060:もう一つのヒント
「いやぁ……つくづくヤバいなぁ、あの人」
第三のラボであれこれと作業を続けながらも、晃司たちの状況監視も続けている最中。
そんな状況の中における僕の注目は、ラヴィニア・アルトワーズという人物に集まっていた。
広域に探査を広げたからこそわかる。彼女は、ほんの一瞬で数キロ以上の距離を移動しているのだ。
けれど、それが転移魔法ではないことは確認ができている。彼女はある程度スピードを落として、映像で確認可能な速度で移動していることもあるのだ。
ラヴィニア・アルトワーズの固有魔法は転移魔法ではなく、加速の類であると考察できた。
しかも、それだけの速度で移動しているにもかかわらず、周辺環境に対して影響を及ぼしていない。
物理法則にまで干渉しているのだろうか――そんな疑問すら否定できない程に、規格外の能力であった。
「晃司たちの仕事に関わって欲しくもないけど、強引に排除することも不可能。となると、さっさと魔族の件を解決して帰って貰う方が穏当か……」
旦那さんの件もあり、用事が無ければ彼女もさっさと帰りたい状況の筈だ。
魔族の件さえ解決するなら、彼女もさっさと帰還してくれることだろう。
ただ一方で、魔族という存在に興味があることもまた事実だった。
「ねえユウ君、魔族って結局、どういう存在なの?」
「さっきの説明だけではなく、ってこと?」
「だって、魔族が攻めて来てる理由がわからないでしょ? 千年も昔から存在してるのに」
唇を尖らせてそうぼやくエリちゃんだが、彼女の疑問は尤もだった。
決して滅びることは無く、強大な力を持って、そして例外なく人類に敵対的な種族。
そんな性質を持つならば、魔族たちはとっくの昔にこの世界の人類を滅ぼせていてもおかしくはなかった筈だ。
だというのに、奇妙な均衡が千年もの間続いている。
エリちゃんの疑問の通り、それは奇妙な事実であった。
「クライヴは魔族の正体に気付いていた節はあったけど、その詳細までは書かれていなかったね。というか、それっぽい記述はあったけど読み取ることができなかった」
「あー……リシーちゃんが言ってた、神域検閲、だっけ?」
「神の領域に触れるが故に、認識することができなくなってしまった言葉。眉唾なものだけど、事実として読み取れないとなるとね……ともあれ、魔族の正体もそれに属する知識ってことらしい」
クライヴの手記に時折現れていた、読み取ることのできない言葉。
リシーに確認したところ、それは神域検閲文書と呼ばれるものであるらしい。
通常であれば外に出回ることは無く、精霊教会や、大賢者エステラの禁書庫に保管されているような代物だという。
所謂、禁断の知識とでも呼ぶべきものだけど――ともあれ、現状では魔族の正体に迫ることは不可能ということだ。
「何にせよ、クライヴは魔族に対して敵対的であることは事実だった。そして、できれば後継者である僕に彼らを滅ぼしてほしいと願っていた」
「……そのお願い、従うの?」
「さて、現状では何ともね。今の僕たちは魔族について知らなさ過ぎる。現代の魔族となると、更にね」
クライヴの遺した記録の中にも、先程ラヴィニアさんが話していたような情報はあった。
だが、千年もの時間が経っているのに何も変わっていないと考えるのは楽観的に過ぎるだろう。
仮に魔族と戦うことがあるとして――クライヴの考案した方法を、こちらも更に発展させておくべきだ。
「とはいえ、まずは魔族の行方だ。居場所もわからないんじゃこちらも対策の立てようがない」
「それで、見つけたらどうするの?」
「そうだね……まあ、せっかくの機会なんだ。晃司たちにも、頑張って貰うとしようかな」
何にせよ、まずは魔族の行方を掴むところからだ。
位置さえ確認できれば、後はいくらでも追跡することはできる。
可能であれば、能力と目的を同時に調査して、封殺可能な状況で戦いに持ち込む。
この世界を調べる上で、避けては通れない相手なのだ。ラヴィニアさんという戦力がいるうちに、それを体験しておくのも悪くないだろう。
「ところで、リシーは? さっき、カイトさんの話していた内容を情報にして送ったんだけど、もしかして寝てる?」
「えー、リシーちゃんが研究情報を前にして寝てるとかないんじゃない?」
「まあ、否定はできないよね、リシーだから……お?」
噂をすれば影、と言ったところか。
制作室の扉を開いて姿を現したのは、他でもないリシーだった。
彼女に対しては、先程カイトさんが話していた内容を――精霊剣に宿っている顕霊の情報を送っておいた。
あまり直接的な話ではなかったけど、顕霊に関する情報には変わりない。
ヒントになればいいと思っていたのだが、まさか直接顔を出すほどの内容だったのだろうか。
そんな僕の疑問を他所に、リシーは手に持った書類をどんと机の上に叩きつけるように置いた。
「ユウ、エリー。仮説段階ではあるけど、ほぼほぼ理論が固まったわ」
「それは、人工顕霊の?」
「ええ。勿論、仮説であることは事実だけど……証明する価値のあるレベルまでは、理論を構築できた」
自信に満ちた表情で、リシーはそう宣言する。
つまり彼女は、その仮説がかなり確度の高いものであると考えているということだ。
何よりもリシー自身のその姿に笑みを浮かべつつ、僕は彼女の持ち込んだ書類へと手を伸ばす。
そこに描かれていたのは――僕に対する注文書だった。
「これはまた……とんでもないことを考えたね」
「でも、理論的には筋が通っている筈よ」
顕霊の発生プロセスに対する考察と、それを人工的に再現するための理論。
そして、その理論を実現するために必要な魔道具の設計――まあ、設計に関してはリシーも専門外であるため荒は多いものの、必要な術式が何であるかという話については十分な情報が揃っている状態だ。
つまり、これを形にできるならば、リシーの仮説は証明できるということになる。
「まず、アイの例。彼女は千年という長い期間から発生した、今回の検証例からはイレギュラーパターンになるけれど……他の人工精霊が顕霊化していない中、彼女が顕霊化しているのは有意なデータである筈よ」
「そうだね。アイは情報集積の術式を持っていたから、その処理の中で自問自答を繰り返し、進化したんじゃないかと考えていたけど」
「ええ、あたしもそれは同意見。ただ、必要だったのはただの情報じゃない――人間の感情よ」
視線を書類から外し、エリちゃんと共にリシーの方へと視線を向ける。
彼女は、確かな自信と共に腰へ――ベルトに付いた封入器に手を触れさせながら言葉を続けた。
「そして次、この子のパターン。人工精霊生成器から生まれてすぐ、この子は顕霊としての性質を獲得した。それは、今回求める仕様に近いわね」
「それが、一番のヒントってこと?」
「あたしにとってはね。この子を生成する過程は、ほんの僅かにも逃さないように記録を残していたから」
エリちゃんの疑問に、リシーは胸を張ってそう答える。
普段の生活でもそれぐらいの生真面目さを発揮してほしいのだけど、それは置いておくとしよう。
「ここで考慮すべきは、アイのパターン。彼女は情報を刺激として自我を獲得したと考えられる――なら、この子に与えられた情報刺激とは何かしら?」
「順当に考えるなら、最も密接に干渉していたリシー自身が刺激の元だろうね。あえて言うなら、リシーの固有魔法が関係している可能性もあるけど」
「ええ、その可能性は十分にある。とにかく、強い熱意をもって触れていたからね。一方で――」
「……そっか、リシーちゃん、生成室の方だと複数並べて動かしてたから、そこまで距離が近くなかったもんね」
手を打って頷いたエリちゃんの言葉に、リシーはその通りだと首肯を返す。
生成室の生成器は人の手が介在する余地はほぼなく、試験的に動かしたプロトタイプも最初程の熱意をもって調べていたわけではなかった。
つまり、リシーが最初に言った通り、受け取った『人間の感情』が少なかったのだ。
リシー自身が冷静だった点から、想定外の固有魔法発動が無く、それによる干渉が発生しなかったという可能性も考えられる。
「そして、さっきの話。精霊剣のこと。あれの製造には、クライヴ以外の意思が介在していた」
「鍛火術の使い手……恐らくは、ウルというドワーフだ。彼が、人工精霊の生成中に介入したってこと?」
「その可能性が高いと、あたしは考えてる。人間の感情による情報刺激が要因なら、彼とクライヴが生成器の前で口論していたとしても影響を受ける可能性はあるわ」
「……断定はできないけど、あの顕霊の意思がウルの考えに同調していることは恐らく事実、か。それが情報刺激になった可能性は高いね」
これに関しては確実性の低い理論だけど、筋は通っていると言えるだろう。
そして――リシーは、最後に締めくくるように告げる。
「そして、貴方たちの教師の一人、彼女が宿したミカという光の顕霊」
「あっ、確かにあの子、恋を知りたいって言ってたね」
「人間の体に宿った精霊、直接的に人間の感情を刺激として受け取るには最適な状態だわ。そしてあの精霊は、自認すらも宿主の一部としたまま人間の感情を学ぼうとしている」
「人間の感情を刺激として、自我を確立する……だけど、それだけだとまだ理論としては足りない」
「ええ、それでは稼働している魔道具が顕霊化しない理由に説明がつかない。だから、あたしが出した結論はこれよ」
そう告げて、リシーは書類の一部を指で示す。
そこに書かれていたのは、ただ一言――『精霊として確立する最初期段階において』という言葉だった。
「マナの収束により、精霊として確立する僅かな期間。そのタイミングで、直接的に人間の感情を情報刺激として入力する――これが、生成直後に精霊が顕霊化するプロセスの仮説よ」
いくつかのパターン、それを用いた思考実験――その繰り返しの果てに、優れた研究者であるリシーの出した結論。
その言葉に、僕は満足して頷いたのだった。




