053:自動人形製作所
「やっぱり、エントランスの内装は全然変わらないんだね」
「上の建物はともかく、こっちは人目に付かないからねぇ」
その辺り、まるで気を遣った様子のない内装の姿に、僕はエリちゃんの言葉に同意しながら苦笑した。
マスターキーを使って解錠した第三ラボ、その内部の様子は、これまでの二つとまるで変わるところのない代物だったのだ。
まあ、それに関しては予想通りであるし、全ての機能が壊れていないのであれば何も問題はないのだけど。
「全機能オールグリーン……さて、アイ。内部の確認の前に、リシーを呼んでくれる?」
『承知いたしました』
機能を解放すれば、拠点間の転移も可能になる。
アイが呼びかければ、よほど手が離せない状況でもない限り、リシーもこっちに転移してくることだろう。
その期待通り、数分と経たないうちにリシーが第三ラボに姿を現した。
「思ったより早かったわね、二人とも。ここが自動人形の製作所なのね?」
「移動自体は、それほどアクシデントもなかったからね。それより、リシーを呼んだ理由だけど――」
「安置されている魔道具の中に、顕霊化した人工精霊がいるかどうかを確かめたいんでしょ? あたしも気にしてたから、構わないわ」
「話が早くて助かるよ」
これまでの例からして、人工精霊の顕霊化は非常に特殊な事例であることはわかっている。
けれど、その可能性が一切ないというわけでもないのだ。
きちんと確認しなければ、いつ暴発してもおかしくはない。
実際、晃司の精霊剣は勝手に倉庫を壊して飛び出してくるのだから。
「それじゃあ、アイ。案内をお願い」
『承知いたしました。最も右手側は居住空間であるため、割愛します。その隣からお入りください』
今回、入り口を除けば付いている扉は四つ。
そのうち、一番右手側にあるのは他の拠点と同じ居住スペースということのようだ。
まあ、ここの部屋を使う予定は今のところ無いし、必要になったら整える程度でいいだろう。
そんなことを考えながら、僕はその隣の扉を解錠した。
部屋の中へと足を踏み入れ、照明を点灯させると共に目に入ったのは、無数に立ち並ぶ中型の魔道具たち。
『こちらは、素材を自動人形の部品へと加工する部屋となります』
「素材って……あの芋虫とか?」
嫌そうに、エリちゃんが顔を顰めながらそう問いかける。
残念ながら、その疑問は正解だろう。
『肯定します。主に魔物や鉱物の素材を使用可能な状態に加工するのがこちらの機材です』
「うへぇ……あの芋虫、人形ちゃんの筋肉になるんだっけ?」
「そういうことだね。まあ、加工してしまえばただの繊維だよ」
人間の動きを再現するために、筋肉は必要な要素だ。
エリちゃんには悪いけれど、その辺りは我慢して貰うしか無いだろう。
一方、まるで気にした様子のないリシーは、ぐるりと周囲を見渡してから小さく頷いて声を上げた。
「ここの機材には、顕霊の気配はないわね。当時はかなり使われていたとは思うのだけど」
「使用頻度は顕霊化には関係ないのかもね。それじゃあ、隣の部屋に……って、この部屋の中からも繋がってるのか」
左手側の壁を見ると、そちらにも隣の部屋に繋がる扉が備え付けられていた。
更に言うと、その隣にはベルトコンベアのようなものがあり、隣の部屋まで物品を運べるようになっている。
どうやら、この部屋で作成した素材を、直接隣の部屋まで運べるようにしていたようだ。
いちいちエントランスに出るのも面倒なので、あそこの扉から移動してしまうとしよう。
「ここで作ったものを運び込んでる辺り、隣はそれを組み立てる部屋かな?」
『肯定します。こちらは、素材を自動人形の部品に加工するための部屋となります』
扉を開けた先にあったのは、先程の部屋のものよりももっと大型の魔道具たちだ。
先ほどに比べれば数は少ないとはいえ、かなり大型で複雑なものが数多く並んでいる。
隣の部屋のものは、少し見れば仕組み自体は把握することができたけど、こちらを解析するのにはかなりの時間を要するだろう。
「でっかいねぇ。ユウ君、この機械って何なの?」
「それぞれ役割は違うようだけど……エリちゃんが触ってるのは、自動人形の腕を作る魔道具だね。腕の骨格を入れて、そこに人工の筋肉と皮膚を張り付けていくためのものだよ」
「あー、体のパーツごとに作る感じなんだ」
「そうそう、特に腕とか足は複雑な動きをする必要があるから、あまり機能を仕込んだりはできないからね。性能を標準化してたみたいだ」
自動人形は人の姿を模した魔道具だ。
当然ながら、可能な限り人の動きに近づけることが目標となる。
その点、クライヴのものはかなり人間に近いクオリティになっているけれど、それだけ遊びができる部分は少ない。
特に腕や足には、余分なものを仕込めるスペースは無かったようだ。
「逆に、胴と頭については色々と仕込んでいたみたいだから、全てを標準化してるわけじゃない。ここでは筐体だけ作っていたような感じかな」
「こっちも顕霊の気配は無いわね……しっかし、世の錬金術師が見たら発狂しそうな光景よね。腕一本だって彼らには再現できないでしょうし」
リシーの言葉には、さもありなんと肩を竦めておく。
クライヴだって、最初は手作業で作っていたことだろう。
だけど、一定のクオリティを担保できるようになったなら、後はそれを自動化する――実に彼らしいやり方であった。
「で、ここである程度組み立てたパーツを、更に隣の部屋で加工するって感じかな」
『肯定します。加工室へどうぞ』
アイの導きに従い、こちらも先ほどと同様直接繋がっていた扉を開いて、その先へと進む。
ベルトコンベアで繋がった先、そこにあるのはこれまでのラボと似た様相の、クライヴが直接作業をするための部屋であった。
中央には大型の台座があり、その周りを取り囲むようにして小型の機材がいくつも並んでいる。
どうやらクライヴは、あの台の上で自動人形の組み立てを行っていたようだ。
「体の組み立て、それから動かすための術式構築……それに、外見のデザインもか。実質、ここがメインと言っても過言じゃないね」
隣の部屋で作ったパーツを組み立てるだけでは、自動人形は動かない。質感が肉に近いマネキンのようなものだろう。
体の各パーツを動かすための術式構築、そして人工精霊を用いた内燃機関――大枠はわかるけれど、実際に作るためにはクライヴの研究資料から勉強する必要があるだろう。
人工精霊の封入器を作る時と同じで、術式構築については自ら機甲術で行わなければならないのだ。
「……ねえねえユウ君、あれって何かな? 何かクライヴっぽくない感じだけど」
「ん? ……箱?」
「とりあえず、機材に顕霊はいなさそうだけど……あの箱だけ術式の通りが悪いのよね。何なのかしら」
エリちゃんが指示したのは、部屋の隅に置かれている大きな青い箱であった。
近寄ってみれば、人とほぼ同じ大きさのそれは高級感のある様相で、機能優先のクライヴらしからぬ代物である。
おおよそ、何が入っているのかの当たりを付け、僕は箱の留め具を外して箱の蓋を開いた。
――その内部に入っていたものを目にして、後ろから覗き込んできた二人が息を飲む。
「人間っ!?」
「いえ、これは……これが、クライヴの自動人形なのね」
滑らかな質感の、赤い布とクッションによって保護された、白い髪の少女人形。
近くで見てもほぼ人間と変わらないその姿は、エリちゃんが一瞬勘違いしてしまうのも無理からぬ程にリアルな代物だった。
僕自身、実物を目にするのは初めてであるため、その造形の精緻さには驚愕を覚えてしまう程。
現在では完品など存在しない筈の自動人形が、完全な形でその姿を残していたのである。
そんな人形の上に乗せられていた紙を持ち上げ、僕は成程と頷いた。
「これは、納品書か。ってことは、受取人が来なかったのか、キャンセルされた一体って感じかな」
「これにも顕霊はいないようだけど……何故クライヴの自動人形が、完璧な形で姿を残しているのかしら?」
「有機物を素材に使っているからどうしても劣化は起こる筈だけど……この箱、どうやら時間を遅延させる術式を刻んであるみたいだね」
筋肉や皮膚に有機物を用いている自動人形は、どうしても劣化を避けることはできない。
クライヴのそれは長持ちするよう仕掛けが施されているものの、それでも千年という時を超えることはできなかった。
しかし、この箱――光属性による時間経過の延長は、その崩壊を見事に防いで見せたのである。
「ふむ……これは、晃司たちの仕事に最適かもね」
多少惜しくはある――けど、自動人形の資料は十分にあるし、魔道具としての価値は申し分ない。
この件に協力してくれたウルスラ王女にとっても、間違いなく垂涎の品だ。
一応、情報だけは確保しつつ、プレゼントとして改めて梱包することとしよう。
「流石に、惜しくないかしら?」
「いいのさ、自動人形は自分で作ればいい。僕らに必要なのは情報だけだよ」
リシーの言葉にはそう返しつつ、改めて箱の蓋を閉じる。
さて、晃司がここに来るまで、やらなければならないことは山積みだ。
順番に、タスクをこなしていくこととしよう。




