055:ちょっとした、下世話な話
「……これって、もしかして和久井君の?」
クライヴの手記に出てきた魔道具の情報に、僕は思わずそう呟いていた。
使い手に合わせて形を変える腕輪。その性質は、変身した和久井君が持っていた腕輪に近いもののように思える。
しかも、彼が変身した時の姿――耳の形は変わっていなかったものの、エルフと言われれば確かに特徴の出ている姿だった。
「アイ、『未完の剣聖』に関する情報はここに残ってる?」
『肯定します。この地にて制作された魔道具ですので、制作記録は残されています』
「ありがとう、後で確認しておく」
もし正解であるとするなら、和久井君の持っている魔道具はとんでもない代物だということになる。
尤も、どうしてそれが変身した彼の体に現れるのかは一切謎のままなのだが……まあ、それは資料を確認してからにするとしよう。
今は、やらなければならないことが多い状況だ。これに関しては後回しでもいい。
と――そんなことを考えていた、ちょうどその時だった。
「ユウ、いるかしら?」
「あれ、リシー。どうかした?」
普段は人工精霊のラボに篭っているリシーが、珍しく自分から外に出て顔を出してきたのだ。
その事実に思わず目を見開きつつ、僕は彼女を出迎える。
わざわざこうして顔を出してきたということは、研究について何らかの進展があった――というだけではないだろう。
それだけであれば、ゴーレム越しに通話するだけで話は済むのだから。
「少し、話をしたいことがあったのよ。今、時間は大丈夫かしら?」
「うん、問題ないよ。ちょうど区切りは付いたところだったから」
今は、自動人形に関してクライヴの研究資料を読み込んでいる最中だ。
彼の手記を覗いていたのはちょっとした息抜きでもあったけど、そちらでも何かしらの情報があることを期待していた。
結果として、『未完の剣聖』という魔道具――そして術式剥離について知ることができたのだから、悪い結果ではなかっただろう。
ともあれ、それも一段落して、今は時間を取るのにもちょうどいいタイミングだ。
果たして何の話なのかと、用意しておいたお茶で喉を潤して――
「貴方とエリーってどういう関係なのかって、いい加減確認しておきたくて」
「ごふっ!? げほっ、げほッ」
突拍子もないその話題に、僕は思わず噎せてしまっていた。
気管に入ってしまったお茶に咳き込みつつ、思わず半眼でリシーのことを睨む。
が、生憎とそれなりに図太い彼女はまるで気にした様子もなく、先程の質問を続けてきた。
「初めて会った時から恋人同士なのかと思っていたのだけど……そういうわけでもないみたいだし。何だか奇妙な関係だと思って」
「げほっ……唐突に下世話な話をしてくるね」
「だって、随分と曖昧な関係性じゃない? お姉さんとしては気になっちゃって」
まあ、リシーはエルフだし、年上であることは間違いない。
ただ、そういった方面についてはまるで経験の気配もなかったことも事実だろう。
「よく言うよね、喪女のくせに」
「言葉の意味は分からないけど、侮辱として受け取ったわ」
「ちょっ、ギブギブ! 話ができないってば!」
するりと接近してきたリシーが、腕を回してヘッドロックを仕掛けてくる。
それほど強い力で締め上げられたわけではないのだけど、さっさと降参して腕を外して貰うことにした。
元より、気になることにはとにかく一直線であった結果、ここに辿り着いたのがリシーなのだ。
適当に話を流そうとしても、しつこく食い下がってくるだけだろう。
僕は思わず嘆息を零し、半眼のままで彼女へと告げた。
「僕としては、エリちゃんは友達か……もしくは、相棒だと思ってるよ」
「相棒ねぇ……友達という距離感ではないとは思ってたけど」
それはエリちゃんの距離感が近すぎるせいだとは思うのだけど――確かに、友達と呼ぶには近すぎると言われれば、否定はできなかった。
ただ、これにはエリちゃんの特殊な来歴が由来しているから、一概に決め切れるものでもない。
「この世界に来る前のエリちゃんのことは、話は聞いてる?」
「あまり詳しくは。ただ、性格を偽っていたことだけは聞いているわ」
「そこだけ知ってるなら、何とかなるかな……まあ単純に言うと、エリちゃんはずっと素の自分を表に出せなかったんだ」
幼い頃から習慣化してしまっていた、性格の偽装。
苦痛に思いながらも己の素を出すことができず、結果的に友達も作れなかった。
だからこそ――
「今のエリちゃんにとって、僕は初めてできた友達なんだ。距離感が近くなるのも、無理はないと思うよ」
「ふぅん……それじゃあ、ユウ。貴方自身は、どう思っているのかしら?」
ずい、と詰め寄りながら、リシーはそう問いかけてくる。
言葉の意味を理解できないわけじゃない。そしてどうやら、誤魔化しがきく相手でもないようだった。
思わず、深々と溜息を吐き出して――僕は、少し視線を逸らしながら告げた。
「……僕だって、健全な男子だよ。可愛い女の子に、あんな距離感で接せられていれば、そりゃ好きにだってなるもんだよ」
「ふふっ、やっぱりそうなんじゃない」
「いや、うん……無理もないでしょ、そりゃ。エリちゃんはあれだけ可愛いんだから」
僕自身、エリちゃんに対して好意を持っていることは否定できない。
ここまで一緒に活動してくる中で、彼女に惹かれていっていることは間違いなかった。
けれど、同時に――
「ただ、今のところ色恋沙汰に集中できるような状況じゃない。中途半端に気持ちへと向き合うのも、それはそれで不義理だろう?」
「先延ばしにしているだけ、とも言えるわよ?」
「否定はしないよ。ただ、それが必要な時間ってだけだ」
今は、目の前にあまりにも多くの問題が転がっている。
全てが解決するには多くの時間が必要だけど、少なくとも手が足りる状況までは持っていけないと、他のことに気を割ける余裕がないのだ。
「僕自身、まだ気持ちの整理ができていない。もうしばらくは、時間が必要なんだ」
「……わかったわ、納得できた。それじゃ、あたしは戻るわね」
「いや、ホントにこの話をしに来ただけなの?」
「そういう時だってあるわよ。それじゃ、また後でね」
ひらひらと手を振って、踵を返したリシーはさっさと制作室から出て行ってしまった。
その背中を見送って、最後にもう一度嘆息する。
「……晃司が来るまで、思ったよりも時間が短縮されそうだし。さっさと準備に移るとするか」
その独り言は――自分自身の耳に、どこか言い訳じみて響いたのだった。
* * * * *
裕也が作業を行っていた制作室を後にして、リリエーラは中央のエントランスへと移動する。
周辺状況を示しているオブジェの前で立ち止まり――彼女は、とんとんと床を足で叩きながら声を上げた。
「そういうことらしいわよ、エリー」
「にひっ、にひひひひひっ! もうユウ君ってば、エリのこと可愛いだって! リシーちゃん聞いた!?」
「はいはい、っていうかあたしが聞いたんだから」
ひょっこりと、リリエーラの足元に広がる影から姿を現したのは、そこに潜んでいたエリであった。
身悶えるようにぶんぶんと頭を振っている彼女の様子に、リリエーラは思わず半眼を向ける。
先ほど質問を行っていた、リリエーラの行動。それは偏に、エリから依頼されたが故のものであったのだ。
リリエーラは巻き込まれた側ではあるものの、大して気にした様子もなく、苦笑と共にエリへと告げる。
「もう少し時間は必要そうだけど……貴方から想いを告げれば、恋人同士になるのは簡単じゃない?」
「あー……それはまあ、そうなんだけどね」
「ん? あら、乗り気じゃないのかしら?」
リリエーラ自身、エリが裕也へと好意を持っていることは確信している。
彼の真意を聞けたなら、そこに障害など存在していないと考えていたのだ。
しかしながら、エリの反応は芳しくないものであった。
影の中から全身を現したエリは、オブジェの縁に腰を降ろしながら溜息と共に声を上げる。
「リシーちゃん、仮に今、ユウ君と恋人同士になったとして……エリって、ユウ君の一番になれると思う?」
「……ああ、それは、難しいかもね」
裕也が持つ、独特の感性。彼の行動原理は、基本的に親友のためという思いで構成されている。
彼にとって最も優先すべき存在が、親友である晃司なのだ。
その存在が、エリにとってある意味での障害となっていた。
「恋人になるんだったら、エリはユウ君の一番になりたい。でも、今はまだ天堂君に勝てないってわかってるの」
「だから、すぐに告白するつもりはないってこと?」
「そう。別に天堂君を活躍させるのをやめて欲しいってことじゃないけど……天堂君より、エリのことを好きになって欲しい。告白するなら、その確信が持ててから!」
恋人になる相手に、二番手以降の扱いをされるのは許せない。
そのために、エリは今、様々な研鑽を積んでいるのだから。
そんな方向性が間違ってはいなかったと確信して、エリは笑みと共に声を上げる。
「とにかくありがとね、リシーちゃん! エリ、もっと頑張るから!」
「はいはい、応援してるわ」
踵を返してパタパタと走っていくエリの背中を見送って、リリエーラは苦笑を零す。
その表情の中には、確かな友情の念が込められていた。
「……全く、世話が焼けるんだから」
尚、リリエーラは生まれてから魔法の研鑽に五十年、それ以降数十年にわたって精霊の研究に没頭してきた。
世話焼きな姉のような表情をしているものの――彼女は裕也の揶揄した言葉通り、生粋の喪女であった。




