050:最速の探索者
ランドウルフの走行に生身で並走する上、一切息も切らせていないという常識外の存在である人物。
エリちゃんが反射的に攻撃態勢に移りそうになったけど、僕は肩に乗っている彼女の手に触れてそれを制した。
残念ながら、今の状況では相手側が圧倒的に有利。そもそも、人工精霊の力を使った認識阻害すら突破してくるような存在を相手に、準備もなく戦える筈もない。
そう判断した僕は、すぐさまランドウルフを減速、停止させることにした。
「おっと……ごめんねぇ、呼び止めちゃって」
その女性もまた、減速するランドウルフに合わせて速度を落とし、ぴったりと横に付いたままゆっくりと停止していく。
頭の上についているのは巻き角と、動物の耳。どうやら、羊の獣人であるらしい。
エルフ以外で、この世界特有の種族の人と話したのはこれが初めてだけど、その存在については情報収集の中で熟知していた。
けれど――たとえ感覚に優れる獣人であったとしても、人工精霊による認識阻害を突破するような能力はない。
結局、この女性が規格外の存在であるという結論以外、出すことはできなかった。
「……ユウ君」
「大丈夫だよ、エリちゃん。というか、手は出さない方がいい」
本気で警戒して魔力を昂らせているエリちゃんだけど、目の前の女性は意に介した様子もない。
僕らが攻撃を仕掛けたとしても、一瞬で制圧できる自信があるのだろう。
それでも身を守る手段だけは模索しながら、僕は彼女へと向けて問いかける。
「貴方は、何者ですか?」
「うーん、それはこっちの台詞なんだけど……まあいっか。私はラヴィニア・アルトワーズ、ウォラーン連邦の探索者だよ」
その名前、そして規格外の実力。
彼女の正体が何者であるか。その答えは、有する情報からすぐに判断することができた。
「五色……【白光】のラヴィニア」
「あ、知ってるんだ。いやぁ、有名になっちゃったもんだなぁ」
どこか照れた様子で頭を掻いている、探索者の女性――その頂点の一角たる五色の一人、ラヴィニアさん。
神の腕を持つという鍛冶師の護衛であり、その妻でもあるという人物だ。
つまりは、この世界でもトップクラスの実力者。逆立ちしたところで、僕らには手出しできる筈もない存在だ。
その緊張に身を固くしながらも、僕は頭を回転させながら声を上げる。
「僕はユウ、そして彼女はエリーディアです。魔道具作りの素材集めのため、北へと向かっていました」
「うーん……まあ、警戒されるのも無理はないんだけど……まあいっか、詮索しすぎるのも悪いしね」
先ほどの話を聞いていたからか、僕らが名乗っているのが実際の名前でないという点には感づいているらしい。
まあ、エリちゃんのはある意味本名なのだけど――ともあれ、その辺りは探索者らしい感性だろう。
素性をあまり追及されないのは、こちらとしても助かるところだ。
「私が聞きたいのは、この辺りで魔族を見かけなかったか、ってことなんだけど」
「……魔族を?」
困惑して、思わず問い返してしまう。
魔族――その存在を、知らないわけではない。クライヴの手記にも登場した種族だ。
けれど、それがこの近辺に出没しているという点は不可解だった。
何故なら――
「魔族って、もっと東の方でしか活動していないんじゃなかったですか?」
――そのエリちゃんの言葉通り、魔族はこの大陸東部にしか存在しない筈だからだ。
彼らは侵略者であり、クライヴが生きた千年前から存在する、謎の種族。
種族と言っているものの、統一した生態をしているわけではなく、姿形も様々。
言語にて交流できる者もいれば、ただの獣のような存在もいる――そして一様に、人間種族に対して敵対的。
その最後の一点があるが故に、千年もの間争いを続けている存在なのだ。
(なぜ千年もの間決着がつかないのかは疑問だけど――この世界の歪な技術発展は、魔族の存在が原因だろう)
クライヴの生み出したような優れた技術が出現しても、それが文化的に普及することが無い。
千年もの間、遅々とした歩みでしか進まない奇妙な技術発展。
その奇妙な現象の背景には、魔族による攻撃があると踏んでいるのだけど――まあ、今はそれはいい。
問題は、その魔族がこの近辺に出没しているという情報だ。
エリちゃんの疑問に対し、ラヴィニアさんは困った表情で頷いた。
「基本的にはそうだね。東の戦線で戦ってばかりの連中だよ。だけどたまに、そこを抜けて西部で活動する奴らもいるんだ……これがまぁ、厄介なことを企む連中でね」
「抜けてくるのは、知能が高いタイプの魔族ばかりってことですか」
「そうそう。だから放置するわけにもいかないんだ。何しろ、国家の転覆とか狙ってきたりするし」
それは――国に所属する探索者にとっては、無視できない存在だろう。
特に、そのトップに君臨する五色の一人としては。
とりあえず事情は理解したが、生憎とそれに関する情報を提供することはできないだろう。
「すみませんが、僕らもこちらに移動してきたばかりなので、心当たりはないです」
「うーん、そっか。まあ、あのスピードで移動してたからね……仕方ないか」
元より、彼女もそこまで情報を期待していたわけではないのだろう。
思いのほか、あっさりと引き下がってくれた。
これほどの実力者と衝突せずに済んだことを安堵しつつ、小さく溜息を吐き出す。
「狙いが何なのかわからないのが、何ともね……うちの旦那じゃなければいいんだけど。まあとにかく、そういう報告があるから、気を付けてね」
「はい、ありがとうございます。そちらも、お仕事頑張ってください」
「早く終わらせて帰りたいからねぇ。それじゃ、お話ありがとうね!」
にこやかな笑顔でそう告げて――ラヴィニアさんの姿は、刹那のうちに消え去った。
一瞬遅れてやって来た衝撃波が、風となって僕らの髪をなびかせる。直立した状態から、彼女は一瞬のうちに移動してしまったのだ。
正しく怪物、最上級の実力者。世界最速とまで称されるという、【白光】の真骨頂であった。
「エリちゃん、見えた?」
「いや全然、全く……っていうか、いつ術式を組んだのかもわからなかったよ」
「僕らも、一般的に見ればそれなりにやる方だとは思うんだけど……まだまだ、世界は広いね」
別段、僕らがこの世界で最強などと思っていたわけではない。
ただ――強さの頂が、思っていた以上に遠かったというだけの話だ。
ほんの僅かな落胆と、同時に湧き上がってくる高揚。
まだまだ先は長い。けれど、絶対に届かない高みではないと、そう信じていた。
「別に、僕が最強である必要は無い――僕が作り上げたものが、最強であればいいんだから」
さあ、そのためにも研究を続けることとしよう。
目指す先は自動人形の製造施設。
それを解放して、計画を先へと進めなければ。
更に、それに加えて――
「ユウ君、魔族のことはどうするの?」
「当然、調べ上げるよ。場合によっては、晃司たちと接触する可能性もあるだろうから――」
というより、晃司の体質を考えると、この流れなら接触する可能性は非常に高い。
果たして、その魔族が今の晃司の手に負える存在であるのかどうか。
まずは、それを見極める必要があるだろう。
「どんな目的で、大陸西部にまで出張って来たのか……まずは、それを確かめてみようか」
さて、ただのお使いかと思ったけど、想像以上に状況が入り組んできた。
さっさとラボを解放して、状況を整理することとしよう。




