057:隠されたもの
「本郷、馬車のスピードを落としてくれ! 俺と剛志が外に出る!」
「マジかよ、走り抜けた方がいいんじゃないか?」
「最悪、いきなり魔法で攻撃してくることもあるからね。栗原先生、鏡花ちゃん、いつでも防御できるように準備を!」
「全く……了解、気を付けて」
呆れた様子で溜息を吐いていた鏡花ちゃんだが、俺の指示には即座に頷いてくれた。
栗原先生は迷っている様子を見せていたものの、江崎が示した位置の到達までにはもうそれ程時間が無い。
本郷が馬車のスピードを落とすと共に、俺と剛志はすぐさま馬車の外へと出て並走を始めた。
「ったく、お前と一緒だといつでも退屈しねぇな」
「俺に言うのは勘弁してくれないか?」
「何言ってんだよ、巻き込まれ体質が。平穏無事な旅になるなんて、これっぽっちも思ってなかったぜ」
笑いながら告げてくる剛志の言葉には色々と言いたいことはあったものの、事実としてトラブルに遭遇してしまっているのだから口を噤むしかない。
眉根を寄せつつ、俺は先ほど江崎が示した方向へと視線を凝らした。
こうして見ても、何かがあるようには見えない。だが、江崎の解析術は、視界に映るあらゆるものの性質を読み取ることができる。その察知能力は、俺たちのそれを遥かに超えているのだ。
その彼がそう言っている以上、そこに何かが隠されているのは間違いないだろう。
「晃司、何があると思う?」
「一番平和な可能性は、魔物避けに姿を隠している旅人かな」
「なら、その逆は?」
「……姿を隠して、通行人を襲おうとしている野盗の類だ」
正直、それは勘弁してほしいところではある。
魔物との戦いは多少慣れてきたものの、未だ人間との殺し合いを経験したことはない。
いや、鏡花ちゃんが騎士に捕らえられそうになったときに戦ったことはあるが――あの時は必死で、相手を殺すという可能性にまで考えが及ばなかった。
だが、もしも今戦うことになるのなら、それを考えながら剣を振るわなければならないだろう。
「だが、襲ってくるなら応戦しないといけない。覚悟は決めておくさ」
「……だな」
剛志も、その可能性は考えていたのだろう。硬い表情で頷いて見せた。
けれど、それでも足を止めるようなことは無いまま――俺たちは、江崎の示した場所へと接近していく。
何の反応も無いなら、それでよし。もしも、攻撃を仕掛けてくるなら――そう考えていた、瞬間だった。
「おーい、そこの人たちー! 悪いんだけど助けて――むごっ」
――姿も何も見えない、その場所。
そこから、一人の男性の声が響いて来たのだ。
それを耳にした瞬間、俺は迷うことなくその方向へと駆けだしていた。
「ノータイムかよ、お人好しが!」
「そういう剛志だって、付いて来てるじゃないか!」
並走する剛志へとそう告げながら、俺は精霊剣を抜き放つ。
確かに、迷いはある。恐れもある。
それでも――誰かが助けを求めているのなら、それに応じないという選択肢は無かった。
俺たちが戦闘態勢に入ったことを察してか、隠蔽されていた景色が明らかになる。
そこにあったのは一台の馬車と、四人ほどの武装した集団。そして――馬車の中で取り押さえられている、一人の男性だった。
「何をしている、その人を離せ!」
「……!」
俺の言葉に対し、彼らは無言で武器を抜く。
どうやら、何をしているのかの説明も、弁明もないらしい。
その真意は謎だけど――やはり、無視することはできないだろう。
「剛志!」
「あっちだろ、了解!」
まず優先すべきは、あの男性の安全。
彼を確保することを剛志に任せつつ、俺は外にいる三人へと魔法を放った。
「〈フォトンスマイト〉!」
頭上から撃ち降ろす、光の一撃。
降り注ぐ三つの光は、男たちのうちの一人を衝撃によって吹き飛ばし――残る二人は、咄嗟に防御して見せた。
「っ、固有魔法持ちだと……!?」
武器を抜いた男の一人が、戦慄の表情でそう呟く。
俺が放った魔法がただの光属性の汎魔法ではなく、固有魔法だと気づいたのだろう。魔法を防いだうちの一人は、明確に顔色を変えていた。
それを瞬時に判断できるだけ厄介な相手だと判断し、俺は剛志へと鋭く声を上げる。
「剛志! いつものやつ、二秒後!」
「応よ!」
「――〈フラッシュ〉!」
普段の戦闘訓練でも行うコンビネーション――閃光による目晦ましが、周囲を眩く照らし出す。
俺と剛志はその一瞬だけ目を閉じて目を焼く光を回避しつつ、そのまま外にいた男たちへと接近する。
振るうのは、俺の魔力を吸って眩く輝く精霊剣だ。
「はああッ」
「うおおおおッ!」
光を纏う精霊剣が、中空に白い軌跡を描く。
その一閃は、男の構えていた剣を捉え――その刀身を、バターか何かのように滑らかに切り飛ばしてみせた。
そしてその隣では、金剛術を発動して鉄槌と化した剛志の拳によって、もう一人の武装した男が殴り飛ばされている。
反撃に振るわれた武器も、頑強極まりない剛志の肌で弾かれてしまっていた。
「よっしゃラスト! そこ動くなよ!」
自らの防御力を前面に押し出し、剛志は馬車の中へと駆け込んでゆく。
その姿を横目に確認しながら、俺は半ばで斬り飛ばされた剣を呆然と眺める男へ、輝く精霊剣を突き付けた。
「降伏しろ。お前たちに勝ち目はない」
「ッ……おのれ、我々を誰だと――」
「お前たちなど、知らない。でも穂美香は、センセイと約束した。穂美香は、生徒たちを助ける」
俺が剣を突き付けてなお、戦意を消すことのなかった男。
しかしそこへと降り注いだのは、淡々とした声音と共に発生した、光の鎖であった。
見上げれば、桃色の光を翼と化しながら、ゆっくりと栗原先生が――いや、顕霊ミカが地上へと降り立つ。
光の鎖によって拘束された男は、その異様な雰囲気に息を飲む。
「な、何だ……何でこんな数の固有魔法使いが……!?」
「降伏しないのであれば、お前はこうなる」
ミカは淡々とそう告げながら、おもむろに右手を誰もいない方向へと向ける。
そして次の瞬間――ほんの一瞬で励起した強大な魔力が、鋭い光芒となってその方向へと飛翔。
広大な野原へ一瞬で着弾した光は、その場に収束、そして熱のない爆発となって半径数十メートルを蹂躙した。
「……」
「……」
「……こうなる」
吹き荒ぶ風と飛んできた土くれを浴びながら、俺も拘束された男も思わず沈黙し、ミカはなぜか得意げにもう一度繰り返す。
そのあまりにも圧倒的な力を目の当たりにして、ついに男はがっくりと脱力して項垂れたのだった。
今の魔法は本当に許して良かったのかと疑問を覚えつつも、他の男たちの様子を確認してから武器を降ろす。
唐突なトラブルだったけど、何とか誰も死なずに済んで幸いだった。
と――そこに、どこか能天気な様子の声が上がる。
「いやぁ……助かったよ。ありがとう、旅の人たち」
「貴方は、さっき捕まっていた……大丈夫でしたか?」
「あはは、まあ彼らは間違っても僕を傷つけるようなことは無かったから、身の安全という意味では大丈夫だったんだけどね。今日はちょっとタイミングが悪かったから、本当に助かったよ」
「……傷つけるつもりは無かった?」
感謝の意を述べてきたのは、先程馬車の中に押し込まれていた赤髪の男性だった。
体はがっしりと鍛えられているものの、立ち振る舞いは訓練を受けていない人間のそれ。
今の言葉の意味も良く理解できず、俺は思わず首を傾げていた。
しかし、そんなこちらの様子など意にも介さず、男性は笑顔でこちらへと声をかけてくる。
「ところでその剣、どこで手に入れたんだい? クライヴ・ハルツマンの作品だろう?」
「あ、あの……失礼ですが、貴方は?」
「おっと、こちらこそ失礼。珍しい武器に、ちょっと興奮しちゃってね」
男性は、誤魔化すように笑いながら頬を掻く。
そして、その節くれだった右手を差し出しながら、柔和な笑みを浮かべて告げたのだった。
「僕はカイト・アルトワーズ。ウォラーン連邦で、ちょっくら国家鍛冶師なんて役割を担ってる者だよ」




