041:メッセージ
エステラの前を辞したリリエーラは、自らの研究室に戻り手早く荷物をまとめた。
持ち出す必要があるものは、それほど多くはない。
一部の日用品と、研究資料のみ。研究そのものを趣味としていたリリエーラにとって、それ以外の物など必要なかったのだ。
人工精霊生成器が破壊されてしまった以上、重要なものは精霊の入った封入器のみであるとも言えた。
それでも、私物の書籍だけはカバンの中に詰め込んで、リリエーラは足早にエルネンシア魔法学院を後にした。
彼女の胸中を占めているのは、様々な疑問。その答えを出せぬまま、彼女の足はエルネンシアの外へと向かってゆく。
「……貴方は、あたしに応えてくれたの?」
リリエーラの固有魔法、響霊術は顕霊に――正確には意思を持つ精霊に干渉することができる術式だ。
人工精霊生成器によって生み出された風の精霊がそれに反応したということは、あの精霊には意思があったということになるだろう。
しかし、彼女の呼びかけに対し、その精霊が声を返すということは無かった。
(……明確な意思があるわけじゃなくて、自我のような物が芽生え始めたばかりなのかしら? だから、呼びかけに対して直感的に従った?)
その疑問に、答えるものはない。
生み出された精霊は、なにも返答することは無かった。
それを検証するためには、もっと腰を据えて研究する必要があるだろう。
だが、彼女の脳裏を占めているのは、もう一つの大きな疑問だ。
(だから、あのメッセージは精霊によるものじゃない……封入器の表面に表示された、あのメッセージ)
そこには、ただ一言――『初めて会った場所 ユウ』とだけ刻まれていたのだ。
精霊を封入した瞬間にメッセージが表示されるよう、術式が施されていたのである。
それはつまり、ユウと名乗ったあの少年が、封入器に術式を刻んだという事実を示していた。
「……彼は、何者なの?」
封入器それ自体は、間違いなくクライヴ・ハルツマンの魔道具であった。
刻まれている高度な術式は、汎魔法では再現し得ない代物だったのである。
しかし、魔道具師を名乗ったその少年は、封入器に改変を加えていたのだ。
あまりにも謎が多く、疑問に対する答えの出ない事態。けれど――
「……不手際で、生成器を壊してしまったことは事実。会いに行く必要は、あるわよね」
リリエーラという人物は、どこまでも律義な性格だった。
何かの仕込みが、思惑があったとしても、不義理に対しては誠実に対応しなければならない。
疑問、疑念を抱きながらも、リリエーラは彼と初めて会った場所へ……クライヴ・ハルツマンの遺跡へと向かっていたのだ。
――しかし、それを呼び止める声があった。
「待て、リリエーラ!」
「……わざわざ追いかけてくるなんて、どういう了見かしらね、ステッド」
ステッド・ネストロス。リリエーラの研究していた生成器を持ちだし、あの騒動へと発展させた張本人が、そこに立っていた。
彼の方へと振り返ったリリエーラは、顔を顰めながらもその声に応じる。
まともに相手をする必要は無いという思いは彼女にもあったが、放置すれば面倒なことになると判断したのだ。
必死に追いかけてきたらしいステッドは、精霊の暴走に巻き込まれた際の姿から変わっていない。
意識を取り戻してから、すぐさまリリエーラを追いかけてきたということだろう。
「エルネンシアを、学院を出ていくとはどういうことだ!」
「どういうも何も、あたしはあたしの研究を続けるために出て行ったのよ。何も変わっちゃいないわ」
「学院以外のどこでそれを続けられるというんだ!?」
「さあね。でも、アンタみたいなのがいる学院じゃ、研究を続けても先が無いということはわかるわ」
クライヴの技術を認めず、更には他人の足を引っ張ろうとする存在がいる場所。
たとえ設備が整っていたとしても、そのような場所では研究は進むまい。
そんな場所だからこそ、人工精霊生成器は失われてしまったのだから。
「リリエーラ、お前の理想は、私と共有できていた筈だろう! なのに、何故――」
「はい? 精霊の生まれたルーツを探る話? あたしのそれは、顕霊を調べるための過程に過ぎないわよ。あたしの目的は、更にその先なんだから」
封入器を握りしめて、リリエーラはそう告げる。
己の固有魔法を真に操れるようになるために、リリエーラは顕霊を求めていたのだ。
あらゆる研究は、そのための手段に過ぎない。
確かに、一部研究テーマが共通していたことは事実だが――リリエーラとステッドは、どこまでも見据えていた場所が異なっていた。
その事実を理解して、ステッドは愕然とした表情を浮かべながらも、リリエーラへと向けてその手を掲げた。
「……認めない、君が離れていくなど! 力づくでも止めてみせる!」
「知ったことじゃないわ。どこまで勝手なのよ、アンタは!」
純粋な魔法の技量という点に於いて、ステッドはかなり優秀だった。
魔法戦ではステッドには勝つことはできないと、リリエーラがそう自認している程度には。
けれど、今の彼女は、それまでの彼女にはない力を得ていたのだ。
「〈精霊響振〉、お願い!」
ステッドが術式を組み上げるのとほぼ同時に、リリエーラは固有魔法を発動する。
その声に応えた風の精霊は、すぐさま爆発的な風を発生させ――リリエーラの方へと向かってきていた水の魔法を、吹き散らすように薙ぎ払った。
驚愕に目を見開いたステッドは、しかし声を上げることも出来ず暴風に飲まれて吹き飛ばされる。
そのまま地面を転がった彼は、講堂の時と同じように、意識を失うこととなった。
「……結構、細かく意思は汲んでくれるのね」
一応、殺さないようにと願いを込めて魔法を発動したが、きちんと聞いてくれるかどうかの確証はなかった。
とりあえずは殺害に至らなかったことを安堵して、リリエーラは改めて風の精霊へと願いを告げる。
「お願い、あたしのことを運んでくれるかしら?」
精霊に声はない。だが、周囲を流れる風は明確に動きを変え、リリエーラの体を包み込んだ。
気流の球体によって囲われたリリエーラは、そのままふわりと空中に浮きあがる。
汎魔法によって再現しようとすれば、非常に難易度の高い飛行の魔法。
それをあっさりと実現してしまった精霊の力には驚きつつ、リリエーラは目的地へ――クライヴ・ハルツマンの遺跡へと一気に移動する。
本来であれば時間がかかったはずの道のりを数分で踏破して、彼女は指定された場所へと降り立った。
「ありがとう……さてと」
ユウ、そしてエリーディアと名乗った二人組と、初めて会った場所。
この遺跡の最奥にある、既に調査され尽くしたクライヴの遺跡。
決して開くことのできないその扉の前でその二人と出会ったことから、リリエーラの運命は大きく変化することとなった。
「……感謝は、しているのよね」
精霊という存在を深く知るきっかけになったこと。
そして、己の固有魔法の力を行使できるようになったこと。
顕霊という存在の謎に、大きく近づけたこと――端を発したのは、二人との出会いだった。
そんな彼らと出会った、遺跡の最奥へと足をリリエーラは踏み入れて……けれどそこに、二人の姿は無かった。
「……あたしの勘違い? いや、そんなことは――っ!?」
疑問を口にした、その刹那。
千年もの間、学院の誰も開くことのできなかった遺跡の扉が、ゆっくりと音を立てながら開いていった。
太古の魔道具師によって作り上げられた、伝説とも言える遺跡。
招き入れるように開かれたその入口へ、リリエーラは恐る恐る近づいていく。
なぜ急に扉が開いたのか――リリエーラとしては信じがたいことであったが、状況を考えれば可能性は一つしかない。
「貴方たち、なのね。ユウ、エリーディア」
「――勿論。正解ですよ、リリエーラさん」
内部にあった、広い空間。
その中央にあるオブジェの後ろから、二人の人影が姿を現す。
ユウ、そしてエリーディア――リリエーラに人工精霊生成器を託した二人が、そこに立っていた。




