066:敵対種
霊獣たちが住まう山は、言うまでもなく人が入ってくるような場所ではない。
当然のようにまともな道はなく、獣道を進んでいくしかないような状況だ。
それでも、ラヴィニアさんは慣れた様子ですいすいと進んでいき、俺たちは彼女が歩いた道を何とか付いて行っていた。
俺たちの中で一番楽に進んでいるのは、まず間違いなく本郷だろう。霊獣の背に乗った彼は、固有魔法を発動し続けながら山林を進んでいる。
彼を背に乗せている霊獣も、随分と大人しいものだ。
「本郷、その霊獣って、君が言うことを聞かせているのか?」
「いや、特に指示を出してるわけじゃないんだけどな……ただ、俺が干渉を防いでることも、俺たちがこの件を解決しようとしてることもわかってるみたいだぞ?」
「へぇ……霊獣って頭いいんだね」
本郷の回答に、西村さんが白い毛並みの胴を撫でながら、感心した様子でそう呟く。
霊獣は、それを意に介した様子もなく、超然とした態度で山道を進んでいた。
元々この山に住んでいる動物であるため、そこを歩む足取りに澱みはない。背中に本郷を乗せていたとしても、それは変わらない様子だった。
その感情までは流石にわからないが、どうやら俺たちに協力してくれていることは間違いないようだ。
「しかし、霊獣の支配か……犯人の目的は何だろうな」
「そもそも、どうやってそんなことをしてるのかって話でもあるのだけど、まあ魔族であれば方法は考えるだけ無駄かなぁ」
道を塞ぐ木々を、斎藤が生成した刃で斬り払いながら呟く。
そんな疑問に対しては、ラヴィニアさんが肩を竦めながら回答した。
やはり、魔族については謎が多い。持っている能力すら、想定することは難しいようだ。
しかし――
「けど、『何故そうしたのか』を突き詰めるのは、割とありかもしれないよ、ラヴィ」
「えー、そんなもの? 魔族のやることなんて考えるだけ無駄じゃない? どうせ敵対なんだし」
「極論その通りだけど、どうしてこんな手段を取ったのかっていうのは考えてもいいと思うよ?」
カイトさんの言う通り、この件の犯人が魔族であったとして――どうして霊獣を利用しようとしているのかは謎だった。
彼らの行うことが人類に対する敵対行為であることは間違いないだろう。だが、何故そのような手法を取ったのか、という疑問の回答にはならない。
そもそも、大陸西部に出てくることは少ない魔族という存在。わざわざこちら側までやって来た以上、そう単純な目的ではない筈だ。
そこに、魔族という存在そのものに対するヒントがあったとしてもおかしくは無いだろう。
「考えても面倒なだけだと思うけどねぇ……それで、目的地はそろそろ?」
「はい、この先です。ただ、やっぱりかなりの魔力で……何かが、この辺りのマナを吸い取っているみたいです」
「ふーん、それが霊獣を支配してた術式?」
「えっと、繋がってはいると思います。大量のマナを吸い上げて術式を補強し、それで霊獣をまとめて支配しているような……」
どうやら、それが江崎の発見したマナの濃淡の原因であるらしい。
その正体が魔族であるかどうかはともかく、その奇妙な術式には紛れもなく悪意が存在する。
どのような目的であれ、見つけてしまった以上は放置することもできないだろう。
「そろそろ、見えてきます」
「……オーケー。ミカだっけ、顕霊を宿してる子。そろそろ警戒しておいた方がいいよ」
「えっ!? は、はい!」
江崎が注意を呼び掛けるなり、ラヴィニアさんは唐突に栗原先生へとそう告げた。
まだ荒事には慣れていない栗原先生だが、その警告にすぐさま桃色の光を纏う。
そして、次の瞬間――森の中、窪地になった場所に広がっている、奇妙な情景を目の当たりにすることとなった。
「これは……!」
「霊獣が、こんなに!?」
まず目に入ったのは、巨大な霊獣の姿。
本郷が乗っている個体よりも三周り以上は大きい、群れの主と言われれば納得できるほどの威容。
しかし、地に伏せているその霊獣を取り囲むように紫色の魔法陣が展開され、そこから伸びる光が周囲にいる霊獣たちをも縛り付けていた。
「っ……あの大きな霊獣を媒介にして、他の霊獣たちをまとめて支配しようとしてます。あの魔法を解除しないと、他の霊獣たちも解放されません」
「そういう感じね。魔法陣をぶっ壊せばいい?」
「いえ、それは駄目です! あの大きな霊獣も無事じゃ済まない!」
直接魔法陣を目にしたことで、その詳細を解析した江崎が眉根を寄せながらそう告げる。
しかし、その答えにはラヴィニアさんも顔を顰めざるを得なかったようだ。
「じゃあどうする? さっきみたいに、治癒の魔法で浄化できるの?」
「いえ、それは……聖さんの魔法でも完全には効きません。細かく、術式を解体しないとダメです」
「……成程。なら、僕に案がある」
そう告げたのは、じっと霊獣たちを観察していたカイトさんだった。
彼はこの場にいるメンバーを見渡して、小さく頷きつつ声を上げる。
「解析、治癒、そして武器創造。この固有魔法があれば、あの術式を解体できる。他のメンバーは、その間の護衛を任せたい」
「……勝算はあるんだよね、カイト?」
「勿論、できないことは言わないさ」
自信ありげに告げるその言葉に、ラヴィニアさんは笑みと共に頷いた。
どうやら彼女も、可能な限り霊獣たちを助けたいと思っていたようだ。
それならば、話は早い。霊獣たちをまとめて助けてみせるとしよう。
「栗原先生、霊獣たちを全員、一気に拘束できますか?」
「ええ、やってみる」
まず、俺の言葉に頷き、栗原先生がその瞳の中に光の輪を宿す。
それと共に光の翼が広がり、周囲へと向けて膨大な魔力が拡散された。
そして、次の瞬間――虚空より現れた無数の光が鎖を形成し、窪地にいる霊獣たちをまとめて鎖で絡め取っていく。
それを確認し、俺たちは一気に窪地の中心へと向けて駆けだした。
幸い、拘束された霊獣たちも顕霊の力で作り上げられた魔法は、そう簡単には破壊できないらしい。その場に固定され、彼らも身動きを取れずにいるようだ。
「よし、まずは術式の解析を進めて。それから……ケイ君だったね。君に武器の造り方を――魔力を斬る刃の鍛造法を教えよう。その刃で、術式を切り崩していくんだ」
「そういうことですか……ッ、やってみます!」
斎藤には唐突に難しい作業が割り振られたが、斎藤の武器は固有魔法によって形作られた刃だ。
元より魔力で造り上げられているものならば、魔力に干渉することだって不可能ではない筈。
そんな斎藤の作業が進むまでの間、ここで護衛をするのが俺たちの仕事だ。
だが――彼らが作業に入ったちょうどその時、ラヴィニアさんはあらぬ方向へと視線を向けて声を上げた。
「さてと、いつまで黙って見てるつもり?」
「チッ……バレてんのかよ」
ざわりと、魔力が揺れる。
木々の間、深く暗い影の中より、声とともに現れたのは一人の人影。
体中に刻まれた、複雑な文様の入れ墨。こちらを冷酷に見据える紫の瞳――額を含めた三つの目が、こちらを睥睨する。
異形にも近い、その姿。その身が纏う異様な魔力に、俺は反射的に精霊剣を抜き放ちながら誰何の声を上げた。
「お前が、魔族か」
「そうだけど? それがどうかしたかよ、人間」
魔族――ここに至るまで、幾度となく話を聞いてきた存在。
けれど、実物が纏うその異様な雰囲気は、実際に目にしなければ実感できないものであった。
純粋で、密度の高い魔力の気配。俺たちよりも遥かに強大であろうその出力に、思わず息を飲む。
これが魔族、人類の敵対種。想像以上の危険性に、俺は強く精霊剣を握りしめた。
ただそこに立っているだけで伝わってくる強烈な敵意は、彼がどこまでも、こちらを殺害対象と見ている事実を示していた。
――刹那。
「よっと」
あまりにも軽いその声音と共に、爆竹でも連続で鳴らしたかのような音が魔族の周囲で響き渡る。
瞬きの間に相手へと接近していたラヴィニアさんは、その一瞬のうちに相手が展開していた防御魔法をまとめて粉砕してしまったのだ。
「は――?」
「駆けつけ一杯、とりあえずブッ飛んでね!」
そして――残像すら見せずに振るわれた蹴り足が、魔族の体を後方へと蹴り飛ばしたのだった。




