042:共同研究
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「ようこそ、クライヴ・ハルツマンのラボへ。貴方が来てくれるのを待っていました、リリエーラさん」
「……貴方たち、いったい何者なの?」
ラボの内部へと招き入れられたリリエーラさんは、警戒と疑念を交えて僕たちへとそう問いかけてきた。
まあ、疑念があるのは当然だろう。僕たちがここで待っていることは予想していただろうけど、クライヴのラボが開いているのは想像できていなかった筈だ。
こちらとしては、彼女に協力して貰いたい身。その辺りは、きちんと説明させて貰うとしよう。
「僕は、クライヴ・ハルツマンの後継者。彼と同じ固有魔法を持ち、この施設を継承した、異世界からの来訪者ですよ」
「異世界? ってことは、もしかして【境界の賢者】の……そう、ちょうどそんな時期だったのね」
やはり、彼女は異世界からの召喚者に関する知識はあったようだ。
定期的に現れている存在だし、彼女ぐらいの研究者であれば知っていてもおかしくは無いだろう。
そもそも、この場所はファレンジア王国からそれほど離れていないのだから、当然であるとも言える。
「クライヴは、同じ固有魔法を持つ者が現れた時のために、自身の施設を保全していました。ここはその一つ――人工精霊に関する工房です」
「で、エリはユウ君の相棒です! よろしくね、リシーちゃん!」
「……ええと、よ、よろしく? あの、ユウ?」
「ゴメン、ちょっと待って貰えます?」
エリちゃんからのいきなりの挨拶に、リリエーラさんは困惑した様子で問いかけてくる。
それを手で制しつつ、僕はトーンを落としてエリちゃんに問いかけた。
「エリちゃん? いきなり素だけど、大丈夫なの?」
「だって、リシーちゃんにはここで働いて貰うんでしょ? それなのにずっと『私』でいるのも疲れちゃうし」
「……まあ、エリちゃんがいいならいいんだけどね」
とりあえず、彼女に対しては普段通りのキャラで行くつもりのようだ。
エリちゃんがそれでいいなら僕から言えることは無いし、とりあえずこのまま進めることとしよう。
「えーと、エリちゃんはこっちが素なので、あまり気にしないで貰えれば」
「そ、そう……でもリシーって?」
「えー、それで話を戻しますが。僕は是非、貴方に協力して貰いたいことがあって、ここに招待しました」
エリちゃんのニックネームについては置いておくこととしよう。
強引に話を先に進めたところ、リリエーラさんは僕の言葉に目を細めた。
ここに招き入れたうえでの、協力の依頼。この時点では、警戒を取り除くことはできないだろう。
「まずは落ち着いたところで説明を――いや、貴方にはこっちの方が良いかもですね。どうぞ、こちらへ」
そう告げて、僕はリリエーラさんを内部へと招き入れる。
向かう先は、左手側の扉。即ち、人工精霊生成室だ。居住スペースで飲み物でも飲みながら――と思ったのだけど、彼女には生成室の方が興味を持って貰えるだろう。
彼女は閉じてしまった背後の扉を何度か振り返っていたが、それでも人工精霊を握りしめながら僕たちに付いてラボの内部へと足を踏み入れた。
流石に人工精霊を使って暴れられるのは勘弁してほしいところだけど、彼女はそこまで短絡的な人物ではないだろう。
落ち着いて、話し合いを続けたいところだ。
「……ここは?」
「人工精霊生成室。この部屋にある装置は、リリエーラさんに提供した生成器の完成版のような物です」
「これが……! クライヴ・ハルツマンはこれを使って人工精霊を生み出していたのね!」
生成室の廊下から部屋の内部を見たリリエーラさんは、興奮した様子で窓にかじりついている。
どうやら、好奇心の前では警戒心も吹き飛んでしまったらしい。
さすがにそこまで集中してしまうのもどうかとは思うけど、興味を持って貰えたようで何よりだ。
ここで、彼女には畳みかけていくべきだろう。
「僕からあなたへの依頼は単純です。この施設を使って、精霊の研究を行って貰いたい」
「……この施設を、自由に使っていいってこと?」
「勿論、どういう研究を行うかについては事前に協議を行いたいですが――設備の使用については、基本的に自由です」
信じられない、と言わんばかりにリリエーラさんは目を見開いている。
彼女にしてみれば、あまりにも都合が良すぎる展開だろう。
エルネンシア魔法学院を離れ、自分の力で研究を行わなければならなくなった状況。
そこで、これほど整った研究設備を提供されるなど、にわかには信じがたいような展開の筈だ。
「僕たちはやらなければならないタスクが多い。人工精霊に関する研究もその一つですが……残念ながら、圧倒的に時間が足りません。だからこそ、人工精霊に関しては専門家の力を借りたかったんですよ」
「それで、あたしを雇いたいと?」
「ええ。クライヴ・ハルツマンの技術に理解があり、精霊に関する知識も豊富な貴方に、是非それを依頼したい」
正直なところ、彼女がこの状況を都合が良すぎると感じているように、僕らにとっても彼女は都合が良すぎる存在だ。
精霊に関する知識と研究、そして顕霊を生み出したいという夢。
更には――あの暴走した精霊に干渉した、恐らくは固有魔法と思われる手段。
どれを取っても、手放すわけにはいかない人材なのだから。
「生活環境や、研究に必要な設備については、全てこちらで提供しましょう。どうか、僕たちに協力してはいただけませんか?」
「……正直、魅力的な提案だわ。でもユウ、その前に一つだけ聞かせて欲しい」
「何でしょうか?」
「貴方の……貴方たちの、最終的な目標は何かしら?」
じっとこちらを見つめて、リリエーラさんはそう問いかけてくる。
彼女は、信念ある善良な人物だ。どれほど都合のいい場所であったとしても、悪しき目的のために協力はできないと考えているのだろう。
晃司ほどではないけれど、悪くない人物像だ。
だからこそ、こういった問いに対しては、誠実に回答するべきだろう。
「僕たちの目的は、全員が無事に元の世界に帰ること。そのために知識と技術を集め、力を蓄えることです」
「召喚者……そう、わかったわ。それなら、あたしは貴方に協力する。その代わり――」
「僕たちもまた、貴方の研究に協力する。どうかよろしくお願いします、リリエーラさん」
話はまとまった。
差し出してきた手を握り、協力の約束を結ぶ。
これで一歩、目標に向かって前進することができた。
ここからは、精霊に関する技術開発を加速させていくこととしよう。
僕たちが握手をしたところで、エリちゃんは喜びながら手を叩き、快哉の声を上げた。
「よろしくね、リシーちゃん! エリのことは、エリーのままでいいよ!」
「え、ええ。ところで、リシーって結局……」
「ここの設備を案内するから付いて来て! にひひっ、リシーちゃんのお部屋もちゃんと整えておいたんだ!」
喜び勇んでリリエーラさんを連れて行くエリちゃんの様子に苦笑しつつ、僕もゆっくりとその後を追う。
エリちゃんの本来の性格はあのコミュ強っぷりなのだけど、相変わらず距離感はバグっている気がする。
まあ何にせよ、ひとまず肩の荷は下りた。このラボを解放した甲斐があったというものだ。
中央のエントランスへと戻り――そこに、鳥型のゴーレムが帰還してくる。
そんな命令を出していただろうかと思いつつも腕に止まらせ――
『――マスター、注意を!』
アイから放たれた警告の声に、僕は咄嗟に距離を取った。
エントランスの中央、オブジェの上に着地した鳥型ゴーレムは、僕の方を見つめながらその口を開く。
『ひとまず礼を言っておこうかの、クライヴ・ハルツマンの後継者よ』
「ッ……僕のゴーレムの制御を奪いましたか、大賢者エステラ」
『偽装は上手いが、制御はまだ甘い。吾の目を避けてはいたようだが……勉強代として、一つは貰っておくとしようかの』
響いた声は間違いなく、エルネンシア魔法学院の主たる大賢者エステラであった。
どうやら、学院に忍ばせておいたゴーレムの制御を奪い、そこからこの機体まで音声を飛ばしてきたらしい。
確かに、虫型のゴーレムは僕が作り上げたもので、クライヴのそれと比較すればまだまだ未熟な代物だ。
けれど、それでも機甲術によって作り上げられた物に変わりはなく、制御を奪うなど普通では考えられないことだった。
流石、千年を生きる大魔女ということか。
『とはいえ、大した要件ではない。リリエーラに研鑽の場を与えてくれたことを感謝しておるだけだからの』
「彼女のこと、気にかけていたんですね」
『同族で、見込みのある研究者だからの。それが停滞するどころか飛躍できそうとなれば、喜ぶ程度の感性は残っておるとも』
ゴーレムを一つ奪われはしたものの、どうやら敵対の意思は無いらしい。
ひとまずは安堵の吐息を零しつつ、僕は――この機会に、一つ彼女へと問いかける。
「では、その礼の代わりとして、一つ教えてはいただけませんか?」
『ふむ、良かろう。今の吾は気分が良いからの』
僕の考えている計画、この世界で活動する上で必要となる要素。
それを手に入れるための手段を並行して進めるため、どうしても知らなければならないことがあった。
「貴方の知る、有能な錬金術師を教えて欲しい」
『ほう……お前たちは本当に、先入観が無くて良い発想をする。であれば、お主らの召喚された国を訪ねるが良いだろう』
この大賢者は、果たしてどこまで僕の目的を読み取っているのか。
だが流石に、計画の先まで把握されたわけではない筈だ。
錬金術――『敗者の魔法』と呼ばれるそれを利用する意図は、まだ把握されていないだろう。
『引きこもりの王族は、あれで中々にやり手な術師であるからの』
故に、その助言は素直に受け取り――先日の件で調べ上げた情報から、エステラの言わんとしていることをピックアップする。
即ち、王族としての争いには全く関与していなかった第二王女。
結局顔も見ることのなかった彼女のことを、改めて調べ直すこととしよう。




