052:ラボへの到達
天井が開いた建造物の内部へ、僕たちはハミングバードを使って降下する。
地上から一定距離を保つように設計されているハミングバードだけど、それ以上の高さになった場合はゆっくりと降下するようになっている。
おかげで、高いところからでも安全に地面へ降りることができるのだ。
そうして侵入した建物内は、これまで封鎖されていたこともあってか、比較的綺麗な状態を保っていた。
「ラボと違って、こっちはちょっと埃っぽいね」
「掃除用のゴーレムが稼働してるわけじゃなさそうだからね」
クライヴのラボはその辺を保全していたけど、どうやらこの地上部分までは対応するつもりはなかったらしい。
まあ、あまり綺麗すぎても違和感を持たれかねないし、むしろこの方が自然なのかもしれないが。
とはいえ、地面に埃が積もっている中で歩き回ると足跡が残ってしまうし、しばらくはハミングバードでの移動を続ける必要があるだろう。
降り立った場所は中庭のようになっていて、周囲はガラスで囲われいくつかの扉があることが見て取れる。
ガラスの向こう側は廊下となっており、更にその先にいくつかの部屋があるようだ。
そして驚くべきは、先程開いた天井部分。全てを開いたわけではないのだが、どうやら外から見ると普通の天井にしか見えなかったあれは、マジックミラーのように外の景色を透かせることができるものであったようだ。
そのおかげであの中庭は、ドームを閉じていても日の光を取り込むことができていたのだろう。
まあ、そのほとんどが土で埋まってしまっているわけなのだけれども。
「何か、凄く凝ったデザインだね。これまでのラボは機能性重視って感じだったのに」
「やっぱり、クライヴのセンスじゃない気がするなぁ。例の友人の案なのかもしれないね……自動人形って、クライヴの金策の一つだったから、人を招くことを前提にした建物なのかも」
「へぇ~……クライヴって、自動人形でお金を稼いでたんだ」
目を丸くしながら、エリちゃんはそう呟く。
武器や防具、そして生活用品の魔道具が多い印象なのだけど、実際のところ人気があったのは自動人形だ。
まあ、あまり兵器を開発するとどこぞの国に目を付けられかねないということもあったから、比較的安全で高度な自動人形を前面に出したというのが要因なのだけど。
「まあ、機能面で言えば明らかに他の魔道具とかゴーレムの方が優れてたんだけど……わかりやすく凄い道具だからね、自動人形は」
とはいえ、現状わかっているのは、他のラボに残されていた記録からの情報だけだ。
詳しいことについては、ここのラボを調べる必要があるだろう。
とにかく、この地上部分はさっさと抜けて、隠されている地下シャフトへと向かうとしよう。
「アイ、案内して。痕跡を残さないように気を付けながら付いて行くよ」
『承知いたしました』
天井や扉は開けっ放しにしつつ、アイの操作する鳥型ゴーレムの後を付いて行く。
変に元通りにしようとした方が痕跡が残ってしまいそうだし、最初からこうだった風を装った方がいいだろう。
明かりのついていない建物は、やはりある程度見栄えというものを意識した造りになっていて、客を招き入れることを考えているように思えた。
「通常、自動人形っていうのは決まった動きを繰り返す程度のことしかできない。汎魔法でそこまでの複雑な動きを作ることが難しいからこその話なんだけど……まあ要するに、ラボで動いている保全ゴーレムの動き程度のものってこと」
「逆に、あれぐらいなら普通に作れるんだね」
「普通にというか、それでもかなり難しい方なんだけどね。それをあっさり作れるのが機甲術の利点なのだけど……まあそれはそれとして、当然ながらクライヴの自動人形はもっとレベルの高いものだった」
機甲術は、錬金術では再現不可能な構築をいくつも行ってきた。
当然の如く、クライヴは自動人形に対してもその技術をふんだんに盛り込んできたのだ。
「最終的に、クライヴはほぼ人間と見た目の変わらない自動人形を作成していたらしいね」
「へぇ~……メイドロボみたいな?」
「またニッチなところに行ったね……いやまあ、そういう需要があったことは事実だけど。人間と同じように動き、ある程度の自己判断を行える自動人形は、富裕層を中心に結構な需要があったそうだよ」
素材にしろ技術力にしろ、そのコストは流石に一般人に手が出せるような代物ではなかった。
まあクライヴの場合、素材についてはほぼ自分で回収する仕組みを整えていたため、元手はあまりかかっていなかったのだけれども。
と――そんな話をしていたちょうどその時、アイは何もない廊下で動きを止め、こちらへと声をかけてきた。
『マスター、こちらです』
「ん? ……ああ、この辺はクライヴらしいね。ただの壁に偽装するか」
半ば呆れを交えながら、僕は壁へと右手をかざす。
それと共にマスターキーが輝き、機甲術によって施されていた仕掛けを解錠した。
壁は横にスライドするように開き、現れたのは地下へと移動する階段だ。
「え、壁に隙間とか全然見えなかったんだけど。こういうのって本棚とかそういうところに隠してると思ってたよ」
「そういう目印があると逆にバレやすい、って考えるのがクライヴだからねぇ。行ってみようか、ここから先は徒歩で大丈夫だよ」
ハミングバードをエリちゃんの影に収納して、階段を下ってゆく。
先ほどまでの装飾が施された地上部分とは異なり、こちらは機能面以外の一切を排除したような実直な造りになっている。
これこそクライヴの施設、と言わんばかりの外観だった。
「ここまで徹底してると、逆にこっちのほうが落ち着くなぁ」
「にひひ、生活してるところがこんな感じだもんねぇ」
足音が反響する階段を降り、金属の扉を押し開ける。
中に広がっているのは、先を見通せない闇だが――マスターキーを用いて術式に干渉すれば、周囲の照明は一瞬で稼働することとなった。
「機能は問題なく動いてるようだね」
「うわぁ! これもゲームとかで見たことあるかも!」
エリちゃんの歓声が、広い空間内に反響しながら響き渡る。
地上部分と同じような、円形の空間。巨大な柱によって支えられた広い空間の中央には、柵で囲われた円形の足場が静かにたたずんでいた。
エレベーター、なんて言葉はこの世界には無いだろうけど、あれこそがラボへと続くシャフトを昇降するための装置だ。
地下のラボで作成した自動人形を、地上まで運び出すための装置――ここまで大々的にする必要があったのかどうかは疑問だけど、これはこれでロマンというものだろう。
「よし、それじゃあ下まで降りてみようか」
「ラボの中は……他とあんまり変わらないのかな?」
「まあ、それはそうだろうね」
柵を開いて昇降機に乗り込み、パネルを操作する。
他に使う人間もほぼいなかっただろうに、機甲術が無くても操作できるようにしているのはクライヴらしいと言うべきか。
ともあれ、簡単に操作可能だった昇降機は、ボタンを押すとともに地下への降下を開始した。
「おぉ……ファンタジーの世界なのにやっぱりSFな感じ」
「クライヴだけ世界観違うんじゃないかっていうのはその通りだよね」
ゆっくりと、地下へと移動していく昇降機。
ここだけ見ていると、異世界に来たことを忘れてしまうような光景だった。
けど、ここから先にあるのはこの世界特有の技術が研究されていた場所。
果たして、どんな光景が待ち構えているのか――その期待と共に、僕たちは地下エリアへと到達した。
照明に照らされた空間に続いているのは広めの廊下と、その先にある扉だ。
「さあ、到着だ。どんな場所になっているか、確認しようか」
「にひひ、楽しみだね!」
上機嫌に笑うエリちゃんに首肯を返して、その廊下の先へと進む。
さて、今後のあれこれもあるけれど――まずは、このラボの機能を確認するところから始めるとしよう。




