062:交錯する思い
北へと進む道、その夜中。俺たちは少しだけ脇道に逸れて、焚火を熾して夜を過ごしていた。
火の番は交代制。数時間おきに次のメンバーと交代しつつ、夜を過ごすことにしているのだ。
今回はラヴィニアさんたちもいるため、寝る時間はそれなりに長く取ることができている。
まあ、本来であれば一瞬で家に帰れる彼女はこんなことに付き合う必要は無いのだが、カイトさんがいるため付き合ってくれていた。
「すっかり健康的な生活になったよね、晃司君」
「まあ、夜にやれることなんて何もないからね……」
一緒に不寝番をすることになった鏡花ちゃんの言葉に、俺は苦笑と共に首肯する。
地球にいたころは夜にできる娯楽などいくらでもあったけど、こちらではそうもいかない。
あまりにも暇すぎてトランプを始めとしたカードゲーム、テーブルゲームを自作しているメンバーもいる程だった。
尤も、そのおかげで生活は非常に健康的になったのだけれども。
ともあれ、夜を過ごすこの時間はどうしても暇になる。
周囲への警戒はしつつ、満天の星空を眺めながら――俺は、何となく頭をよぎった言葉を口にした。
「それにしても……魔族か」
「また余計なこと考えてるでしょ」
「余計なこととは失敬な。これから会うことになるかもしれないだろう?」
「会わない内にラヴィニアさんが片付けてくれた方がいいんだけどね」
やはり、鏡花ちゃんは現実的な考え方だ。
とはいえ、俺たちも長い付き合いだ。いい加減、予感のような物は感じているのだろう。
――今回もまた、何かに巻き込まれることになると。
「戦うこと自体はさ、この際いいと思うよ」
「お……意外だね。全部ラヴィニアさんに任せろって言うかと思った」
「私もいい加減慣れてるからね。どうせ巻き込まれるだろうとは思ってるよ」
「ははは……何ていうか、ごめん」
「別に、それはいいよ。晃司君だってわざとやってるわけじゃないんだし」
体質というべきか、俺は何かとトラブルに巻き込まれる。
そして、近くにいる裕也や鏡花ちゃんもそれに巻き込まれることは多い。
確かに、俺が何かをしているわけではないのだけど――それでも、多少は申し訳なさを感じてしまっていた。
「私が気にしてるのはそっちじゃなくて……晃司君、魔族と話をしたいって思ってるんじゃないの?」
「……」
内心を見透かされ、沈黙する。
そんな俺の反応に、鏡花ちゃんは半眼を向けながら溜め息を零した。
「あのね、晃司君。千年も敵対してるような相手なんだよ? お互いに妥協できる点があるなら、とっくの昔に戦いなんて止めてるでしょ」
「そうかもしれないね。もちろん、わかり合えるなんて思ってるわけじゃないよ」
「どうして敵対しているのか、その理由を知りたい……ってところ?」
「大正解。鏡花ちゃんは、よくわかってるね」
相容れない種族である――それについては仕方のない話だろう。
どこまで行っても、共存できない相手というものは存在するのだ。
けれど、ならばせめて何故共存が不可能なのか、その理由を知りたい。
知らないままに相手の思いを踏みにじるのは、不義理なことであると思うから。
「妥協点を見つけられるとは思ってないよ。この世界の人たちは一方的に侵略されている側で、魔族に対しての恨みしかないこともわかってる。けど――どうしてそうなってしまったのか、その理由だけは知っておきたい」
「……もし、同情するような理由だったら?」
「同情はするだろうね。でも、今彼らが行っていることを許容する理由にはならない」
いかなる理由があったとしても、人類を脅かすその活動を認めることはできない。
たとえその理由がどれほど正当なものであったとしても、前に立ったなら、俺は必ず戦うだろう。
そんな俺の言葉に、鏡花ちゃんは再び深く嘆息した。
「……知らないで戦った方が、よっぽど楽なのに」
「わかってるよ。でも、そういう性分なんだ」
「知ってるよ。だから、呆れてるの」
そう告げる鏡花ちゃんの声音は呆れていて――同時に、どこか優しいものだった。
相変わらず、鏡花ちゃんには迷惑をかけてしまっていることは申し訳なく思いつつ、同時にそんな彼女の反応を嬉しくも感じる。
本当に、俺や裕也のことをよく理解してくれているのだ。
と――
「これでわかり合えるかも、なんて言ってたらどうしようかと思ったけど……まあ、ギリギリ及第点かなぁ」
「っ、ラヴィニアさん。まだ、ちょっと時間には早いですよ?」
「ああ、大丈夫。ちょっと君たちと話をしてみたかっただけだから」
唐突に声をかけられ視線を向ければ、そこには馬車から出てくるラヴィニアさんの姿があった。
寝起きとは思えない程にしっかりとした足取りで、彼女は火の近くまでやってきて腰を降ろす。
わざわざ睡眠時間を削ってまで話に来た要件とは、いったいどんな内容だろうか。
そんな疑問を抱きながら言葉を待てば、ラヴィニアさんはじっと俺の顔を見つめながら話を続けた。
「貴方たち、ユウとエリーディアっていう二人組を知ってる? 貴方たちぐらいの年頃の、黒髪の男の子と銀髪の女の子なんだけど」
「ユウ、エリー……晃司君、それって」
「まあ、おそらく裕也と武村さんだろうね。ラヴィニアさんが、どうしてその二人のことを?」
「北に向かっていく二人を見かけたの。魔族を見てなかったかと声をかけたのだけど、その時にコージの名前を聞いたから」
ラヴィニアさんの告げる言葉に、思わず眼を瞬かせる。
まさか、そのような縁が結ばれているとは思わなかった。
一応、裕也たちが新たな拠点を目指していることと、そこへ先行していることについて話は聞いている。
しかし、その際にラヴィニアさんに会っていたとは思わなかったのだ。
「その反応を見るに、知り合いで間違いはないみたいね」
「はい……ただ、しばらく会ってはいなくて。あの、裕也君と武村さんは、元気そうでしたか?」
「ええ、間違いなく元気だったよ。しっかし……」
そう口にすると、ラヴィニアさんはじっと俺たち二人を交互に眺め始めた。
まるで、奥まで見透かそうとしているようなその視線に、居心地悪く身じろぎする。
「あの、ラヴィニアさん?」
「ああ、ごめんごめん。わざとじゃなかったんだけど、貴方たちの過去についての話を立ち聞きしちゃったものだからね。あの話に出てきたのが君たちなんだな、って思うと」
「え……どんな話をしてたんですか?」
「それは内緒。流石に、彼に悪いからね」
普段であれば、裕也は自分の過去を誰かに話すようなことはしないだろう。
立ち聞きということは、間違いなくラヴィニアさんに対して話していたのではない筈だ。
恐らく、一緒にいた武村さんに対してそれを話していたのだろう。
「……? 何だか、ちょっと嬉しそうだね?」
「ああ、いえ……裕也の奴が、過去を話せるぐらい仲のいい友達ができたんだと思うと、嬉しくて」
「はー……ああ、はいはい。君も苦労するね」
「……わかります?」
俺の言葉に対し、ラヴィニアさんはなぜか同情する視線を鏡花ちゃんへと向け、鏡花ちゃんも何故かそれに同調する。
あれ、俺はあくまで一般的な話をしていた筈なのだけど――
「それにしてもだけど……召喚者って言うのは皆こうなのかな」
「こう、とは?」
「才能に溢れてるっていうか、底が見えないっていうか。先の二人が特別なのかと思ったけど、貴方たちも同じようなものだし」
「ええと……ありがとうございます?」
これは、褒められているのだろうか。
或いは、もっと深い何かを見透かされているような、そんな感覚を覚える。
果たして、ラヴィニアさんには何かが見えているのだろうか。
「流れに巻き込まれる、或いは掴む体質か。それなら、コージ。君はさっき言った通り、魔族を見ておくべきなのかもしれないね」
「一緒に、魔族と戦うってことですか?」
「いや、戦う必要は無いよ。というか、私がやれば一瞬で終わるだろうし。ただ、君は魔族って存在を見ておいた方がいい、私はそう思うんだ。直感だけどね」
ラヴィニアさんが何を見透かしてそう判断したのか、俺には理解することはできない。
ただ、その言葉は――深く暗い感覚と共に、心の底へと刻まれたのだった。




