048:第三のラボへ
「それじゃあ行ってくるけど……本当に大丈夫だよね?」
「そのくだり、昨日から何回繰り返すのよ。大丈夫に決まってるでしょう?」
栗原先生の精霊が顕霊化するという事件を経て、状況を見届けたその次の日。
僕とエリちゃんは、当初の予定通り第三のラボへと向けて出発することとした。
第三のラボは、自動人形の研究室であり、その製造ラインや技術が収められている。
今後の計画のためにも必要となる技術なのだけど――生憎と、精霊が研究分野であるリシーには、今のところはあまり関係のない話だった。
だからこそ、彼女は今回、留守番となったわけだ。
「でも、あんなことがあったばっかりだから……リシーちゃん大丈夫? ちゃんとご飯食べてね? お風呂も入ってね?」
「エリー、貴方ぐらいの年の子に、そんな母親みたいな心配をされるのは心外なのだけど」
「だってリシーちゃん、研究に熱中すると二、三日は部屋に篭って出てこなくなるし」
「うぐ……」
まだ成人もしていない僕らの手前、大人ぶった態度を取っているリシーだが、その中身はとんでもない研究狂いだ。
興味がある事象が目の前にあれば、文字通り寝食すら忘れて研究に没頭してしまう。
正直、生活力のなさという点に於いては、僕らの中で最も悪い人物だった。
エルフ特有の時間感覚なのかとも思ったけど――いや、これは単純にリシーがズボラなだけだろう。
「栗原先生の件で色々と検証したいことは多いだろうけど、最低限きちんと生活はしてね。アイも、リシーの様子には目を配っておいて」
『承知いたしました。食事、睡眠の時間にはリリエーラ様へ警告を発信します』
とりあえず、生活習慣についてはアイに任せておけば大丈夫だろう。
いや、物理的な干渉まではしてくれないから、もしかしたら無視して研究に没頭するかもしれないけど。
戻ってきたときに、彼女が干からびていないことを願うばかりだ。
「で、その栗原先生の――というか顕霊の件だけど」
「ええ、ある程度考えはまとまったわ。聞く?」
「……いや、今は止めとくよ。出発が二時間は遅れそうだから」
顕霊の発生、その瞬間を記録できたことで、リシーは早速数多の検証を行っていた。
流石に、一朝一夕でその要因の特定までは至らないだろう。
けれど、そこまで有用なサンプルを得ることができた今、彼女は正解へと一足飛びに近づいて来ている筈だ。
「リシーのことだから、しばらくすれば理論も形になるだろうし、実験に必要になる機材についてはまとめておいてくれる?」
「ええ、わかったわ。貴方が現地に到着するまでには作成しておくわね」
リシーには栗原先生の件に関するデータに加え、人工精霊生成室の術式と、プロトタイプの術式を書き出した資料を渡してある。
これらの情報を踏まえて、彼女は顕霊が発生するプロセスについていくつかの仮説を割り出してくれるはずだ。
後は、その仮説を検証するための実験装置を、僕が作ることになる。
どれだけ難しい理論であったとしても、検証ができるなら机上の空論にはなり得ない。
それこそが、僕らの有する大きな強みであった。
「あ、ただ……ユウ、一つだけ聞いていいかしら?」
「何か気になることでも?」
「例の、解析の水晶板。あれって、クライヴ・ハルツマンが作ったものなのよね。ということは、機甲術って他人の固有魔法でも魔道具として刻み込むことができるの?」
「ああ……それは肯定と否定、どちらもある話だね」
確かに、あの水晶板はクライヴの作品であり、解析術という固有魔法を魔道具として落とし込んだものだ。
ただ、どんな固有魔法でも術式として刻めるのかと問われれば、それは否と答えるしか無いだろう。
「クライヴ曰く、汎魔法の術式を直線で描いた絵画だとするなら、固有魔法の術式は大きな彫刻のようなものだ、って話だよ」
「……かなり、情報量が異なるってこと?」
「そう。だから、固有魔法でもかなり単純な、効果を絞った術式ぐらいしか刻めないと思っておいた方がいいよ。それでも、かなり難しいから」
「成程……わかったわ、考慮しておく。それじゃ、吉報を期待しててね」
ひらひらと手を振って自室へと戻っていくリシーの姿に、僕とエリちゃんは揃って苦笑を零す。
あれは、僕たちの忠告など、一時間後には忘れていることだろう。
まあ、彼女の世話はアイに任せておくことにしつつ――僕らは早速、地上へと転移することとした。
エントランスにあるオブジェ、それを用いて転送機能を発動し、僕とエリちゃんは久しぶりに直接太陽の下へと繰り出していく。
場所はカーマインの郊外、林の人目に付かない場所から平原へと繰り出して、僕らは大きく背伸びをした。
「んー……やっぱ、たまにはちゃんと外に出ないとね」
「エリちゃんは時々外に出てなかったっけ?」
「にひひっ、健康には重要でしょ?」
どうやら彼女、どうしても暇を持て余している時に、地上に出て探索者として登録してきたらしい。
まあ、人工精霊を扱えるようになったおかげで、認識阻害の魔道具には事欠かない。
万が一にもクラスメートにバレるようなことは無いだろう。
「さてと……それじゃあエリちゃん、お願い」
「はーい、これだよね?」
その言葉と共に、エリちゃんの足元から影が広がる。
そして、そこから這い出るように姿を現したのは――大型の、黒いボディが光を反射するバイクであった。
人工精霊を扱えるようになり、作成が可能となった高度な魔道具。
それを駆使して作成した作品の一つが、これであった。
名前は『SSV-001:ランドウルフ』。作ったはいいものの、実験室でもあまり乗り回すことはできなかったため、日の目を浴びていなかった一台だ。
「おー……ユウ君、バイク運転できるの?」
「向こうのバイクはともかく、これはとにかく操作を単純化してるからね。術式で安全も確保してるし、ほとんどゲーム感覚で運転できるよ」
まあ、こっちには道路交通法も何もないから、気にするようなことがほとんどないという点もあるのだけど。
正直、漕ぐ必要のない自転車ぐらいな操作感覚なのである。
本物のバイク好きには怒られるかもしれないけど、今はただ便利な乗り物を使いたい。
「他の人に発見されないように、消音と認識阻害も完備。あと、悪路でも走行できるように衝撃吸収も備えてるよ」
「この間の馬車、酷かったもんねぇ」
しみじみと思い出すように、エリちゃんはそう口にする。
というか、乗り物系の魔道具を作った理由の大半がそれだ。
比較的近くにあるエルネンシアに行くのすらあれだけ疲れたのだから、更に離れたウォラーン連邦まで馬車で移動したくはない。
それに、晃司たちと同じ速度で移動していたら、皆が到着するまでに準備が間に合わないかもしれないし。
「とにかく、これなら素早く、しかも快適に移動できる。車でも良かったけど……あれは流石に街道近くを走るには幅を取るからね」
「っていうか、車も作ってたんだねぇ。泊まるならキャンピングカーみたいなのも面白そうだけど」
「ふむ……まあ、それはまた今度作ってみようか。とにかく、出発するよ」
言いつつ、僕はランドウルフへと跨って術式を起動する。
ハンドルから魔力を流し込めば機能は十全に発動し、そしてしばらくの間は起動し続けることができるのだ。
これが、人工精霊を用いた魔道具の燃費の良さだ。
少量の魔力であっても十分な動力を確保できるため、長時間運転を続けたとしても魔力的に疲労することは無い。
「はい、エリちゃん」
「あれ、ヘルメットじゃないんだ?」
「落下防止は術式で組み込んであるからね。ゴーグルだけあれば十分だよ」
とは言っても、このゴーグルにも頭部保護の術式は組み込んであるのだけれども。
ともあれ、これで準備は完了。早速、出発することとしよう。
「それじゃあ、目指すは北のウォラーン連邦だ」
「にひひっ! それじゃ、しゅっぱーつ!」
僕の背中にギュッとしがみつくエリちゃんの感触に、少し緊張しながら――ハンドルを握りこみ、ランドウルフを発進させたのだった。




