038:孤高な研究者
「ふぅ……ようやく、安定してきたかしら。良かったわ」
人工精霊生成器を起動してから数日。
フラスコの中で揺らぐことのなくなった光を確認して、リリエーラは安堵の吐息を零した。
この数日間は、どうしても精霊が安定せず、その都度にリリエーラは調整を繰り返していたのだ。
その揺らぎもようやく落ち着き、フラスコの中の精霊は安定を見せている。
「クライヴ・ハルツマンは人工精霊を作るたびにこんな苦労をしていたのかしら? いや、彼ならもっと安定化する方法を探るでしょうね……それなら、これは実験段階の作品かしら」
またも考察で正解を引き当てながら、リリエーラは稼働を続ける生成器の様子を眺める。
この光は、程なくして人工精霊として成立することになるだろう。
その後、精霊を生成器から封入器へと移せば、人工精霊の生成作業は完了となる。
クライヴ・ハルツマンにだけ許されていた筈の技術を自らが行ったという、その事実。
リリエーラは高揚を覚えながらも、どこか残念な思いを抱いていた。
(これで封入器を使ってしまったら、封入器を調べることができなくなるし……先に調べておきたいわね)
使っていいと言われたとはいえ、封入器もまた貴重な品だ。
使用する前に、可能な限り調べておきたいという思いが、リリエーラには存在していた。
幸いなことに、人工精霊はようやく安定した様子を見せている。
今ならば、少しの間離れていても問題はない。
「よし……ごめんね、ちょっとだけ席を外すから。大人しく、待っててね」
フラスコの中の人工精霊へと声をかけ、リリエーラは早速荷物をまとめる。
これまでの調査をまとめた研究ノートと、封入器。その他の荷物諸々。
急いでそれらをカバンに突っ込んだリリエーラは、足早に研究室から外へと駆けだした。
と――そこに、彼女を呼び止める声がかかる。
「おい、リリエーラ! 何をしてるんだ!」
「はい? ああ、ステッド。何か用かしら?」
「何か用か、じゃない。ここのところ姿も見せずに何をしていたのかと思えば、また何の役にも立たない研究をしていたのか!?」
眼鏡をかけた、紺色の髪の男性。
ステッドと呼ばれた彼はリリエーラの同期であり、先日クライヴの遺跡でも口論をしていた相手であった。
面倒な相手に捕まったとばかりにリリエーラは顔を顰め、さっさとその場から踵を返す。
「悪いけど、今忙しいのよ。話をしてる暇はないわ」
「おい、待てリリエーラ!」
「煩いわね、貴方と話をしたところで研究は進まない。単なる時間の無駄よ!」
あまり人工精霊の前から離れたくはない。
その思いを抱いていたが故に、リリエーラの口調はいつも以上に強いものであった。
その剣幕を受けて、ステッドは怯んだように息を飲み、一歩後ずさる。
彼の姿に失笑したリリエーラは、それ以上は何も告げることなくそのまま学院の書庫へと向けて去っていったのだった。
後に残されたのは、相手にもされずに切り捨てられたステッドただ一人。
「っ……リリエーラ、よくも」
忌々しげに表情を歪めたステッドは、姿を消したリリエーラから視線を外し、彼女の研究室の方へと向ける。
その瞳の中には、どす黒い闇が炎のように揺らめいていた。
* * * * *
「人工精霊を封入するのに、属性の偏りがないという点が重要なのかと思ってたけど……そうでもないのかしら?」
封入器に関する情報を調べるにあたり、リリエーラはその素材である純水晶に対して当たりを付けた。
この素材が用いられるという点には、必ず何かの理由がある筈だ、と。
学院の書庫には人工精霊に関する資料はほぼ存在しないが、それに用いられている素材についてはいくらでも情報はあった。
(純水晶は、マナ属性の影響を受けない素材。だからこそ、あらゆる属性の精霊を受け入れる素材として用いられているのかと思ってたけど……)
現在の魔道具においても、純水晶が用いられることは多い。
それは、周囲のマナ属性による影響を受けないという点が重視されていた。
地域によってはどうしてもマナの偏りというものがあり、素材によっては、その影響を受けてしまうこともある。
だが、純水晶はその偏りの影響を受けることなく、常に安定した反応を返すのだ。
リリエーラは、それが理由で人工精霊にも用いられるものだと考えていたが――
「……人工精霊を封入した後なら、外部のマナによる影響なんて考えなくても良くなるはず。精霊はそれだけ大きなマナの塊なんだから」
人工精霊を生成する中で、リリエーラは考えを改めた。
精霊として成立するほどにマナが収束しているのであれば、他のマナからの影響を考える必要性は薄いのだ。
ならば、純水晶が使われている理由は何処にあるのか――
「……いや、理由は変わらないのかしら?」
外部のマナによる影響を受けない。それは即ち、内部のマナが外部のマナに対して影響を与えないということでもあるのではないか、と。
精霊ほどの強大なマナの塊が、その外部に対して影響を与えないのであれば、それだけでも大きなメリットであると言えるだろう。
(成程、ある意味これは、マナを遮断するための膜なのかもしれない)
リリエーラも、稼働しているクライヴの魔道具から、人工精霊によるマナの影響を感じたことは無い。
純水晶の内側という概念について考えたことは無かったが、この考えはある程度当たっているのではないかと、リリエーラはそう直感的に考えていた。
とはいえ、これは仮説にすぎない。そして、それを確かめる術は、今のリリエーラには無かった。
「口惜しいわね……話ができる顕霊がいれば、もしかしたらわかるかもしれないのだけど」
残念ながら、そのような話を行える相手はいない。
これ以上の考察は困難だろうと、リリエーラは嘆息と共に荷物をまとめた。
あまり生成中の人工精霊の傍から離れたいわけではないのである。
尤も、内心ではそう思いつつも、数時間はこの場で調査を続けてしまっていたわけなのだが。
「はぁ……どれだけ時間があっても足りないわ。もっともっと調べたいことがあるのに」
ぶつぶつと文句を言いつつも、リリエーラは己の研究室へと向けて歩を進める。
そうして廊下を進むうち――すれ違った学徒たちの話している声が、不意に耳に入った。
「聞いた? ステッドがエステラ様の前で研究発表をするんだって」
「随分いきなりだな。そんな成果を得られるような活動、行っていたか?」
それなりに交流のあるリリエーラにも心当たりのない、寝耳に水の報告。
大賢者エステラの前で発表を行うのは、定期的な発表会以外では、魔法の歴史に残るような大発見を行った場合のみだ。
今は発表会の時期ではないため、エステラを呼び立てるような発表はそれこそ後者のパターンのみである筈なのだ。
その特異性故に、ごく短期間での発表実施があり得ることは確かだが――リリエーラには、それに該当するような心当たりが全くなかった。
(……まあ、別にどうでもいいか)
別段、ステッドの研究発表には、それほど興味はない。
全く分野が被っていないというわけではないのだが、今はそれよりも自らの研究に集中する必要があるのだ。
故にこそ、リリエーラは耳に届いたその話を聞き流し、自らの研究室へと急いだ。
廊下の先、自分だけが使っているその部屋へと小走りに進み、鍵を開けて――
「……え?」
部屋に置かれていた筈の、人工精霊生成器。
その姿が消え去っていることに、リリエーラは大きく目を見開いたのだった。




