049:小さな昔話
「ひゅー! 気持ちいいね! にひひっ!」
「あはは、やっぱり馬車より快適だよね」
ランドウルフで北へと向かう道中、エリちゃんは後部シートで立ち上がりながら僕の肩に掴まり、上機嫌に笑っている。
道はそれほど整備されているわけではなく、デコボコとしているため走りづらいことは事実だったが、振動吸収の術式を刻んでいるおかげで僕らは快適だ。
先日、エルネンシアへと向かう際に使った馬車での移動と比較すれば、遥かに楽な移動だった。
「それにしても、バイクってもっと煩いかと思ってたんだけど、そうでもないよね? 声を張り上げなくても全然喋れるし」
「ああ、普通のバイクはガソリンを使ったエンジンだからね。これは魔力による駆動だから、音も静かだし環境にも優しいよ」
「おー、夢の乗り物だね!」
まあ、この世界ではまだ燃料機関は使用されていないだろうから、環境配慮も何もないのだけど。
ともあれ、このランドウルフの移動は殆ど電気自動車と同じ程度の音しか発していなかった。
それに加えて周囲には消音の効果を発しているし、闇属性による認識阻害も発動している。
直接衝突するようなことが無い限り、周囲に気付かれることは無いだろう。
「楽しいね、エリも運転してみたいかも!」
「後で運転してみる? それとも、エリちゃん用の専用機を作ってもいいかもね」
「えー、いいの!? それは欲しいかも!」
「勿論だよ。それなら、エリちゃん専用のカスタムにした方がいいだろうけどね」
エリちゃんは魔力貯蔵量も回復量も多いから、多少は消費を多めにしても問題ない。
出力を上げるのに加えて、いくつか術式を加えることも可能だろう。
闇影術とのシナジーを考えれば、色々と面白いこともできる筈だ。
「まあでも、すぐに使うってわけじゃないから、追々でいいよ? 次のラボを解放したら、やること色々あるんでしょ?」
「確かに、それはそうだね。晃司たちの探索のお膳立てもしないといけないし」
今回、ウルスラ王女越しに晃司たちを誘ったのは、いくつかのタスクを同時に消化するためだった。
一つは、第三ラボの解放。それにより、自動人形製造ラインを手に入れること。
そしてもう一つが、精霊剣を正式に晃司の物にするための仕事斡旋だった。
精霊剣の処遇については以前から揉めていたのだけど、中途半端なままだと晃司も使い辛い。
だからこそ、正式に晃司が扱えるようにするために、一芝居打ったというわけである。
「未発見の遺跡なんてねぇ……まあ、嘘は吐いてないけど」
「遺跡があることは事実だよ、エルネンシアと同じくラボの外縁部にね。そこに、適当に道具を置いておくだけさ」
ウォラーン連邦のラボは山の中にある。それは、自動人形の素材となる鉱石や木材、魔物素材を収集するためだ。
その上で外部に発見されづらいようにした結果、完全に山の中に埋まっている状態なのだ。あれではウォラーン連邦が見つけられないのも無理はない。
それでも、ある程度はラボの外部で活動していた痕跡は残っており、晃司たちには今回そこを探索して貰うことになる。
後は、僕が適当にクライヴの魔道具を置いておけばそれで問題はない。
「でもいいの? クライヴの魔道具を簡単にあげちゃって?」
「まあ、生活雑貨の類はともかく、武器防具類は全然使ってないからね」
もうちょっと実用性の高い道具を準備してあげれば、ファレンジア王国も満足することだろう。
流石に、あの精霊剣ほどの性能の道具は少ないため、あまり安易に放出することはできないのだけど――まあ、一つぐらいなら何とかなる。
「とりあえず、江崎君にバレない程度に仕込みをして……それで、僕たちの問題は二つ解決というわけさ」
「ふーん……ねえユウ君、折角だから聞いてもいいかな?」
「ん、何だい?」
「ユウ君と天堂君、どうしてそんな不思議な関係になったのかな、って」
少しだけ低いトーンのエリちゃんの言葉に、思わず眼を瞬かせる。どうしてこのタイミングでの質問なのだろうか、と。
エリちゃんには、僕が晃司のために奔走していることが不思議だったのだろうか。
僕らの関係については以前に軽く説明はしていたけれど、確かに詳しい経緯までは話したことが無かった。
運転の移動だけでは暇でもあるし、別に隠すような話でもない。少しばかり、昔話をするのもいいだろう。
「そうだね……以前も言った通り、僕と晃司、それから鏡花ちゃんは幼馴染だ。小学生に上がる前のタイミングぐらいからね」
「その頃から、今みたいな感じだったの?」
「晃司と鏡花ちゃんの関係は似たようなものだったけど……僕は正直、晃司とはあまり仲が良くなかったんだ」
「えっ!?」
驚いた様子で、エリちゃんが声を上げる。
その視線が僕のつむじに落ちてくるのを感じながら、苦笑と共に言葉を続けた。
「その頃から、晃司は天才だった。何をしたって卒なくこなすし、どれほど難しいことでも本気で取り組めば必ず成し遂げる。それと比較されることが、どうしても苦痛でね」
「それは……まあ、無理もないかなって思うけど」
「僕がどれだけ本気で取り組んでも、晃司に勝つことはできなかった。どんな分野でも、どれほど頑張ったとしても――痛いほどに、敗北を思い知らされたよ。だから正直に言えば、あの頃は晃司のことは嫌いだったんだ……まああの性格だから、本気で嫌うことも難しかったんだけどね」
その言葉が意外だったのだろう、エリちゃんはしばし黙考していた。
僕の肩を掴むその手には、僅かに力が込められている。
それは果たしてどのような感情なのか――わからないけれど、エリちゃんがそれを言葉にすることは無かった。
もしも、抱いていたのが憐憫であったとするなら、沈黙を選んでくれたことには感謝するしかないだろう。
「……じゃあ、どうして今みたいな関係になったの?」
「中学に上がった頃だったかな。ついに我慢の限界に達した僕は、本気で晃司のことを打ちのめそうとした。ありとあらゆる手を使って、アイツのことを貶めようとしたのさ……我ながら、馬鹿だったけどね」
流石に、苦い笑いを零してしまう。
あの頃は若かった、なんて言える年ではないけれど――それでも、当時のことを思い返すと羞恥を感じざるを得ない。
僕は本気で、晃司のことを傷つけようとした。傷つけばいいと思っていた。
自己正当化して、そんな自分に嫌悪を覚えながら、それでも僕は晃司を上回ろうとしたのだ。
「でも――あいつは、その全てを見事に打ち破った。僕の準備した全てを打ち払って、正面から僕を追い詰めてみせたんだ」
「……ユウ君のサポートとか無しでもそれだったんだ」
「あはは、でも驚くのはそこじゃなくてね。ボロボロになって、それでもまるで揺らぐこともなく僕の前に立って、晃司はこう言ったんだ――『びっくりした! お前は凄いよ、裕也!』ってね」
「……はい? 何で?」
素っ頓狂な声音で、エリちゃんが疑問符を浮かべる。
無理もない、何しろ当時の僕も同じだった。
晃司が何を言っているのか、さっぱり理解できなかったのだ。
「『俺にはこんなことはできない、思いつきもしなかった! お前は本当に凄い!』――それをね、皮肉でも何でもなく心からの本音で、晴れやかな笑顔のまま正面からそう言われたんだ」
「え? え? ……何でそうなるの?」
「エリちゃんはあんまり喋ったことが無いかもしれないけど、晃司はとにかく相手のことを褒めるんだ。意見が食い違う相手であっても、正面から目を見て、真っすぐと。本気で傷つけようとした僕にさえ、それは変わらなかった」
晃司は僕のやったことを何とも思っていなかったわけじゃない。
確かに傷ついていたし、怒ってもいた。けれど――その上で、僕とぶつかり合ったことを喜んでもいたのだ。
本当に晃司は変な奴だと、笑ってしまう程に。
「流石に、これ以上ない敗北だった。器が違うと、そう思い知らされてしまったよ。そして、その上で……ほんの一部ではあるけど、僕は晃司にもできないことをやってみせたのだと、そう満足もしてしまった」
「それで……天堂君をヒーローにしたいって、思ったの?」
「僕には僕の才能があった。晃司にもできない、裏方としての才能が。僕が唯一、晃司を上回れるその才能を、全力で発揮したいと思ったのさ――それを認めてくれた、晃司のためにね」
これが僕たちの関係。僕が裏方に――黒幕になりたいと思った理由。
傍から見れば奇妙極まりないだろうその関係性に、エリちゃんはしばし沈黙した後、少しだけ不満そうな声音で声を上げる。
「むぅ……何か、ずるい」
「え、ずるいって――」
「ユウ君にとって、天堂君が特別ってことだし……そんな大きな影響を受けてたってことも、ずるいなって」
まあ、僕にとって晃司が特別であることは否定できないのだけど――それをずるいと言われても僕にはどうしようもない。
何というか、エリちゃんはどうもその辺、晃司のことをライバル視している様子だった。
そう思って貰えることは嬉しいのだけど、正直反応に困る。
「ふーんだ、いいもんね。エリは天堂君がいない間に、ユウ君と一緒に色々と経験しちゃうから」
「ま、まあ、それはそうなるだろうけど……」
「にひっ、覚悟しててよね?」
少しだけ前に寄りかかり、僕に体重を預けるようにしながら、エリちゃんはそう口にする。
彼女がどんな表情をしているのかわからないが――その視線が僕に向かっていることだけは、ひしひしと感じていた。
果たして、何をするつもりなのか。それを口に出そうとして――
「いやぁ……若い子たちの思い出話、いいよねぇ」
「――は?」
聞こえる筈のない第三者の声に、僕たちは咄嗟にそちらへと視線を向けた。
そこにいたのは、冗談のような速さでバイクと並走して駆ける、一人の女性。
ふわふわとしたミルクティー色の髪を風になびかせながら、厳つい手甲と足甲を装備したその女性は、にこやかな笑みと共に――瞳には鋭い色を宿しながら声を上げる。
「凄い魔道具に乗ったお二人さん? ちょっとお話聞きたいのだけど、いいかな?」
人工精霊による認識阻害を突破し、その上でランドウルフと並走可能なその力。
明確に格上と思われる存在に、僕たちは思わず息を飲んだのだった。




