069:降り注ぐ夜
「……ったく、ついてねぇ。あんな化け物が居やがるとは」
夜、人目など一切存在しない、闇に包まれた山中。
その一角で、魔族の男はその体を再生させた。
驚異的な力を持っていた【白光】のラヴィニアを相手に敗北したその男は、その目的を放棄して遁走を選択したのだ。
どれほど強大な力を持っていたとしても、己が滅びることだけはあり得ないと、理解していたが故に。
「チッ、ちょっとした稼ぎと戦力確保のつもりだったってのに……とんだ赤字だ。帰るしかねぇな、こりゃ」
ガラの悪さとは裏腹に、その戦力分析は冷静だった。
ラヴィニアという極大戦力を前に、目的も割れている状況では作戦を続行することは不可能だと、そう判断したのである。
だが、彼が撤退を決めた理由は、それだけではなかった。
「しかも、あのガキ共……【境界の賢者】の召喚者。今回はあれだけの数が居やがるとはな」
長きにわたり戦争を続けてきた魔族は、当然ながら召喚者の存在を認識している。
その術式の起動時期であること――つまりは、固有魔法を持った異世界からの召喚者が出現したことを、その目で認識したのだ。
額にある第三の目を動かしながら、悪態を吐いていた魔族は溜息を零しつつその顔を上げる。
「あれだけの数がいるとなりゃ、報告が必要だな……ったく、わざわざここまで来たってのに、収穫がその情報だけとはよぉ」
そう呟きながら、魔族の男はその足を東の方角へと向ける。
向かう先は、東の戦線のさらに向こう側――魔族たちが支配する、滅びの領域だ。
しかし、彼はすぐに、見通すことのできない闇夜に顔を顰めることとなった。
「ったく、再生に時間がかかりすぎたか。こんな時間じゃ移動もきついっての」
悪態を吐きながら、魔族の男は空を見上げる。
月のない闇夜、星々すら姿を見せないその空に――彼は、思わず眉根を寄せた。
「――おい、どこのどいつだ」
空を覆い尽くすそれは、雲ではない。漆黒の闇が、夜の闇に被さるように周囲を覆い尽くしていたのだ。
それは即ち、何者かが攻撃を仕掛けてきているという、その事実を示していた。
故に、魔族の男は即座に戦闘態勢を取る。
先ほど戦った人間ではない、他の何者かが今この場に存在している。その事実を認識して、彼は魔力を昂らせる。
その刹那――
「――にひっ」
――夜が、嗤った。
「そこかぁッ!」
魔力が、黒い雷と化して爆ぜる。
滲み出るように現れた気配へと向けられたそれは、闇を一切照らすことなく、一筋の矢と化して駆け抜けた。
けれど――
「――〈夜の咆哮〉」
その言葉と共に発動した術式が、男の放った魔法ごと、周囲一帯を一息に押し潰した。
地面へと叩き伏せられながら、魔族の男はその効果に思わず目を剥く。
「汎魔法の出力じゃねぇ……! テメェも、固有魔法使いか!」
全てを押し潰さんとするその圧力に、男は魔力を放出して相殺しながら立ち上がる。
けれど、その魔力を前にしても、襲撃者はその口元から笑みを消すことは無かった。
身を包む黒衣、顔の上半分を覆い隠すバイザーの如き仮面。
夜の闇に紛れずその姿が露わとなっているのは、輝くような銀髪と、僅かに露出している肌の白さが故だった。
彼女は立ち上がった魔族を前に、けれど動揺などすることもなく、ゆっくりとその手を掲げる。
「〈影の突槍〉」
収束する影が、槍と化して撃ち放たれる。
夜の闇に紛れながら飛翔するその一撃を、男は即座に黒い雷で打ち砕いた。
砕け散った黒い魔力は周囲へと拡散し――少女が手を握ると共に、それらは再び数多の小さな槍として再形成される。
「な……ッ!?」
男は咄嗟に雷を放ち、それを撃ち落とすが――全てを対処するには至らない。
槍の群れの一部はそれをすり抜け、男の身へと一斉に襲い掛かった。
「ぐ……ッ! 舐めるな――ッ!?」
だが、当然ながら単発の威力は下がっている。
咄嗟に励起させた魔力の密度で攻撃の威力を弱めながら、魔族はもっと強く反撃するために魔力を収束させ――その視線の先から、襲撃者の姿が消えていることに気が付いた。
「ッ、どこに」
「――〈深淵の陥穽〉」
――その声は、男のすぐ隣で響いた。
甘い声音は、確かな殺意を帯びて、男の耳朶を叩く。
「転移術式まで――」
しかし、男の発する驚愕はそれ以上形になることは無く――深く暗い粘性の闇が、男の体を球状に包み込んだ。
そして、内部を満たす高密度の魔力は、まるで削岩機のように万物を削り取る無数の刃となって顕現する。
「がああああああああああッ!?」
その力に晒され、男は全力で魔力を発して抵抗する。
だがそれも、襲い掛かり続ける魔法を完全にシャットアウトするには至らなかった。
更には――
(結界型術式……! 体を霧散させても、抜け出せねぇだと……!?)
魔族の体全体を包み込んだ漆黒の球体は、それ自体が外界とを遮断する結界として機能している。
それ故に、肉体を破壊された状態で外へと出ようとしても、その出口が存在しない状態だったのだ。
己にとってあまりにも相性の悪すぎる術式に、男はただ悲鳴と怨嗟を上げるしかない。
(いや、こんな無茶苦茶な術式がいつまでも維持できる筈がねぇ! そのうち必ず解除される筈だ! その隙に、逃げ出して……!)
希望的観測とも思える考え。けれど、それは果たして事実でもあった。
範囲が絞られているとはいえ、これほど強力な魔法を維持し続けることは困難だ。
故にこそ、男の考える作戦も、決して的外れなものではない。
――この場にいる敵対者が、彼女一人だけでなかったなら、ではあるが。
「ひとまず、検証はこんなところかな――それじゃあ、君は用済みだ」
刹那――その声と共に、鋭いスパークが闇夜を貫いた。
* * * * *
エリちゃんが結界に捕らえた、例の魔族。
結界の中にいるその相手へと向けて、僕は自身で構築した武器を構える。
それは、長めの銃身を持つ拳銃――『SSW-001:タングリスニ』。
火薬ではなく、電磁加速による発射機構を構築した、ハンドサイズのレールガンだ。
「――刻印精霊弾、発射」
その発射に、地球の銃のような炸裂音は存在しない。
ただ、銃身に纏うスパークが輝き、チャンバー内に収められていた弾丸が発射される。
それは、弾丸内に人工精霊を埋め込んだ特製の銃弾。
普通に考えてコストに合わない、よほどのことが無ければ使わないような兵器だが――魔族相手であれば、惜しくはない。
「づっ、がぁッ!?」
放った弾丸は二発。エリちゃんの結界に捕らえられた魔族には、それを回避する術など存在しない。
そして、それらの弾丸は発射に用いられた僕の魔力を受け、弾丸の人工精霊は術式を起動する。
刻印したのは、闇属性の〈意識鈍化〉と、光属性の〈時間延展〉。
意識を鈍らせ、そして体感時間を延長することで相手を無力化する銃弾だ。
たとえ物理的な破壊が効果を及ぼさずとも、こう言った手であれば効果を発揮するのである。
「流石に、まだ晃司たちの情報を持ち帰らせるわけにはいかないからね」
「でもユウ君、どうするの? 倒し切れないんでしょ、これ?」
弾丸を受けて動きを止めた魔族に対し、エリちゃんは魔法による攻撃を停止した。
彫像のように佇みながら、遅々とした速度で再生を続ける魔族。
人工精霊の術式とて、放置しておけばいずれは復活することだろう。
不滅の存在、実に厄介なことだ。けれど――それを敵視していたクライヴが、何の準備もしてこなかった筈がない。
「倒せないなら封印してやればいい。ま、ありがちな手段だけど、効果的だよね」
言いつつ取り出すのは、リレー競争のバトンのような形状の魔道具だ。
一度ひねればかちりと音がして、使い手の魔力を受けて術式を起動する。
それを魔族へと投げつけてやれば――バトンから現れた光の帯が魔族の体を絡め取って包み込み、やがてはバトンの内側に呑み込んでしまった。
これは、クライヴが魔族への対抗手段として準備していた魔道具。
倒し切ることができない魔族を封印する、ただそのためだけの魔道具である。
「まだ、召喚者の存在を魔族たちに意識させるわけにはいかない。今しばらく、東に篭っていて欲しいね――その間に、糸を張り巡らさせて貰うから」
計画は進みつつある。その邪魔をさせるわけにはいかない。
僕らと魔族が直接対決をするのは、まだ先のこととなるだろう。




