061:人工顕霊生成器へ向けて
「そして、その仮説を考慮したうえで作り上げたのが、この設計図よ」
「そうだね……理論的には、これで構築可能だとは思うよ」
リシーが持ってきた設計図――というか、その草案。
正直、設計図と呼ぶには具体性が足りなさすぎるため、僕の手でブラッシュアップする必要があるだろう。
だけど、要点自体はまとまっているため、構築すること自体は問題ない筈だ。
問題となるのは、いくつか技術的に難易度が高い部分があることだろう。
「ええと、基礎となっているのはプロトタイプの人工精霊生成器。そこに、アイの術式を接続する形か」
「ええ。人間の感情を情報刺激として与える場合、大量の情報をストレージしているアイから引き出すのが最も効率的よ」
「それに関しては同意。ただ、無秩序に情報を取り出して与えるのだと、あまりにも情報量が多すぎる。一度、情報をフィルタリングする必要があるだろうね」
アイには、実に千年もの間で集積し続けた情報がストレージされている。
この近辺のみに限られているとはいえ、その情報量はあまりにも多すぎる。
精霊がどの程度の情報刺激を必要としているのかはわからないけど、一気にそんな量の情報を与えるのはよくないだろう。
「ユウ君、フィルタリングできるんなら、ジャンルを絞った方がいいんじゃない?」
「いい着眼点だね、エリちゃん。栗原先生の例からして、顕霊が発生要因となった情報に執着する可能性は高いから……上手く行った場合の行動方針を決めるのに、都合がいいかもしれないね」
顕霊は、ただ発生させることだけが目的ではない。
彼らに、このラボの外で活動して貰うことを目指しているのだ。
それぞれの顕霊たちが興味を抱くジャンルを方向性として示せば、彼らを動かしやすくもなるだろう。
「まずは情報フィルタリングの術式を構築……その上で、精霊に対して情報を送るための術式を刻む必要がありと」
「そう。そして、そこで使用するのがあたしの固有魔法よ」
リシーの固有魔法、響霊術。
それは意思を顕霊へと伝達するための魔法であり、情報を送るという点に於いては初歩の初歩であると言ってもいい。
リシーは、その術式を魔道具へと落とし込め、と言っているのだ。
「……前にも言った通り、固有魔法の魔道具化はかなり難しいよ。術式剥離をせずに、僕の構築でリシーの術式を再現する必要がある」
「ええ。だから、ここで用いるのは本当に基本的な、最低限の術式だけ。入力された情報を精霊に送る、ただそれだけよ」
それだけだったとしても、固有魔法の魔道具化は困難を極める作業だ。
とはいえ――クライヴの遺した解析の水晶板も、それと同じ類である。
僕が彼を超えるためにも、その経験は必要になるだろう。
「そうだね。人工顕霊を目指すにあたって、これは避けられない要素だ。挑戦する価値は、十分にある」
「時間がかかることは承知してるわ。でも、これは必要な要素だから、しっかり詰めていきましょう。それとエリー、貴方にも協力してほしいの」
「え? エリの術式、今回の件ではあんまり役に立たないよね?」
リシーからの要請に、エリちゃんは眼を瞬かせる。
本人の言う通り、エリちゃんの術式は万能性は高いものの、精霊への干渉にはあまり関係はない。
それは僕自身同意見だったのだけど、設計書の中には確かにエリちゃんに関係していそうな部分が含まれていた。
「ここの部分を、エリちゃんに担当して貰うつもり?」
「ええ、その通り。闇属性の精神干渉術式……言い方は悪いけど、洗脳の類ね。これを用いて、生み出した顕霊に従って貰う」
「……それっていいの? って言うか、顕霊にそのぐらいの術式が効くの?」
首を傾げながら、エリちゃんはそう口にする。
まあ、それも無理からぬ反応ではあるだろう。闇属性のマナには確かに精神干渉の性質があるけど、それらの汎魔法は危険で、かつ効果はそれほど高くはない術式なのだ。
超常の力を持つ顕霊に対し、効果を発揮するのは確かに疑問だと言えるだろう。
けれど、リシーはその疑問に対し、笑みと共に付け加えた。
「洗脳と言っても、こちらに好感を抱いて貰う程度のものよ。創造主であるあたしたちを、親のように慕うようにする。ガチガチに縛ろうとすると通用しないだろうけど、その程度の効果なら通るはずよ」
「生まれたばかりの顕霊は情緒が育っていない。そのタイミングなら、むしろよく効くだろうね。与える情報のフィルタリングと併用すれば、効果は十分に見込める筈だよ」
顕霊の反逆を防ぐ――それは人工顕霊の計画における課題の一つだった。
闇属性による洗脳は案の一つではあったけど、顕霊に対して完全に枷を嵌めることは不可能という結論に達している。
けれど、発生直後で情緒が赤ん坊レベルのところに、情報刺激に加えて好感の埋め込みをする分には十分に通ると確信している。
まあ、個体差は出るだろうから、どの程度こちらに好感を抱くかという懸念はあるだろうけど。
「闇属性だから、扱いに最も適しているのはエリーよ。固有魔法は関係ないけど、貴方が組むのが最も効率がいいわ」
「お願いできるかな、エリちゃん」
「んー……わかった、やってみるね。でも、難しかったら相談には乗ってよね?」
「それは勿論、いつでも協力するさ」
パーツとして必要な部分は、それら四つになるだろう。
アイの情報ストレージから情報を取り出す機能、取り出した情報をフィルタリングする機能、精霊に対して情報を送り込む機能、精霊に対して精神干渉を行う機能。
四つ目だけが独立しているため、エリちゃんの作業自体はそこまで複雑じゃない筈だ。
難しいのは、それ以外の三つ。一つ目はまだマシだけど、残る二つの難易度は非常に高いだろう。
「……かなりの難易度であることは事実、か。しばらくは、集中して取り掛かる必要があるだろうね」
「提案しておいてなんだけど、そっちのタスクは大丈夫なの?」
「急ぎの件は魔族の話ぐらいだからね。そっちの探索はアイに任せているから、いったん問題は無いよ。後は自動人形の件だけど……こっちは、別に直近で必要ってわけでもないから」
正直なところ、この件が無ければ僕は自動人形の製作を始めていただろう。
顕霊人形計画――顕霊たちに自動人形の体を与えるというこの計画の、第一例としてアイの体を作成するつもりだったのだ。
けれど、それは別に急ぎというわけではないし、もう少し自動人形に関する知見を深めてからでもいい。
気にはなるけれども、まずはリシーの仮説検証の方が優先度は高いだろう。
「晃司たちがここに来るまでは……本郷君が加わったこともあって一週間は無いか。その間に、まずは形にするだけしてみよう」
「それだけの期間で足りるの、ユウ君?」
「とりあえず、形にするだけなら何とかって感じかな。ただ、動作を安定させるには何度かのバージョンアップは必要だと思うよ」
流石に、僕もそんな簡単に完成するとは考えていない。
これは、あのクライヴ・ハルツマンすら成し遂げられなかった仕組みの一つなのだから。
けれど、僕たちは既にその片鱗を掴むことはできた。
今ならば確実に、その領域へと手を伸ばすことができる――その確信と共に、僕は宣言した。
「さあ、それじゃあ早速作業を開始しよう。僕たちの手で顕霊を生み出す、その第一歩だ」




