろう。
それだけに、クライヴ・ハルツマンの異常さが際立つというものだ。
「お……なあ、これ金庫じゃねぇか?」
「ん、そうだね。これは特に魔道具ってわけじゃなく、普通の金庫みたいだけど」
「術式も仕掛けられてねぇのか。じゃ、開けちまうか」
受付の机下にあった、黒い箱。
金属製のそれは、俺たちのイメージする金庫とそう離れたものではなかった。
江崎のお墨付きもあり、剛志はその金庫の蓋を強引にこじ開けてしまう。
中に入っていたのは――かなり古いが、束になった書類のような物だった。
「あ、そこに一緒に入ってる、青い文鎮みたいなのは魔道具だね。物の劣化を防ぐためのものだ」
「え、これだけでそんなことできるのかよ……すげぇな」
「それで、書類の方は――」
剛志が文鎮を眺める中、俺と鏡花ちゃんは取り出した書類へと目を通す。
当時の記録を知ることができる書類というだけでも、かなり価値のある代物なのではないだろうか。
ただ――そこに記されていたのは、基本的には人名と思われるものと日付。
どうやらこれは、何かしらの整理書類であるらしい。
「……晃司君、ここ。自動人形の納品って書いてある」
「へぇ……これは、その自動人形を受け取った人の名簿か」
人の名前と、日付。その顧客がクライヴから、自動人形を受け取った際の日付が記されているということか。
パラパラとめくってみたが、どうやら全ての書類がその記録であるらしく、特に当時の状況を知れるような情報はなかった。
ただ一つ――受取日が入っていない名前があることだけを確認しながら、俺はその書類をカバンの中へと仕舞ったのだった。




