039:大賢者への研究発表
研究を盗まれた――そのことを理解したリリエーラは、息を切らせながら廊下を走っていた。
向かう先は、大賢者エステラの記念講堂。
彼女へと向けた発表が行われるのは、常にそこであった。
「見損なったわよ、ステッド……!」
口から零れ出るのは、研究を奪ったであろうステッドに対する恨み言だ。
彼の研究テーマはリリエーラのそれに近しいものであり、協力したことがある相手であるが故に、その性格はよく知っていた。
馬が合わない――率直に言ってしまえば、そんな相手なのだ。
能力も、才能もあることは事実。相応に学んでいることも間違いない。
けれど、他人を利用しようとする、自分以外の全てを踏み台と見ているような性格だけはどうしても合わなかった。
(だからって、他人の研究を盗むような真似はしないと思ってたのに!)
知っている相手だからこそ、それだけはしないと考えていた。
何が彼を狂わせたのか――リリエーラには、それを理解することはできない。
それでも、彼を止めなければならないという強い意志で、彼女は講堂へと向けて全力で駆け抜けていた。
途中すれ違う学徒たちに接触しそうになりながらも、可能な限り全力で講堂へと向かい――勢い良く、その扉を押し開いた。
「――ですので、技術としての再現ではなく、精霊の発生プロセスに対する検証サンプルとして活用すべきです」
耳に届いた声が予想通りのものであったことに、リリエーラは顔を顰めた。
ひょっとしたら別の誰かだったのかもしれない、ステッドの研究発表が彼自身のものなのかもしれない――そんな、僅かながらの期待を抱いていたのだ。
しかし、その期待を見事に裏切ったステッドは、講堂に集まった教授たち、そして大賢者エステラへと向けて滔々と続ける。
「精霊は属性マナの集中によって生み出される――かねてより挙げられていた仮説でしたが、これによって物理的に証明されたことになります。まだ研究の過程ではありますが、精霊発生のルーツを探ることにも繋がるでしょう」
「成程……クライヴ・ハルツマンの魔道具は異端ではあるが、理論検証としては間違いではないか」
教授たちへと向けた質疑応答。その中を、リリエーラは肩を怒らせながら進む。
その姿を発見したであろうステッドは、勝ち誇った笑みでリリエーラの姿を見返していた。
「発表中だ、席に着いて貰おうかリリエーラ」
「あたしの研究室から研究を盗んでおきながら、研究発表とは恥ってものを知らないの? 見下げ果てたわ、ステッド」
冷たく、温度の消えたようなリリエーラの声。
周囲の教授陣もざわつく中、ステッドはしかし、笑みを崩すことなく続けた。
「君の研究? 知らないな、これは私が自ら遺跡より発掘した物だ。君こそ、発掘したというのであれば、その届け出を学院に行っていなかったのではないか? 発掘品を独占し、活用しようとしていたとでも?」
確かに、学院の管理する遺跡より発掘された魔道具は、学院への届け出が必要となる。
管理はあくまでも学院であり、個々の研究者はそこから貸与される形となるのだ。
だが――それはあくまで、学院の管理下にある遺跡より発掘された魔道具に限った話だ。
「それは発掘品じゃない、外部の魔道具師からの貸与品よ。その契約書もここに在るわ」
「外部の、しかも魔道具師だと? こんな貴重な品を、そんな連中が持ち合わせている筈がない!」
「学院に届け出を出したうえでの契約よ。事実は事実、否定はできないわ! それに――あんたの言うことが事実だとすれば、これまであの遺跡を発掘してきた教授陣を無能だとでも言うつもり? 発掘に関しては素人のあんたが、彼らにできなかったことをしたとでも!?」
この事態を見越して、ユウと名乗った魔道具師は契約を交わしていたのだろうか――そんな可能性が脳裏をよぎるも、無視しながらリリエーラは告げる。
流石に、ステッドも魔道具の出所までは把握していなかったのか、その言葉には怯んだ様子であった。
提示した契約書は、間違いなく学院によって発行されたもの。その内容を、否定することはできない。
尚も畳みかけようと口を開き――そこに、乾いた音が鋭く響き渡った。
その音に驚いてリリエーラは視線を上げ、音の発生源を確認して驚愕する。
「吾は研究発表として呼ばれてきたのだがな? 言い争いなら、後で個別に行うがよい」
大賢者エステラ。このエルネンシア魔法学院の開祖にして頂点。
古き時代より生き続けているハイエルフの魔法使い。
姿形は小柄で少女のようにしか見えないが、千年以上の時を魔法の研究に費やし続けた最高位の魔法使いだった。
星の輝きの如き白金の髪を指先でいじりながら、エステラは琥珀色の瞳で二人のことを睥睨する。
「研究発表として、ステッド・ネストロスに問おう」
「は、はい、エステラ様! 何なりと!」
「――その研究内容、何が新しいというのだ?」
その言葉に、ステッドは目を見開いて硬直した。
ここに至るまで、彼は研究の新規性を説明してきていたのだ。
精霊発生のプロセスに関する仮説の中から、真実であったものを探り当て、証明した。
それは紛れもなく、新たな発見であったはずだ、と。
「それは千年前、クライヴが吾に報告した内容であるのだが……まさか千年もの時間をかけておきながら、一歩も前に進んでいないとでも主張するつもりかの?」
だが、エステラにとってそれは、既知の内容以外の何物でもなかった。
それは、クライヴ・ハルツマンによって証明された、完成された理論だったのだから。
「そ、それは……しかし、学院の通説では……」
「当に証明できていた筈のものを、クライヴの台頭を恐れた愚か者共が覆い隠しただけの話であろう。まあ、吾にとってはどうでも良い話であるが……真新しさの欠片も無い話では、退屈に過ぎる」
当時の発表を思い返し、エステラは静かに目を閉じる。
その当時は、彼女としても信じられない思いで興奮したものだった。
クライヴの理論と、それを魔道具という形に落とし込んだ技術。
どちらも、大賢者ですら驚嘆すべきものだったのだから。
その興奮を覚えているが故に、それと同じものを持ち込んだだけのステッドの話は、ただの思い出話程度にしかならなかったのだ。
「ふぅ……では、リリエーラ・リオネラ・リーエイン。リーエインの氏族、リオネラの子よ」
「っ、はい、エステラ様」
「お主は、人工精霊生成器を用いて何を為そうとした?」
「……顕霊を、人工的に発生させる手段の模索です」
その言葉に、エステラは僅かに笑みを浮かべて身を乗り出した。
それは間違いなく、未知の技術であり研究テーマであったが故に。
「ほう……続けるがよい」
「精霊と顕霊は、本質的には同じものです。そこに、意思があるのかどうかという点が差として存在しますが……マナの集中によって生まれるという点は共通していると考えられます」
「そうさな、どちらにせよマナにより形成されていることには間違いない――しかしリリエーラよ。それは、あのクライヴ・ハルツマンすら成し得なかった研究だ。お主に、それを成し遂げられるとでも?」
「人工的に精霊を発生させる手段があるなら、確実にサンプルを増やせます。たとえこの生涯を懸けたとしても、やり遂げてみせます」
リリエーラのその宣言に――エステラは、ただ満足そうに笑みを浮かべてみせた。
未だ、仮説すらも立てられていない、研究の入り口に立った状態。
それでも、そのテーマはエステラにすら興味を抱かせるものであったのだ。
しかし――
「うむ、それは期待すべき研究だが――その生成器、そろそろ拙いのではないかの?」
エステラは、横目で示すように台座に置かれた生成器を見つめる。
内部に生まれている風の精霊は、その光を揺らめかせながら、徐々にその輝きを強めていたのだ。
徐々に明滅を強める精霊に、近くにいたステッドは後ずさるように距離を取り――次の瞬間、生成器は、暴風を上げながら内側より弾け飛んだのだった。




