047:研究会の様子『栗原穂美香』
「成程、つまり……固有魔法で宿っていた精霊が、突如として自我を持ち始めたということですな?」
「はい……」
昨晩、何かの事件があったということは、研究会が始まってから俺たちへと伝えられた。
その事件の中心というか、騒動の発端となったのが栗原先生で――ロワン老の言うように、先生に宿っていた精霊が自我をもって、先生の体を操ったということなのだそうだ。
俺も、裕也から話は聞いているため、自我を持つ精霊の存在は知っている。
だが、それは非常に珍しい存在だった筈なのだけど、まさかこんな流れで対面することになるとは夢にも思わなかった。
「自我を持つ精霊……これは、顕霊と呼ばれる存在です。以前にもお話ししましたが、精霊とは本来自我を持たぬ存在――マナによって生じる自然現象です。それが何らかの作用によって自我を獲得した存在が、顕霊と呼ばれております」
「それって、どれぐらい珍しいんですか?」
「儂は長年魔法の研究をしておりますがの……顕霊と対面したことは、ただの一度としてありませぬ。それどころか、顕霊を奉じる精霊教会の信徒たちすら、顕霊に対面した者はごく僅かでしょうな」
どうやら、俺が思っていた以上に珍しい存在であるようだ。
裕也から聞いた話だけだとあまり実感は湧かなかったけど、ロワン老にこう言われると、重みと共にその希少さを感じてしまう。
「いやはや……これだけの数の固有魔法使いと対面するだけでも驚きの連続でしたが、まさかこの年になって顕霊と対面することができるとは思いませんでした」
「何か、申し訳ありません……」
「ははは、儂も年甲斐もなく興奮してしまいましてな。ともかく、それほど珍しい存在であるということは認識しておいてくだされ」
ロワン老は、栗原先生に向けて朗らかに笑いながらそう告げる。
しかし、次の瞬間にはその表情を引き締め、硬い口調で再び声を上げた。
「同時に、精霊教会にとっても大きな意味を持つ存在であることも、ご注意いただきたい。彼らが顕霊に対して何かを強制することは無いでしょうが、やはり勧誘の声はかかるでしょうからの」
「そう、ですか。でも、わたしは一応、このクラスの先生ですから。クラスの皆さんのことを、第一にしたいと思います」
「穂美香ちゃん先生、ありがとー!」
声援を送る西村さんの声に、苦笑を交えながら手を振って――栗原先生は、改めてロワン老に向き直る。
状況、立場についてはとりあえず共有することができた。
ここからは、栗原先生の能力に関する確認だ。
「それで、改めてお聞きしたいのですが……顕霊を制御することができているのですか?」
「一応、言うことは聞いてくれるみたいです。固有魔法の関係上、体の主導権は基本的にわたしにあるみたいなので」
「それも驚くべきことではありますが……いや、本来顕霊には人間の体を乗っ取る力など無く、貴方の固有魔法を介して実現していたということかもしれませんな。固有魔法の術式制御自体は、貴方に優先権があっても不思議ではない」
ぶつぶつと理論をこねくり回しているロワン老であるが、一応納得はできたらしい。
彼はうんうんと頷いて、再び栗原先生へと問いを投げた。
「精霊が顕霊に進化したことで、変わったことはありますかな?」
「魔法の威力の調整が、しやすくなったと思います。前はこう、ちょっと魔力を注いだだけでとんでもない勢いで出てしまったんですが、今はこの子が調整してくれるようになったので」
「ほう……煌霊術による精霊への働きかけが、より細かく意思を汲んでくれるようになったというわけですな」
栗原先生の固有魔法についてだが、純粋な破壊力という意味では俺たちの中でも頂点に君臨していた。
まあ、精霊剣を使えるようになった俺も同じ状況ではあるのだが、精霊の魔法というものはそれだけ強力なのである。
ただ栗原先生の場合、直接精霊に魔力を渡して魔法という形にしていたため、あまりにも威力が大きすぎたのである。
威力の調整もほとんどできないため、先生は訓練に参加することもできなかった。
だけど、それが可能になったのであれば、栗原先生の戦力は大きく増したと言えるだろう。
「これは最早、ただ一人で戦況を変えられるほどの戦力ですな……いやはや、固有魔法というものは何処までも底が知れんものです……ああ、申し訳ない。今はそのような場ではありませんでしたな」
「え、ええ……」
戦いの場に於ける力――それは気にしなければならないことであり、同時に避けている話題でもあった。
栗原先生は、正直戦いに向いている性格だとは思えない。
場合によっては、俺たちがフォローすることも必要だろう。
先生には、いつも世話になっているのだ。それぐらい、恩返しをしたって悪くはない筈なのだから。
「さて、それでは……顕霊と替わることは、できますかな? 貴重な機会ですので、少し話をさせていただきたいのですが」
「可能ですけど、自我が芽生えてすぐという感じで、あまり話が通じるかどうかは……」
「それを含めて、そうそう体験できないことですからな」
精霊との会話、という意味では俺も――というか、この場の全員が興味を持っていることだろう。
精霊という存在については聞いていたものの、話をする機会がやってくるとはまるで考えていなかったのだから。
クラスの皆からの期待を向けられ、栗原先生は少しだけ怯みつつも、苦笑を零してから頷いてくれた。
「それじゃあ、ちょっと待ってくださいね……うん、そう。変なことを言ったらすぐに戻すからね。いや、それは……とにかく、ダメそうだったら止めるから、いい?」
胸に手を当てた栗原先生は、独り言のようにぶつぶつと呟き始める。
傍目に見ていると変な光景だけど、己の中にいる顕霊と話をしているのだろう。
俺の腰にある精霊剣にも宿っているという話は裕也から聞いたものの、こいつはこちらからの呼びかけには答えてくれない。
顕霊との会話がどんなものであるのかは、それなりに興味があった。
「よし、行きます――」
栗原先生がそう口にした直後、彼女の体を淡いピンク色の光が包み込んだ。
全身から溢れだした光は背中に収束し、そこに一対の大きな翼を作り出す。
そうして目を開いた栗原先生の瞳には、同じ色の光が輪を描いて輝いていた。
「ん……穂美香を呼んだ?」
「おお……顕霊様、儂はロワンと申します。貴方のお名前はありますでしょうか」
「……? 穂美香は、穂美香――あ、ごめんなさい、ちょっと口を挟みます。どうもこの子、わたしの影響を受けて生まれたせいなのか、自認がわたしなんです」
普段の栗原先生には見られないような、ぼんやりとした表情と口調。
そこから発せられた言葉はよくわからないものだったが、途中で口を挟んだ栗原先生の言葉で何となくのイメージは掴めた。
この顕霊は、栗原先生の考えていたことを感じ取りながら、自我を獲得したのだろう。
ただ、元々自我のなかった精霊には、自分と他人の境界というものが認識できなかったということか。
「ふむ……別の人格である、という認識はあるのですね?」
「それは、はい。普通に会話もできますから」
何とも、不思議な関係性だった。まあ、それは顕霊の自我が未熟だからということもあるのかもしれないが。
とはいえ、この顕霊のことをどのように呼べばいいのかについては、ちょっと不便であることは間違いなかった。
「それじゃあ……やっぱ、呼び名を考える必要あるよね! いずみん!」
「そ、そこで私に振るんですか……!?」
「ティアちゃんの名付けも見事だったからね!」
「その件は納得してないからな西村ぁ……!」
すっかり魔法少女扱いになってしまった和久井の声はともかく、その辺りの知識が豊富な加藤さんに頼るのは間違いではないだろう。
きょとんとした表情のまま首を傾げている栗原先生――いや顕霊は、状況をよくわかっていないようだ。
そんな彼女たちへと向け、加藤さんはおずおずと声をかけた。
「えっと……栗原先生、彼女のイメージって、やっぱり天使でしょうか?」
「そう、ですね。光の精霊と聞いて、そのイメージは抱いていたと思います――翼と、光の環。穂美香は、その想いを受け取った」
一つの口で交互に話されるとちょっとわかりづらいのだが、とりあえず加藤さんの問いについては肯定であるらしい。
その答えを聞き、加藤さんはしばし黙考する。
そして――
「なら……栗原先生の名前からのニックネームっぽくて、天使の要素を含めて。ミカ、っていうのはどうでしょうか」
「おー、ミカエルってこと? 大天使穂美香ちゃん先生じゃん!」
導き出されたその案に、俺は思わず目を見開いた。
手を叩いて喜ぶ西村さん発言はともかくとして、呼び名としては確かに妥当かもしれない。
わかりやすく、呼びやすい。そんな名づけに、当の顕霊はじっと、光の輪が浮かぶ瞳を加藤さんへと向ける。
「……ん。穂美香を、穂美香と呼ぶ。問題ない――ということのようです。これからは、そう呼び分けて貰えればと」
「成程。それでは、以降はミカ様とお呼びすることとして、またいくつか質問をさせていただければと思います」
――どうやら、彼女も気に入ってくれたようだ。
思ったより話が通じることを察してか、ロワン老は楽しそうにミカへと質問を投げかけてゆく。
その様子を眺めながら、俺はふと、裕也のことを思い出していた。
(あいつ、顕霊のことを気にしてたけど……この様子も、確認してるのかな)
恐らくはそうなんだろうと、そんな確信を抱きながら――俺は、腰の剣に手を触れる。
この剣のことも、いずれわかれば……そして、ミカのように話すことができれば。
そんな思いを抱きながら、栗原先生たちの会話に耳を傾けていたのだった。




