067:理解には程遠く
「よし、戦闘面はラヴィが大体何とかしてくれる! 僕らはこの術式の解体だ! まずは術式の解析、お願いするよ!」
「は、はい! わかりました!」
ラヴィニアさんが魔族を蹴り飛ばした様を見るや否や、カイトさんは即座に霊獣を縛る術式の解体へと乗り出した。
巨大な霊獣は地に伏せたまま動かないが、その視線だけでカイトさんの動きを追っている。
どうやら、自分を助けようとしていることについては、理解してくれているみたいだ。
「チッ……! テメェ、開いてやがるのか!」
「あら心外。あんた程度に解錠なんて必要ないに決まってるでしょ?」
「抜かしやがる……ッ!」
一方で、目に映らぬほどの速さの蹴り足を受けた魔族は、それでも無事であった。
最早、瞬間移動と言っても差し支えない速さで移動するラヴィニアさんの攻撃をギリギリで受け止めながら、彼女に対して悪態を吐いている。
ラヴィニアさんの戦闘能力は、あまりにも圧倒的だ。探索者の頂点に君臨するその能力、紛れもなく本物だった。
しかし、対する魔族もまた、その動きへと必死に喰らいついていく。
通常であればとっくの昔に粉砕されているであろう攻撃の嵐を、ギリギリではあるが捌いていく力。
あの魔族もまた、驚異的な戦闘能力を有していた。
(……今の俺に、あの魔族と戦うことができるか?)
戦うことは、恐らく可能だ。固有魔法と精霊剣、その力を総動員すれば、刃を届かせることは可能だろう。
だが――生憎と、それだけで勝利するということは不可能だ。
ラヴィニアさんの振るう手刀が、白い燐光を宿して軌跡を描き、魔族の右腕を刃の如く斬り裂き吹き飛ばす。
だが、斬り飛ばされた腕は粒子となって消滅し、次の瞬間には魔族の体は元通りに再生してしまっていた。
ラヴィニアさんが倒せないと表現したのはこれが理由ということだ。
(戦えはする。だが、倒し切る手段がない)
不滅の存在。粉砕したとしても元通りに復活する、倒す術のない相手。
それは、あまりにも厄介な敵であった。
そして、それと同時に――狡猾で恐るべき悪意を持つ存在でもある。
「なあ、晃司。ラヴィニアさんを手伝わなくていいのか?」
「いや、どうやっても邪魔になるだけだ。それに……あいつは恐らく、なりふり構わず仕掛けてくるぞ?」
「え、それって――」
俺の言葉と、ほぼ同時だった。
周囲で栗原先生の魔法によって拘束されている霊獣たち――その魔力が、一斉に励起したのは。
「こっちばっか構っていていいのかよ、羊女ァッ!」
あの巨大な霊獣から伸ばされている、支配の術式。
それを用いて、アイツは周囲の霊獣たちを操り、攻撃を仕掛けてきたのだ。
砂礫が集まると共に形成される岩の槍。
精霊には及ばずとも、強大な魔法の力を持つ霊獣たち――その攻撃が、一斉にこちらへと向けられる。
「――防ぐぞ!」
「チッ、やってくれやがる!」
前に出ながら精霊剣を掲げ、光の盾を形成する。
それと共に剛志と西村さんは左右に分かれて位置取りし、飛来する岩の槍を固有魔法を以て迎撃した。
栗原先生が止めているからこそ動きはないが、その攻撃密度は決して薄くはない。
全力で防がなければ、鏡花ちゃんたちの方へと攻撃は飛んで行ってしまうだろう。
だが、それでも――全力で防御に専念することで、霊獣たちの攻撃をシャットアウトすることには成功した。
「はぁ!? 何だあの数の固有魔法――がっ!?」
「相変わらず腹立つ行動しかしないねぇ、あんたたちは!」
ラヴィニアさんの装備する厳ついガントレットが、驚愕に三つの目を見開いていた魔族の顔面を粉砕する。
だがそれすらも、あっという間に再生して元通りになってしまう様子であった。
やはり、魔族という存在を倒し切る方法は、現状存在していないようだ。
「きっつ……天堂君! ごめんだけど、もうちょっと防御の範囲広げられない!?」
「やってみるけど、こっちも中々にきつい状況だよ……!」
ラヴィニアさんが本気で殴り倒している間にも、霊獣たちの攻撃は続いている。
元々攻撃の方に特化しており、防御にはあまり向いていない西村さんには、少々きつい状況であることは間違いなかった。
雨のように飛来する岩の槍。自分に当たる分を防ぐことは容易いとしても、後方へと抜けないように撃ち落とすのは難しい。
既に俺が前方180度をカバーしているものの、残りを二人でカバーするのは容易ではなかった。
そんな中、一本の槍が剛志と西村さんの間を抜けるように、術式を解体する鏡花ちゃんたちの方へ向かってしまう。
「っ、ヤバ――!」
「やらせるかよッ!」
だがその一撃は、霊獣と共に立ち塞がった本郷によって防がれることとなった。
本郷を背に乗せたまま前に出た霊獣は、その角を輝かせると共に正面から岩の槍へと向かう。
そして――その光を浴びた岩の槍は、再び砂礫となって崩壊したのだった。
「抜けた奴はこっちで防ぐ! 三人はそのまま続けてくれ!」
「了解、最終防衛ラインは任せた!」
ここに来ての思わぬ戦力に、俺は笑みと共にそう返す。
本郷の固有魔法によって護られている霊獣は、どうやら積極的に協力してくれているようだ。
同じ霊獣の魔法、しかも本郷の固有魔法の力で強化されている状態なら、抜けてきた攻撃程度を防ぐには十分すぎた。
「えっと、術式のこの部分は……マナの吸収を制御してる。機能そのものは……こっち。うん、ここだ」
「大丈夫、落ち着いて。魔法陣のこの部分を切断するので合ってるね?」
「はい、そこがマナ吸収機能の根幹です。そこを壊せば、機能の維持はできなくなるはず……! 術式自体の崩壊にはまだ至らないですが、確実に機能は弱まります」
「素晴らしい観察眼だ! さあ、次はこちらの番だが、行けるかい?」
「……はい、行きます!」
鏡花ちゃんが霊獣へと浄化の魔法をかけ続ける中、江崎と斎藤は必死に術式の解体を進めていく。
江崎の目がなければ確実に読み取れなかったであろう情報を元に、斎藤の刃が魔法陣を細かく切断していくのだ。
その技術は、カイトさんの助力が無ければ確実に成し得なかった妙技だろう。
この状況に最も大きな反応を見せているのは、他でもないこれを仕掛けた魔族当人であった。
「ふざけんな!? 何だってこんな数の固有魔法使いが――ッ、そうか、例の転移術式の!」
「ご明察! でも邪魔はさせないよ!」
どうやら彼は俺たちの正体に気付いたようだが、ラヴィニアさんの相手をしながらそれを追求する余裕も無いだろう。
ならば、後はひたすら耐えながら、仕掛けられた術式が破壊されるのを待てばいい。
幸い、そこに至るまでの時間もそう長くは無いだろう。
「……よし! マナが供給されないなら、術式自体は消えなくても動作はしなくなる!」
斎藤が生み出した刃によって、一部が斬り裂かれた魔法陣。
その紫色の輝きは、急速にその勢いを弱めていく。
そしてそれと同時に、周囲から飛来する岩の槍も、瞬く間にその数を減らしていった。
霊獣たちを支配していた術式、その影響が届かなくなったのだ。
「素晴らしいね。このまま、術式自体の解体を続けるよ!」
「はい、完全に破壊しないと安心できないですからね」
ともあれ、まずは霊獣たちを支配から解放することはできた。
術式自体はまだ残っているため安心はできないが、当面の危機は去ったと言えるだろう。
ならば――
「魔族! お前は何故こんなことをした、何が目的だ!」
精霊剣に魔力を滾らせながら、俺は問う。
今もラヴィニアさんの攻撃を捌き続ける、その姿へと向けて。
奴の気を引き、ラヴィニアさんを援護するという意図もあるが――それは純粋に、確かめなければならないことだった。
だが、魔族はこちらに視線を向けることもなく、ただ苛立ちを交えながら吐き捨てるように声を上げる。
「はッ、飯を食うのにいちいち理由なんかつけるのかよ、クソガキ! 家畜の分際で囀ってんじゃねぇぞ!」
「……そうか」
その言葉の真意には、気になる部分もある。
だが、そんな長い問答をしている暇は、残念ながら存在しないだろう。
それにどうやら、種族的な立ち位置が、そもそも相容れないということらしい。
飯、家畜――その意味が、言葉通りなのかどうかは知らないが、たとえそうであったとしても、人間として許容するわけにはいかない。
そう判断して、俺は精霊剣を地面に突き立てた。
瞬間――魔族の足元に発生した光が、彼の足を固定して動きを止めさせる。
がくんと揺れた彼の体は、本来行う筈だった回避運動をすることもできず、その場に立ち尽くすこととなった。
「な――ッ!?」
「マナの吸収機能を破壊しただけ。直接魔力を流せば、魔法陣はまた起動する。だから――理由があったとしても、関係はない。これ以上は認めない」
「――〈白光〉」
一瞬だけ現れたラヴィニアさんの姿が、再び消失する。
見えたのはただ、彼女が拳を振り抜いた後の姿。
そして、白い閃光が尾を引きながら魔族を貫いた、その軌跡のみ。
衝撃波と共に魔力が溢れ――その肉体は、塵も残さず粉砕されていたのだった、




