044:王女の依頼
「流石に、それは承服しかねるというものですよ、殿下」
「彼以外に扱えないものだというのに、それは無駄にもほどがあるでしょう」
ティエーリア王女、ガーランド宰相、二人の言い争いの間に挟まれるような形で、俺は思わず視線をちらちらと動かしてしまう。
普段は箱崎先生が呼び出されている、上役の会議とも言えるような場所。
今日はそこに、当事者だからという理由で、俺こと天堂晃司は呼び出されてしまっていた。
議題となっているのは、俺が腰に下げている剣のこと。
裕也曰く、クライヴの作った失敗作の精霊剣だが――これの処遇を巡って、二人の意見は平行線を辿っていたのだ。
「いかに彼以外に使えぬ代物であったとしても、それは貴重な古代の遺産。そして、ファレンジア王国の資産であるのです。ただで渡すというわけにはいきますまい」
「封じていたところで勝手に飛び出してくる代物ですよ? 最早、王国の手に負えるものではないのです」
「しかし、その所有権が王国にあることに変わりはありません。譲るという形は不可能であると申し上げているのです」
ティエーリア王女は、この精霊剣を俺に譲渡したいと言っているらしい。
実際、この剣は今や俺以外には握ることすらできない状態だ。
他の誰かが手に取ろうとすると、勝手に光の魔法を放って手を弾いてしまうのだから。
この場に持ち込むことができたのも、勝手に飛んでくるため部屋に置いておくことすらできないからである。
しかし、ガーランド宰相――つまり王国側は、それは許可できないと言っている。
まあ、どちらの主張もわからなくはないし、俺としても貸し出してもらう形で構わないのだが――流石に、借り物だと思い切り使えず、戦いの場で足を引っ張る可能性もある。
可能であれば譲り受けたい、という思いがあることも事実だった。
(とはいえなぁ……)
ガーランド宰相は、本当にやり手だ。
裕也が年を取ったらこんな感じになるのだろうかと、そう感じてしまう程である。
流石に、王女様もこの爺さんでは相手が悪い。どうしたものだろうかと、俺も困り果ててしまっていた。
この状況では、当事者とはいえ口を挟めるものでもないしな。
と――そんなことを考えていた、ちょうどその時だった。
会議の場であるこの部屋の扉が叩かれ、しかも許可を得る間もなく開かれたのは。
「入りますよ……宰相、姉様」
「ウルスラ殿下? これはまた、珍しいですな」
「……久しぶりですが、不作法ですよ、ウルスラ」
深い紺色の髪と、金色の瞳。
見覚えのない人物ではあるが、宰相と王女様の発言でその正体は察することができた。
即ち、彼女はこのファレンジア王国の第二王女。
母親が同じなのかどうかは知らないが、ティエーリア王女の妹に当たる人物だろう。
今まで顔どころか姿すら見かけたことのなかった人物なのだが、それがどうしていきなり顔を出してきたのだろうか。
「……お、お二人の話している件について、一つ提案があります」
「ほう、突然ですな」
「ウルスラ? 状況は理解しているのですよね?」
「も、勿論です、姉様……その精霊剣の所有権に関する議論、でしょう」
裕也からは、第二王女は魔法の研究のために引き籠っていると聞いていた。
派閥も殆ど作らず、魔法の研究ばかりに傾倒している変わり者だと。
だからこそ、この間の勢力争いの件にも全く絡んではこなかったのだが――まさか、ここで顔を合わせることになろうとは。
ウルスラ王女は、ちらりと俺の腰にある剣を見てから、再び二人へと声をかけている。
「つまり、ガーランド様……その剣を譲るだけのメリットがあればよい、ということですね……?」
「ふむ……そうですな。何らかの功績を立てていただき、その対価としてお譲りする。そういった形であれば、問題ありません」
「であれば……わたしから一つ、彼らに依頼をしたいと思います。その結果をもって、精霊剣を譲るという形にすればよいかと」
ウルスラ王女の言葉に、思わず眼を瞬かせる。
依頼――即ち、何らかの仕事をこなして、その対価として精霊剣を譲り受けるということか。
確かにわかりやすい形ではあるのだが、この剣はとんでもない価値を持っている代物だ。
果たして、俺たち程度にできる仕事で、そんな功績を上げることができるのだろうか。
それは宰相も同じ考えだったのか、懐疑的な様子で問い返す。
「その剣をお譲りするというのであれば、そう簡単な功績では足りませんが?」
「ウルスラ、彼らに無理をさせることは許可できませんよ?」
「大丈夫です、姉様……わたしの提案する依頼は、未発見の遺跡の探索です……」
その言葉に、それまで余裕を崩すことのなかった宰相が、大きく目を見開いた。
いったい、どのような仕事だというのだろうか?
「わたしは資料を漁っていて、未だ発見されていないクライヴ・ハルツマンの活動拠点位置を特定しました……しかし、場所は北のウォラーン連邦です」
「……国として調査団を送るわけにはいかず、かといって連邦に伝えれば中身はほぼ持って行かれるでしょうな」
「で、ですので……彼らを探索者として登録し、わたしからの依頼という形で向かって貰おう、かと……有効な魔道具が見つかれば、それと精霊剣を交換するという形で、どうでしょうか……?」
「成程……」
ウルスラ王女の提案に、宰相はしばし黙考する。
おおよそ、話の流れは理解できた。つまり、この剣に匹敵するような魔道具を見つけてきて、それと交換するということなのだろう。
しかし、遺跡の発掘なんてやったことは無い。果たして、俺たちに務まるのだろうか。
けれど、どうやら――宰相は、その提案を好意的に受け取ったようだった。
「良いでしょう。上手く行けば、我が国としても大変大きなメリットのある話です。しかし――」
「価値あるものが見つからなければ、交換には応じられない、ですか? それは、致し方のないことです……けれど、力を示す功績としても、十分でしょう……」
「ええ、全く……良い提案ですな。ハコザキ殿、この仕事は危険も少ない。多少離れてはいますが、魔物の討伐よりは安全でしょう」
「……わかりました、こちらも前向きに考えます」
先生としては、俺たちにそういった仕事をして欲しくはないのだろう。
けれど、いずれは王国からの仕事を請けなければならなくなることも事実だ。
そういった意味では、比較的安全な仕事でノルマをこなしておくことも必要なのだろう。
結局、連れてこられた俺はまるで話すことも出来なかったのだが――とりあえず、今後の方針は決まったようだった。
ただ――
(ウルスラ王女、彼女がきたのって、もしかして――)
話は終えたとばかりに、そそくさと退出していく第二王女。
その背中を見つめ、俺はぼんやりと一つの予感を抱いていたのだった。
* * * * *
『ど、どうでしたでしょうか、二世様……』
「注文通りの仕事でした。ありがとう、ウルスラ王女。資料は後程送りますね」
『あ、ありがとうございます……!』
通信越しに届く、感極まった様子のウルスラ王女の声。
その様子を眺めつつ、僕は想定通りに事が運んだことに、小さく笑みを浮かべていた。
大賢者エステラより紹介された、優秀な錬金術師。
即ち、ファレンジア王国の第二王女ウルスラ・ブロスティン・ファレンジア。
ゴーレムを用いて彼女に接触した僕は、機甲術の技術を示しながらクライヴの後継者を名乗り、研究の協力を取り付けたのだ。
とはいえ、彼女はリシーのようにラボに招き入れるわけではなく、こうやって通信越しの接触に留めているのだが。
(錬金術師……『敗者の魔法使い』か)
錬金術師がそのように呼ばれているのは、彼らが主に固有魔法の習得に届かなかった魔法使いで構成されているからだ。
汎魔法でそれ以上の成長を見込めず、かといって固有魔法の習得に届くわけでもない。
その代替案として、錬金術という技術に手を伸ばすパターンが多いのである。
ウルスラ王女も、その例に反しないパターンであったようだ。
「にひ、悪い人じゃなさそうだねぇ。むしろユウ君が悪い人かも」
「純粋なタイプだね。技術への関心も強い……それに、研究の手腕も悪くない」
彼女は優秀な魔法使いではあったが、固有魔法には到達できなかった。
錬金術の研究に傾倒したのはその反動だったが、彼女は錬金術師としても優秀だったようだ。
彼女の持つ知見は、機甲術にも応用の利くもの。特に、僕が進めようとしている計画には必要不可欠だった。
だからこそ、接触を決めたのだけど――まさか、クライヴの後継者を名乗ったら二世と呼ばれ始めるとは思わなかった。
「ともあれ、優秀な人材は大歓迎だ。今後も、良い関係を築いていきたいものだね」
何にせよ、第三のラボの解放、そして晃司の精霊剣を正式所有させる一石二鳥の機会が来た。
ここいらで、残る課題を一気に片付けてしまうこととしよう。




