059:魔族とは
結局、俺たちはアルトワーズ夫妻と共に北へと向かうこととなった。
妙な成り行きではあったけれど、カイトさんに武器を見て貰えることは本当に大きなメリットだ。
それに、先程の話で少し気になった点もあったし――お互いの仕事に影響しない範囲であれば、有意義な時間になるだろう。
「改めて、ですけど。気を付けてくださいね? この剣、仕舞っていても部屋をぶち破って飛んでくるような武器なので」
「ああ、君によく懐いているようだね。もちろん、機嫌を損ねないように注意するさ」
普通であれば信じがたいような俺の説明を、カイトさんは何でもないような表情で頷く。
神の腕を持つとまで称されるような技術を持つのだから、その程度は気にするほどのことでもないというのだろうか。
ちらりとラヴィニアさんの様子を横目で確認しつつも、俺は精霊剣を両手に乗せて彼の前に差し出した。
カイトさんは、まるで指揮でもするかのように指先で中空をなぞりながら、穏やかな笑みと共に声を上げる。
「……成程、顕霊を宿しているのか。長い年月を経て、クライヴ・ハルツマンの人工精霊が成長したっていうことかな」
「カイト、普通に考えて国宝級の代物じゃないの、それ?」
「誰にでも扱える代物であればね。この子は本当に気難しい――いや、そう在れと生まれてきたのかな」
流石に驚いた様子のラヴィニアさんの言葉に対し、カイトさんはそんな風に返答した。
彼には、いったい何が見えているのだろうか。
鳶色の瞳の中に、僅かにオレンジ色の光が揺らめいて見える。
それはまるで、炉の火が反射しているかのように。
「筐体である剣と、光属性の人工精霊。この剣の方は、恐らく僕以前の鍛火術の使い手による作品だろうね。それ自体が素晴らしい代物だ。そして、そこにクライヴ・ハルツマンが術式と人工精霊を施した――恐らく、その際にお互いの意図に齟齬が生じたんだろう」
「……それは、どういうことですか?」
「クライヴ・ハルツマンは知っての通り、誰にでも扱える魔道具を作ることを目指していた。だけど、鍛火術の使い手の方は、武器は相応しい使い手に扱われるべきだと考えていたようだね。人工精霊は、そちらの考えに影響を受けたんだろう」
「一目見ただけなのに、そんなことまでわかるのか……!」
剛志が感心した様子で、そう呟いている。それに関しては、俺も同意見だった。
カイトさんは精霊剣に触れてもいない。ただ、固有魔法を通して武器を眺めただけで、そこまでのことを見通してみせたのだ。彼の称号に相応しい、驚異的な洞察力だった。
そんな彼に対し、西村さんが挙手しながら質問する。
「はい、カイト先生! 精霊って意思がないんじゃないんですか?」
「うん、いい質問だ。それはその通りだし、人工精霊が顕霊になった例は僕も知らない。だけど、この剣が使い手を選ぶ性質は、間違いなくこの精霊に由来している。何しろ、剣にも術式にも、そんな機能は刻まれていないからね」
「……成程。消去法で、その精霊に由来しているということですか」
頷きながら、斎藤がそう呟く。
確か裕也は、クライヴがこの剣を失敗作として扱っていたと言った。
使い手を選ぶというその性質はクライヴの意図せぬところで生まれたものであり、精霊がそのような性質を宿してしまったこと自体がイレギュラーだったのだろう。
「さて、ざっと見た限りでわかるのはこれぐらいだね。後は、実際に触ってみないことには何とも言えない」
「カイト、気を付けてよ? 顕霊ってことは、とんでもない出力で反撃してくるかもしれないんだから」
「勿論、彼女の機嫌を損ねるような真似はしないさ。当然、まずは交渉からだよ」
どうやら、精霊剣に宿っている顕霊は女性人格であるらしい。
精霊の性別っていうのも良くわからないが、栗原先生に宿っているミカも女性人格のように思えるし、一応その分類もあるのだろう。
「さて、君を少し調べさせて貰えないかな? 勿論、君を使い手から引き離すようなことはしない。むしろ、君をもっと使い手に合わせて調整するつもりなんだ。そうすれば、君はもっと使い手に役に立つことができるだろう? ……そう、君はもっと強くなれる。その手伝いをさせて欲しいんだ」
傍目に見えると剣に話しかけているだけなのだが、柄に嵌っている精霊の封入器が僅かに明滅している。
どうやら、カイトさんの言葉をきちんと認識しているようだ。
言語に対する理解があるのかどうかは疑問だったのだが、どうやらそれを理解できるだけの知性はあるらしい。
「……うん、ありがとう。それじゃあ、少し君に触れさせて貰うよ」
そう言うと、カイトさんは俺の手から精霊剣を持ち上げてみせた。
俺以外の誰にも握ることができなかったそれに、あっさりと触れて見せたのだ。
その事実こそが、彼が本物の技術者であることを示していた。
とりあえず、精霊剣が暴走しなかったことに安堵して――様子を見守っていた栗原先生が、ラヴィニアさんへと向けて声をかける。
「すみません、あまり仕事の話を聞くべきではないかと思うのですが……この先で、魔族が出没するのですか?」
「ああ、さっきの話? そう、目撃例があったから、私に対応の仕事が回ってきたの」
「そうですか……あまり詳しくはないのですが、人類に対して敵対的な種族なんですよね?」
「種族、って言うとちょっと微妙なんだけどね」
栗原先生の質問に対し、ラヴィニアさんは軽く肩を竦める。
正直、この場にいる誰もが、あまり魔族については詳しくない。
大陸東部にいる、人類と敵対する種族。常に紛争状態にあり、東部では常に争いが繰り広げられている――俺が聞いているのは、その程度の話だけだ。
「大陸西部まで出てくるような個体は稀だからね、この辺の人が詳しくないのも無理はないと思うよ。貴方たちなら、尚更ね」
「……!」
「ファレンジアの召喚者でしょ? こんな数の若い固有魔法使いなんて、前からいたならとっくに話題になってるし。隠す必要も無いよ」
ラヴィニアさんは栗原先生と、御者をやっている本郷を見てそう告げる。
どうやら、俺たちの素性についてはとっくの昔に察知されていたらしい。
咄嗟に身構えてしまったが、目的を知られない限りは特に問題はない。
軽く嘆息して、俺は改めて彼女に質問を投げかけた。
「魔族というのは、結局どんな種族なんですか?」
「種族、って言うと語弊があるね。身体的特徴が一定ってわけでもないし、組織と言った方が実情に近いかも」
「いろんな姿の魔族がいるってことですか?」
「そう。魔物同然、獣そのものな姿の奴もいれば、人間とまるで変わらない姿の奴もいる。知性の高さも個体次第。見た目も能力も統一感は全然ないね――ただ一点を除いて」
うんざりとした調子だったラヴィニアさんの言葉が、急激に鋭いものへと変化する。
それは、まるで仇敵を前にしたかのように。
彼女は、その口調の中に僅かな苛立ちを込めて告げた。
「魔族は、たとえ殺したとしても再生する。どれほど粉微塵に粉砕したとしても、一定の時間が経てば近くで復活するんだ。実質的に、あいつらを殺す手段は存在しない」
「……絶対に、倒せないってことですか? ラヴィニアさんでも?」
「私でも、殺し切る手段は持ってない。ボコボコにして海のど真ん中に叩き込んだことはあるけど、結局あれも意味無かっただろうね」
絶対に、倒すことのできない敵。
千年もの昔から、ずっと人類と敵対し続けている、謎の集団。
そのうちの一体が、この近くにいるというのか。
思わず緊張する俺たちの様子に、ラヴィニアさんは相好を崩しながら、安心させるように笑みを浮かべてみせた。
「ま、発見したら私が何とかするから、君たちは気にしなくて大丈夫だよ。私がいないタイミングだったとしても、派手な目印があったら即座に駆け付けるから」
世界最強の一角は、笑いながらそう告げる。
そんな彼女の表情に、俺たちは少しだけ緊張を解いたのだった。




