058:神域の鍛冶師
カイト・アルトワーズ。ウォラーン連邦の国家鍛冶師。
謎の集団に誘拐されていたと思われる彼の称号については、俺たちも初めて耳にするものだった。
だが、その正体については少しだけ想像ができる。ウォラーン連邦の鍛冶師に関しては、裕也からその話を聞いていたからだ。
「ひょっとして、神の腕を持つ鍛冶師って――」
「あー、あはは……いや、それはちょっと誇張されすぎで恥ずかしいんだけどね。でもまあ、そういう風に呼ばれていることは事実だよ」
やはり、彼こそがその鍛冶師であったらしい。
尤も、具体的な話は何一つ聞いていないので、彼が作る武器がどのような力を持っているのかは全く知らないのだが。
けれど、彼が誘拐されかけていた理由については、何となく察することができた。
「つまり、その技術を見込まれて誘拐されそうだった、って感じですか。だから身の安全だけは確保されていたと」
「まあ、そういうことだね。いやぁ、今回はちょっとタイミングが悪くて……久しぶりに遠くまで誘拐されるところだったよ」
「何か、すげぇ誘拐慣れしてるなこの人……近場だったらちょくちょくあるのかよ」
呆れた様子で剛志がぼやいているけど、それに関しては俺も同じ意見だった。
何と言うか、あまりにも慣れすぎているため、救出されたことに対する安堵感も無さそうな印象だ。
一体この人は、どれぐらいの回数で誘拐を経験してきたのだろうか。
「なんか、どこぞのお姫様みたいな生態してるな」
「あはは、良く言われるよ」
「いや、笑い事じゃないんですけど……」
誘拐されていた張本人だというのに、何とも呑気な反応だ。
まあ、メンタルケアの必要がなさそうであることについては良かったけれども。
ともあれ、彼を無事に救出できたことは事実。その上で、彼をこの場に放置していくということはできない。
一方で、彼を誘拐してきたこの集団を放置できないこともまた事実だった。
「……とりあえず、この人たちをどうしましょうか」
「うーん、背後関係を調べるのは僕の仕事ではないからなぁ……まあでも、心配はいらないと思うよ」
「と言うと?」
「さっき、あれだけ派手な爆発を起こしただろう?」
そう言いつつ、カイトさんが指さしたのは、先程ミカが爆撃した平原だ。
巨大なクレーターになってしまっているが、熱を発生させない魔法であるためか、延焼している様子はない。
流石に元通りにするのは無理そうなので放置せざるを得ないが、果たして大丈夫なのだろうか。
しかし、指をさすカイトさんはまるで気にした様子もなく、のほほんとした表情で続ける。
「あそこまで大きな音を立てたなら、僕の知り合いがすぐにすっ飛んでくると思うんだよね」
「そうだねぇ、その通りだねぇ……で、君は何でこんなところにいるのかなぁ?」
――その人物が現れた瞬間を、俺は全く認識することができなかった。
いつの間にかカイトさんの背後に現れていた、ミルクティー色の髪の女性。
瞬きすらしていなかったにも関わらず、一瞬でその場に現れていた彼女は、明らかに怒りを湛えているとわかる表情でカイトさんの肩に手を乗せていた。
咄嗟に戦闘態勢に入ってしまったが、彼女はこちらのことを気にした様子もなく――また、カイトさんも驚く様子すらなく声を上げた。
「やあ、ラヴィ。来てくれると思ってたよ」
「まったく、こんなちょっとした隙間時間でまた誘拐されて……で、彼らは?」
「ああ、僕を助けてくれた若者たちだよ。おかげで、誘拐犯たちの本拠地まで連れ去られずにすんだよ」
「はぁ、成程ねぇ……それはお礼を言わないとだね」
カイトさんの説明に、女性は深々と嘆息して俺たちの方へと視線を向ける。
その視線の中には一定の警戒心は含まれていたものの、俺たちを脅威と見るような緊張は含まれていなかった。
まるで世間話でもするかのような調子で朗らかに、彼女は笑みを浮かべながら声を上げる。
「私はラヴィニア・アルトワーズ。うちの旦那がお世話になったみたいで、助かったよ」
「あー、えっと……俺は晃司、こっちは剛志、それから穂美香さんです」
「ん……穂美香は穂美香――ミカ、ややこしくなるからちょっと黙っててね」
一つの口で交互に発言する栗原先生たちのことについては、ラヴィニアさんも興味深そうに眺めていたが――ともあれ、彼女はある程度警戒心を解いた様子で頷いている。
そんな彼女のことについては、カイトさんに関する情報を裕也から伝えられた時に、同時に聞いていた。
曰く――
「じゃあ、貴方が最強の探索者の一人だっていう?」
「その呼び方はちょっと恥ずかしいなぁ。いや、最高位の一角なのは事実だけど、ぶっちゃけ最強は『赤』だろうから」
五色、そのうちの白を担うラヴィニアさんは、最高位の探索者の一人だ。
だが、当事者である彼女の言うところでは、どうやら『赤』の探索者が最強であるということらしい。
その人物のことについても気になるところだけど、とりあえず今は目の前の人物についてだ。
何故か俺のことを興味深そうにしげしげと眺めていた彼女に対し、カイトさんが相変わらずのんびりした様子で告げる。
「ところでラヴィ、この人たちを騎士団まで送って欲しいんだけど」
「あー……まあいいか、大した手間じゃないしね。始末しちゃった方が楽だとは思うけど」
何でもないことのように告げるラヴィニアさんの言葉に、拘束されている男たちが身を震わせる。
そんな彼らの肩に手を置いたラヴィニアさんは――ほんの一瞬だけ彼らごと姿を消し、そして次の瞬間には再びこの場に出現していた。
(転移の固有魔法? いや、術式を構築する様子すらわからなかった。これが最高位……!)
次元が違う、そう確信してしまう程の力。
最高位の実力を持つ探索者という称号は、決して伊達ではないのだと直感的に理解することができた。
四人の誘拐犯たちをあっという間に送り届けてしまった彼女は、改めてカイトさんへと向き直って声を上げる。
「それじゃあカイト、貴方も戻るよ」
「いや、ちょっと待って欲しいんだラヴィ。君の仕事、まだ終わらないんだろう? その間にまた誘拐されるのも効率が悪いじゃないか」
「何で誘拐される前提なの? 騎士団から護衛が出てたでしょ?」
「いや、相手が結構な実力者だったから……僕は手荒な真似はされないってわかってるし、無理に守ろうとして死んでしまうのは流石に――」
「それが! 護衛の! 仕事でしょ!」
どうやらカイトさん、護衛の騎士を無事に返すために自ら攫われたようだ。
気持ちはわからないではないのだけど、ラヴィニアさんの言うこともまた正論である。
まあ、流石に国のことであるため口は挟めず、二人の口論を見守ることしかできなかった。
「って言うかね、カイト。魂胆はわかってるんだからね? この子の剣を見てみたいだけでしょ?」
「それはまぁ……否定はしないんだけど。でもラヴィだって、魔族を探してる間、これまでと同じように護衛を付けるのも不安でしょ?」
「……それはそれで、騎士団に喧嘩売りすぎだと思うんだけど」
ラヴィニアさんは、俺が鞘に納めた精霊剣を指差しながらそう告げている。
どうやら鍛冶師というだけあって、カイトさんは精霊剣に興味を持っているようだ。
彼の職業からして無理のない話だとは思うけど、これを渡すというわけにはいかない。
「あの、これを手放すって言うのは流石に無理なんですけど」
「ああ、それは勿論。僕はただ、それを見せて貰いたいだけだよ。お礼に、君専用に調整を施してもいい――それは遺物だろう? そのまま使っているのなら、ある程度合わない部分もある筈だ」
その言葉については、流石に興味を抱かずにはいられなかった。
神の腕を持つとまで称される、驚異的な技量を持つ鍛冶師だ。
普通は、接触すること自体が難しいような相手。そんな人物に武器を見て貰えるのなら、大きなメリットであると断言できるだろう。
ただ、流石に無条件で頷く、というわけにはいかなかった。
「すみません、俺たちも探索者としての仕事で、内容は明かせないんですが――」
「それは別に構わないさ。ラヴィが速攻で魔族を見つけてくれるなら、その時点で終わることでもあるし」
「今の今まで見つけられてないからって、好き勝手言ってくれるじゃない……」
「どっちにしろ、向かう方向はある程度一緒なんだ。途中までは同行したって構わないだろう?」
妙に押しの強いカイトさんの言葉に、ラヴィニアさんはがっくりと肩を落として溜息を零す。
そしてこちらへと視線を向け、申し訳なさそうに声を上げた。
「悪いんだけど……ちょっとだけ、付き合って貰っていい?」
「……一応、途中までということであれば」
「こちらも、仕事の内容は明かせませんので……一旦は、道が重なっている間だけということで」
元に戻った栗原先生とも視線を合わせ、頷き合う。
奇妙な流れになったけれど――少しの間、彼らと共に行動することに決定したのだった。
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