064:霊獣の領域
「霊獣っていうのは……まあ単純に言うと、濃いマナの影響を受けて生まれた動物って感じ」
江崎が指示した方向へと向かう道すがら、偵察から戻ってきたラヴィニアさんは口を開くなり説明を開始する。
どうやら、その霊獣とやらをぱっとは見かけられなかったらしい。
先ほど話題に上がった、霊獣と呼ばれる存在。
研究会でも聞いたことのない内容だったため、多少の興味はあった。
「基本的には魔物とあんまり変わらないのだけど、全くと言っていいほど獰猛じゃないから、討伐対象にはなっていない。地域によっては保護対象にしているところもあるぐらい」
「保護するメリットがあったりするんですか?」
「人間に対して敵対的じゃないから、種類によっては飼育することも可能なの。上手く調教すれば、色々と活用できたりもするし。まあ、この辺りに生息してるのは、警戒心が強いから飼育には向かないけど」
今のところ、説明を聞いたイメージは野生化している家畜のような感じだ。
だけど、この世界にも普通の動物は存在している。
それとどのような差があるのか、今の説明だけだと想像することはできなかった。
けれど、思いついたように鏡花ちゃんが疑問の声を上げる。
「マナの影響を受けてるってことは、魔法も使えるってことですか?」
「そう……それも、かなりの出力でね。精霊に近いって言われてるのはそういうところで、調教して戦闘に用いてる国もあるわ。東の戦線だと、ペガサスとかが運用されていたと思う」
「へぇ~……ペガサスって霊獣なんですか」
具体的なイメージができたことで、ある程度の感覚を掴むことはできた。
とにかく、霊獣というのはそういう保護動物的な存在で――このウォラーン連邦では、特に干渉する対象にはなっていないと。
だからこそ、今の状況が不自然だということなのだろう。
「マナが薄くなったりするってことは、普通は無いんですか?」
「全く無いってわけではないよ。というか、普通なら濃淡があって当たり前だ」
俺の疑問に対し、今度はカイトさんがそう答えてくれる。
江崎が発見した、マナの異常。普通に考えれば、偶然という可能性の方が高いのではないだろうかと。
しかし、カイトさんは否定の言葉で続けた。
「けど、この辺りについては例外だ。マナの集中地帯では、マナに満たされていて極端に薄くなるようなことはあり得ない」
「多少の薄さぐらいならまだしも、『全然無い』なんて場所が発生することはまず無いわね」
つまり、何らかの異常が発生しているのは間違いないということか。
そして、今この状況で発生している異常となると、その原因については一つの可能性に行きついてしまう。
「ひょっとして、魔族が何かを?」
「ええ、可能性はある。まあ、あいつらが霊獣を使って何をするのかって話でもあるのだけど……何にせよ、異常が発生していることは間違いない。流石にこれは、貴方がいなかったら気付けなかったかもしれないね」
「僕はただ見ただけなんですが……お役に立てて、良かったです」
恐縮している様子の江崎だが、彼の活躍は間違いなく事実だろう。
あらゆるものの情報を読み取ることができるその固有魔法は、戦闘能力が低かったとしても便利であることは紛れもない事実だ。
尤も、戦闘向けではなくても活躍できるというパターンの最たる存在が、ここにいるカイトさんなわけだが。
「とにかく、魔族が絡んでいるにせよいないにせよ、確かめる必要がある」
「それはいいのですが……ラヴィニアさん、何故わたしたちまで連れてくることにしたのですか?」
そう問いかけたのは栗原先生だった。
先生の立場上、俺たち生徒を危険な場所に連れて行くことは許容できない。
俺としては興味があることは事実だったけど、先生の立場上の話を否定することはできなかった。
その言葉に対し――ラヴィニアさんはしばし中空を眺めた後、軽く嘆息を零してから声を上げる。
「貴方たちには■■の気配が見える。いずれ魔族とも関わることになると思うの。だから、安全な今のうちに見ておいた方がいいと思って」
「え……? すみません、今なんて?」
「うん、聞き取れないと思う。今の貴方たち相手にそこは説明できないから……とにかく、私がいるうちに魔族というものを肌で感じておいた方が、いずれ貴方たちのためになると思ったの」
ラヴィニアさんが口にした言葉――その一部を、俺は聞き取ることができなかった。
困惑して皆を見渡したが、どうやら同じ状況であったらしい。
俺たちに、いったい何が見えたというのか。それはわからないが、とにかくラヴィニアさんという戦力がいるうちに魔族を見ておいた方がいい、という考えであるようだ。
「栗原先生、俺もそうするべきだと思います」
「天堂君……それは、どうして?」
栗原先生は、一度言葉を呑み込むように一拍置いて、俺へと問いかける。
恐らく、反射的に俺のことを止めようとしたのだろう。
それでも話は聞くべきだと判断してくれたのか、正面から俺の目を見つめつつ確認をしてくれている。
箱崎先生を彷彿とさせるようなその仕草に、俺は頷きながら続けた。
「元の世界に戻ることを目指す以上、俺たちはいずれもっと広い範囲で調査に向かうことになるはずです。それで東に向かう必要ができたとき、俺たちは魔族に接触することになるかもしれない」
「その時、あらかじめ知っているか否かで危険性が変わる、ってこと?」
「はい。もちろん、遭遇しないに越したことは無いと思いますが――」
地球に帰るという目標を、そう簡単に達成できるとは思えない。
それこそ、世界中を駆けずり回って、ようやくその可能性を掴めるかどうかというレベルの話だ。
裕也も動いてくれているが、だからと言って俺がその成果を待っている理由にはならない。
たとえ辛く苦しい道であったとしても、座視しているわけにはいかないのだ。
「ただ、口を開けて待っているだけでは、何も得られないんです」
「……わかり、ました。ただ、ラヴィニアさん」
「戦うのは私がやる、ってことね。それは勿論、私の仕事だから。探索者である以上、その役目まで誰かに譲ったりはしないわ」
何とか栗原先生を説得できたところで、馬車がゆっくりと減速していく。
御者台の方へと視線を向ければ、ちょうど本郷がこちらへ顔を覗かせたところだった。
「そろそろ道もないから、馬車で進めるのはこの辺までだ。ここから先は、歩きじゃないと入れないぞ」
「オーケー、それじゃあ全員降りて。ここからは、徒歩で進むわ」
「え、俺や江崎も?」
「守るのが手間だから、あまり離れないで欲しいわね。魔族を抜きにしても魔物が出るかもしれないし、馬車に残ってた方がむしろ危ないと思うわよ?」
ラヴィニアさんの言葉を聞いて、本郷と江崎は顔を見合わせる。
そして、二人は何も言わずに馬車から地面へと降りたのだった。
まあ、心配しすぎだと言われればその通りかもしれないのだが、ラヴィニアさんの懸念も否定しきれるものではないだろう。
「鏡花ちゃん、馬車を結界で守って貰える?」
「そうだね、念のため――〈守護の天輪〉」
俺の要請を受け、鏡花ちゃんは馬車全体を包み込むように固有魔法を発動する。
どちらかというと回復に特化している鏡花ちゃんの魔法だが、こういった防御結界の術式も有しているのだ。
流石に専門の固有魔法には出力も及ばないが、それでも汎魔法と比較すれば十分すぎるほどの防御力を有していた。
光の輪に包まれた馬車の様子を眺め、満足そうにラヴィニアさんは頷く。
「本当に多彩なもんだねぇ。それじゃ、出発するとしようか――全員、はぐれないように私の後を付いて来てね」
そう告げると、ラヴィニアさんは軽い足取りで山の中へと向かっていく。
魔族がいるかもしれないという懸念などまるで感じさせないその様子に、俺と鏡花ちゃんは思わず顔を見合わせながらも、彼女に続いて山の中へと足を踏み入れたのだった。




