037:数多の考察
結論から言えば、リリエーラは人工精霊生成器の起動に成功した。
元より、条件は整っていたのだ。
優れた地脈の上に建っているエルネンシア魔法学院ならば、生成器は問題なくマナを吸い上げることができる。
その環境下なら、誰であろうともこれを起動することができただろう。
クライヴ・ハルツマンの魔道具とは、そういったものであった。
そして――リリエーラは、正しくそれを理解していた。
「運が良かった、としか言いようがないわね。あの二人が先にこのことに気付いてたら、あたしまで話は回ってこなかったでしょうし」
リリエーラは苦笑交じりに、そう呟く。
高度極まりない、機甲術による刻印術式。リリエーラは、その一部だけであろうと、読み取ることには成功していたのだ。
読み取った術式内容、そして起動させた生成器の動作――更に、フラスコ内に収束し始めたマナの動き。
それらの内容から、彼女は生成器の仕組みを正しく理解し始めていた。
「地脈からマナを吸い上げて、それを属性マナごとに分離……この生成器だと、風の属性だけに限定してるのかしら」
フラスコの中央で宿り始めている、緑色の光。
それは、風属性のマナが一点に収束し始めたことにより発生した現象だ。
単一の属性マナがこれほどまで収束することは、自然界では通常ありえない状況だろう。
「……単一属性マナの極端な集中。精霊の誕生プロセスとして仮説があったことは事実だけど、それをこんな形で再現するなんて。やっぱり、クライヴ・ハルツマンは天才だわ」
リリエーラ自身、これまでの研究の中で考察したことのある仮説ではあった。
しかしながら、それを検証するための方法が存在しなかったのだ。
マナを大量に集めること、そして単一の属性に分離させること――そのどちらもが、汎魔法には実現できなかったのだ。
けれど、クライヴ・ハルツマンの機甲術は、それを可能にした。
理論を立て、それを実証する。リリエーラにとっては、まさに理想的な研究プロセスであった。
「けど、マナを集める術式はともかく、属性ごとに分離する術式は本当にどんな仕組みなのかしら……駄目ね、外観だけだと絶対にわからない。でも、分解したら元に戻せないし……」
リリエーラはぶつぶつと呟きながら、気づいたことを次々とメモに書き溜めていく。
既にその量は部屋の隅にあるボードを埋め尽くす程であり、更に際限なく増え続けていた。
「人工精霊の生成理論はわかった。けど、精霊を純水晶に封じ込められる理由は?」
そして、彼女の興味は生成器本体だけに留まらない。
生成した人工精霊を封じるための封入器。そちらも、リリエーラにとっては興味の対象であった。
というより、実現方法はともかく理論はわかりやすい生成器と違い、封入器については理論から不明な点が多かったのだ。
「封入器に刻まれている術式は、精霊を封入した後に起動させたい術式よね? 精霊をここに留め続けるための仕掛けは何処にあるのかしら?」
純水晶の半球体、そこに刻まれている術式は、精霊の魔力を使って発動するものだ。
だが、精霊をそこに封じ込め続ける術式については、リリエーラも未だに発見できていなかった。
果たして、どうしてそのような技術が実現できているのか。
どこかに術式を隠しているのであれば、どこにあるというのか。
隅々まで観察しても、その答えを得ることはできなかったのである。
「ああもう、書庫を漁って調べたい……でも、まだ生成器の前を離れるわけには……」
裕也たちが提供したプロトタイプの生成器は、当然ながらラボに存在する生成器の性能には及ばない。
生成には時間がかかるし、また安定性にも欠けている。
特に精霊の発生に及んでいない状況でマナの収束に不具合が生じた場合、修正作業を行う必要があった。
故にこそ、リリエーラは生成器の前から長時間離れることができなかったのだ。
「気になることが山盛りだわ! もう、研究最高!」
寝不足で若干ハイになっているリリエーラは、そのまま休むことなく調査を続行したのだった。
* * * * *
「リシーちゃんの言ってることって、実際どうなの?」
「おおよそ合ってるのが驚きだね……僕はクライヴの研究資料を読んだから知ってたけど、自力でそこまで辿り着くとは」
リリエーラさんの研究の様子を眺めながらの質問に、僕は確かな驚きを交えながらそう答えた。
人工精霊生成器という、優れたサンプルがあることは事実。
けれど、それだけでほぼ正解に近い答えに辿り着いたという事実は、彼女が優れた研究者であることを示していた。
最終的にはそこに到達するだろうとは思っていたけど、まさか生成器を起動して一日も経たないうちに気付くとは思わなかったのだ。
「正直、彼女のことを舐めてたね。僕もうかうかしていられない」
「へぇ~……凄い、高評価だ」
本当に、彼女が研究に協力してくれたら、僕の計画も大きく前進することになるだろう。
ここまでの調査でも、彼女の背後関係については全く問題ないことがわかっているし、是非とも勧誘したいところだ。
尤も、その勧誘のために彼女へと提示する条件については、まだ見出せていないのだけれども。
「ところでユウ君、リシーちゃんも気になってるみたいだけど、実際どうして精霊って封入器に収まってるの?」
「そうだね……まず、生成器自体に、封入器へと精霊を送り込む機能が仕込まれている。これは生成室の仕掛けと同じだね」
「ああ、あのケースのやつね」
先日起動した生成器は、目論見通りに光の精霊を生成し、あの封入器へと封入してくれた。
生成器は基本的に、その封入までの作業が一セットとなっているのだ。
だから、入れる側の仕組みについては、生成器の方に存在しているのである。
「ただ……入れた後の精霊が出て行かない理由については、『出ていく理由がないから』なんだよね」
「え? じゃあ、出ようと思えば出られるの?」
「クライヴもあれこれと苦心したようだけど、結局はその結論に達したみたいだね。意思のない精霊は、そもそも自分から外に出ようとすら考えないのさ」
精霊は顕霊と違って、自意識を持っていない。
だからこそ、封入された後はわざわざ外に出ようという考え自体が無いのだ。
逆に言うと、顕霊にもなれば封入器の外に出られるだろうけど――
「ちなみにアイ、アイは出ようと思えば出られるだろうけど、外に出ない理由は?」
『出る理由がありません。封入器内ではマナの減少による消滅の不安がありませんので』
「ああ……精霊にはそういう不安もあるんだね」
マナが収束したことで生まれた精霊は、当然マナが拡散してしまえば消滅してしまう。
意思が無くても、自己保存の本能はあるのだろうか。
わからないが、精霊にしろ顕霊にしろ、封入器の中は過ごしやすい環境ということなのだろう。
「仕組みというより、これは純水晶と精霊の性質みたいなものか。流石にリリエーラさんも今の段階では気づけないだろうね」
「やっぱり、良くできてるんだねぇ」
「人工精霊については、もう完成された技術みたいなものだからね。仕組み自体は、本当に見事なものだよ」
クライヴは、一つの技術体系を作り上げたようなものだ。
生憎と、それが普及するということは無かったけれど――それは、心底から敬意を抱くべき事実だろう。
(リリエーラさんにも、それを実感して貰いたいところだね)
さて、彼女が人工精霊を完成させるまでには、後どれぐらい時間がかかるか。
そして、本当に何も問題なく、そこに到達することができるのか。
彼女の周囲状況を観察しながら、僕は静かにその情報へと目を走らせたのだった。




