043:次なる目標
「ねえ、ユウ。ちょっとこれを見てくれるかしら?」
「リシー? 何かあった?」
リリエーラ――リシーをクライヴのラボに招き入れてから、数日の時間が経った。
その間、互いに意見を交換し合い、協力して研究を進めているうちに、それなりに仲を深めることもできたと言えるだろう。
今ではすっかり、愛称で気軽に呼び合える程度には仲良くなっていた。
まあ、エリちゃんの付けたニックネームが定着してしまったのは、良かったのか悪かったのか判断は難しいところだけど――
「……そうか。やっぱり、予想通りだったね」
「ええ。人工精霊生成室――あそこにある機材で生み出した人工精霊に、顕霊の兆しはないわ」
エルネンシア側のラボに居ついたリシーは、幾度となく生成器を動かして実験を繰り返している。
人工精霊を使いたい魔道具のプランはいくつもあるため、こちらは封入器を作るだけで良くなったのは大変助かるところだ。
生成器の起動と、その経過の観察、研究はほぼリシーの仕事となっている状況である。
そして、その中で得られた知見として――あの生成室で造られた人工精霊は、顕霊にはなり得ないという結論に達した。
「リシーの固有魔法にも、反応は無いんだよね?」
「一切反応はないわ。手ごたえも感じない。私の呼びかけに応じてくれているのはこの子だけよ」
「……アイ、もし顕霊化の兆しがあるなら、リシーの固有魔法には何らかのリアクションがあると見てもいいんだね?」
『肯定します。外部刺激に対し、何らかの反応を見せることは間違いありません』
当の顕霊がこう言っているのだから、これに関しては間違いないのだろう。
ちなみに、話ができる顕霊がいると知った時のリシーの反応は、それはもう大きなものだった。
その日は一日中アイに話しかけ続けるような勢いだったし、アイも律義に対応するものだから止めようがなかったのである。
まあ、そのおかげである程度は顕霊に対する知見が高まったようであるけれども。
そして、もう一体。リシーがベルトに付けている、緑色の宝玉。
それはエルネンシアの一件でリシーが生成した、あの人工精霊であった。
驚くべきことに、生まれたばかりの精霊であるにもかかわらず、この個体には顕霊化の兆しがあったのだ。
リシーの固有魔法、響霊術に反応があることからしても間違いない。
これはつまり、生成器で生み出した精霊が、すぐさま顕霊になる可能性があることを示していた。
「となると、やっぱりあのプロトタイプが怪しいのかな」
「可能性はあるわね。こうなると、あの機材が吹っ飛んでしまったのが惜しいわ……」
「そうだね。同じ物もあるにはあるけど、あの生成器だけの性質だったとしたら……流石に、ちょっと困るね」
繰り返し検証するのであれば、この間リシーに提供したプロトタイプで実験を行うのが最適だっただろう。
だけど、あれはもう粉々に吹き飛んでしまった。
請求はきっちり学院に届け出を出してはいるものの、それ自体が戻ってくるわけではない。
残念だけど、正確な形での検証を行うことはできないだろう。
「他のプロトタイプを使って実験もしてみたけど、今のところ成功してないわ。こっちも、生まれているのは普通の人工精霊だけよ」
「ふむ……参ったね、どうも」
人工精霊の生成自体は、全く問題はない。
おかげで、滞っていた魔道具の作成は順調に進んでいる状況だ。
僕自身が扱う戦闘用兵器についても、問題なくロールアウトできている。
ただ、今後の計画において、人工顕霊の存在はどうしても必要になるのだ。
何とかして、打開策を見出す必要があるだろう。
「まあ、単純にプロトタイプを使うだけで顕霊が生まれるなら、クライヴもそう記述を残しているだろうからね……やっぱり、その精霊がイレギュラーなんだろう」
「同意見ね。何が要因でこの子が発生したのかは……悪いけど、分析にはしばらくかかるわ」
「勿論、構わないよ。僕も、そんなすぐに答えが見出せるとは思ってなかったから」
あのクライヴ・ハルツマンが見出すことのできなかった技術だ。
一朝一夕にその答えを見出すことができるとは、僕自身考えてはいなかった。
けれど、彼の環境とは明確に異なる点もある。
アイや、リシーの生み出した精霊――人工精霊から顕霊が生まれるという、その事実が僕たちの前には存在しているのだ。
0と1では、あまりにも大きな差が存在する。故に、それを知る僕らには、決して不可能な課題ではないと感じていた。
と――そんな会話を交わしていた僕らへと向け、唐突に開いた扉の向こうから声がかかる。
「二人ともー? そろそろご飯作るけど、何がいい?」
「エリー、自動調理器があるのに、また料理を作ってるの?」
「だって暇なんだもん」
ここのところ、エリちゃんは度々料理を作るようになっていた。
自動調理器があるものの、キッチンスペース自体も作ったため普通の料理も可能なのだ。
まあ、食材については自動調理器から出してもらうことになるため、結果的にはあまり変わらないのだけれども。
このラボでの暮らしは快適ではあるものの、やはり娯楽は少ない。
研究に明け暮れている僕やリシーとは異なり、エリちゃんはどうしても暇を持て余してしまうことがあった。
そんな彼女の暇潰しは、アイの監視している地上の映像を眺めることがメインだったけど、最近は料理にも手を出すようになったのである。
「今度は失敗しないんでしょうね?」
「にひひ、失敗はちゃんと活かしてまーす。それに、仮に失敗しても調理器で原料に戻しちゃえば無駄にはならないからね!」
「まあ、それはそうだけど……」
ちなみにあの自動調理器の原理は、ゴーレムたちが回収してきた有機物を加工し、分子レベルで構成を変更して生成するというものだ。
一体どんな術式の組み合わせでそれを成し遂げているのかと、ツッコミを入れたいところではある。
それほどのオーバーテクノロジーを、クライヴは自分が面倒を避けるために作ったというのだから、流石に呆れてしまうところだ。
まあともあれ――仮に失敗したとしても原料に戻すことができるのは、実に便利な道具であった。
「この間練習していたオムライス、できるようになった?」
「んー……上手く丸められないけど、それでもいいなら」
「それは追々だね。お願いしてもいいかな、エリちゃん」
「にひひ、わかった! 待っててね、ユウ君!」
僕のリクエストに、エリちゃんは上機嫌でリビングの方へと戻っていく。
その様子を見送って、リシーは呆れを交えた表情で僕へと声をかけてきた。
「エリーのこと、甘やかしすぎじゃない?」
「そんなことは無いよ。彼女のおかげで、色々と助かってるからね」
エリちゃんのおかげで、色々と楽になったことは事実なのだ。
彼女の言うように、相棒であると――今では、僕自身もそう受け止めていた。
「はぁ……まあ、貴方たちの世界の料理にも興味はあるから、いいのだけど。それでユウ、貴方の進捗は?」
「そろそろ動き出せる段階だね。第三のラボの解放……顕霊の件が解決できていたら最高だったけど、まあ仕方ないか」
次なる目標は、第三のラボの解放。
配置されている場所は北方、ここから北に行った国の山脈地帯に存在している。
そのラボにて製造されていた魔道具は――
「自動人形製造ラインの解放。移動には時間がかかるけど、近いうちに実現は可能だよ」
自動人形――ゴーレムの一種である、人型の魔道具。
単純な力作業をメインとしていたゴーレムに対し、自動人形は細やかな作業を得意としていた。
人間に近い見た目で作られることも多く、クライヴの作品の中にはそういったものも存在していたという。
尤も、複雑な動作をさせることから部品の損耗も激しく、現在でも稼働しているクライヴの自動人形は皆無であるらしいけれども。
「けど……本当に可能なの? 顕霊に、自動人形の肉体を与えるなんて」
「理論的にはね。まあ、何事も挑戦だよ。どちらにしても、最終的には全てのラボを解放する必要があるんだから」
それこそが、僕の計画。
ラボから離れられない僕たちに代わり、外の世界で活動する戦力を製造する計画。
「顕霊人形計画。そろそろ、始動するとしようか」
晃司たち、地上の様子を眺めながら――僕は、そう宣言したのだった。




