068:種族の差
ラヴィニアさんの放った一撃は、まさに閃光としか形容できないものだった。
右の拳が白く輝いたかと思った瞬間、彼女は刹那の内にその拳で撃ち抜き――塵も残さず、魔族の体を爆散させたのだ。
だが、その様は魔族の腕を切断した時と同じ様相。
彼女が全力を出したとしても、倒し切ることはできないと言っていたが……どうやら、今の一撃を以てしても、倒し切れてはいないらしい。
けれど――
「再生しない? ラヴィニアさん、やったんですか?」
「いや、どうやったって倒し切れない相手なんだけど……どうやら、逃げたみたいだね」
塵と化した魔族は、そのまま風に吹かれて霧散するように消えていく。
どうやら、奴は体を破壊されたまま撤退したようだ。
あれほどの一撃でも倒し切れないという事実には戦慄を禁じ得ないが、とりあえずの危機は去ったらしい。
「どうするんです、追いかけるんですか?」
「いやぁ……どっちにしろ倒し切る手段は無いし、アイツの企んでいたこともわかった。なら、追い払っただけでとりあえずは良しとするよ」
やれやれと肩を竦めながら、ラヴィニアさんはそう答える。
倒し切る手段がない以上、追いかけたところで意味はないということらしい。
どうしても不安は残るけれど、そうするしかないようだ。
俺は眉根を寄せた表情のままではあるものの、精霊剣を鞘に納め――そこに、ラヴィニアさんが問いかけてくる。
「それで、どうだった?」
「魔族の思想が、ですか」
「そう。私はあんな風に聞いたことは無かったから初めてだけど、前にも似たようなことを聞いた人物はいたらしいね。ただ、回答は似たような感じだったみたい」
飯だの家畜だの――まるで、俺たち人間を食料として見ているような発言。
その真意がどこにあるとしても、受け入れることは不可能な言葉ではあった。
だが果たして、それは言葉通りの意味なのだろうか?
「魔族が人間を捕食した、なんて話はあるんですか?」
「さあ、私は見たことないけどね。世の母親が、聞き分けのない子供に対して『魔族に食べられちゃうぞ』なんて言うことはよくあるけど」
「ふむ……さっきの発言も、そのものズバリってわけじゃないのかもしれないと」
果たして、魔族はあの言葉の通り、人間を捕食しているというのか。
だが、千年も昔から存在している以上、あの言葉が事実であるならとっくの昔に認知されている筈だ。
それなら、魔族の目的が謎のままというのもおかしな話である。
あの言葉には、もっと別の意味があるのかもしれない。そう考えておいた方がいいだろう。
そして、それを含めたうえで――
「どのような形であれ――たとえ、そこに彼らの生存が絡んでいたとしても。そのために人間の生活を脅かす活動を、許容するわけにはいきません」
「そこで魔族の存在そのものには敵意を向けない辺り、君も筋金入りだねぇ」
「これでも、結構厳しいことを言ってるつもりなんですけどね」
もし、あの言葉が本当に生存のためであるとするなら、それは人間と魔族の生存競争だ。
俺の出した答えは、人間のために魔族は滅べと言っているようなものである。
その事実からは、決して目を背けてはならないだろう。
「ともあれ……ありがとうございました、ラヴィニアさん。魔族と接触する機会をくれて」
「いやぁ、私としては結構仕事も任せちゃったし、申し訳ないことしたかなぁって感じだったんだけど」
「でも、魔族と直接戦ったのはラヴィニアさんでしたから。俺たちが戦っていたら、無傷とはいかなかったですし」
正直、今の俺たちでは撤退させられるかどうかすらも危うかった。
流石は、最高位の探索者と言ったところだろう。
ラヴィニアさんがいる時に魔族の存在を知ることができたのは、望外の幸運だった。
そう結論付けての言葉に、ラヴィニアさんは相好を崩して首肯する。
「まあ、役に立てたのなら良かったかな。さてと……カイトの方はどんな感じ?」
「とりあえず、さっきはあの魔法陣が起動しないようにはしていたみたいですけど――」
そう言いつつ、俺は鏡花ちゃんたちの方へと視線を向ける。
魔族の仕掛けた、黒い魔法陣によって縛られていた巨大な霊獣――その立派な体がゆっくりと立ち上がったのは、それとほぼ同時だった。
どうやら、斎藤達による術式の解体は成功したらしい。
「カイト、もう大丈夫なの?」
「ああ、問題ないよ。いやぁ、これだけ固有魔法があると取れる手段も多くて面白いね。普段だったら、こうはいかなかったよ」
恐らくは群れのボスと思われる巨大な鹿は、それまで横たえていた体をぶるぶると震わせ、体に付いた土を振るい落とす。
白い毛並みと立派な角。その佇まいは、ある種の神々しさすら漂わせていた。
そしてそれと共に、周囲にいた霊獣たちもゆっくりとボスに近づき、鼻先を寄せて様子を確かめている。
どうやら、総じて無事を歓迎しているらしい。
「戦闘系の固有魔法じゃないからって捨てたもんじゃないな。今回のMVPは江崎だろ」
「いやいや、そこまでじゃないよ。それを言うなら本郷君だって、戦闘系の術式じゃないのに助けてくれたじゃないか」
江崎と本郷の会話には、俺も内心で同意する。
直接の戦闘能力がない固有魔法だって、活躍の機会はいくらでも存在するのだ。
それこそ、裕也の機甲術だって同じ。全ては使い方、活用方法次第なのだから。
けれど、当の二人は互いに謙遜しつつ――本郷は、自分が乗っていた霊獣に触れながら声を上げた。
「そりゃ俺じゃなくてコイツのおかげだけどな。けどほら、お前は群れに戻るんだろ?」
本郷に声をかけられた霊獣は、ちらりと本郷のことを見た後、ゆっくりとボスの方へと向かっていく。
予想外の出会いではあったけど、思った以上に力になってくれた。
鏡花ちゃんたちを助けてくれたことは、深く感謝しなくてはなるまい。
そんな霊獣は、正面からボスの前に立ってじっとその姿を見つめ――
「ブルルルルルッ!」
「――――!」
周囲に響き渡るほどに、大きく嘶いた。
その声に驚き、俺たちは互いに顔を見合わせる。一体、あの霊獣は何をしようとしているのか、と。
一方で、その声を受けたボスは動じた様子もなく、その霊獣と、それから俺たちのことをじっと見つめていた。
そして、何かを告げることもなく、巨大な霊獣は踵を返す。
周囲の霊獣たちもそれに続いて歩き出し――けれど、本郷を乗せていた霊獣だけは、続くことなくその場に立ち止まっていた。
「……? おい、行っちまうぜ?」
そう告げる本郷の声に、しかし霊獣は山の奥へと向かおうとすることは無く。
それどころか、踵を返して本郷の方へと顔を寄せてきたのだ。
それはまるで、本郷へと首を垂れるかのように。
「お前……まさか俺たちと、っていうか俺と一緒に行こうっていうのか?」
「ブルルッ」
明らかに本郷の言葉を理解し、頷くように返事をする霊獣。
どうやら彼は、群れから離れて本郷に付いて行くという選択をしたらしい。
霊獣が自らそれを選んだことに驚きつつも、俺は近くのラヴィニアさんへと疑問を投げかけた。
「すみません、霊獣って連れて行ってしまってもいいんですか?」
「うーん……まあ、ここの霊獣たちは連邦で保護してるってわけでもないし。特に何か問題があるってわけじゃないかな。まあ、街に入れるにはあれこれ手続きがあるけど」
「とりあえず、いきなり犯罪にならないってんなら良かったっすね」
ラヴィニアさんの言葉を聞いていたらしい本郷は、安心した様子でそう頷く。
どうやら、この霊獣を連れ出すこと自体には特に問題はないようだ。
とりあえずは一安心――と言ったところで、大きく背伸びをしたラヴィニアさんが、カイトさんへと向けて声を上げた。
「さて、カイト。用事も済んだんだから、そろそろ帰るよ!」
「うーん……いや、流石にこれ以上わがままは言えないか。剣も見せて貰ったし、興味深い固有魔法も体験できたからね」
「いや、僕たちの方も、とても参考になりました!」
「ありがとうございます、カイトさん!」
特に彼のお世話になった斎藤と江崎は、深々と頭を下げながら礼をする。
武器を作るという視点については、斎藤にとっても大きな経験になったんだろう。
それを踏まえ、俺もまた、改めて二人へと頭を下げる。
「本当に、お世話になりました。いい経験ができました」
「いやぁ、私たちも助けて貰っちゃったからね。むしろ、貰ってる分が多いぐらい」
「機会があったら、ぜひ訪ねてきてほしい。君たちにだったら、僕もサービスさせて貰うよ」
何よりの収穫は、この二人との縁を繋げられたことなのだろう。
どちらが貰いすぎなのかは、議論の分かれるところだ。
けれど、ラヴィニアさんはさっぱりとした表情のまま手を振り――そして、カイトさんの手を取った。
「それじゃあ、またいつか」
「機会があったら会おう。楽しみにしているよ」
そんな、軽い別れの挨拶を口にして――二人の姿は、一瞬のうちに消え去っていたのだった。




