018:郊外演習へ
郊外演習の日は、程なくして訪れた。
クラスメートの皆からは非難轟々、特に戦闘訓練に参加していないメンバーは断固拒否の姿勢だった。
それについては俺たちも同意見であり、当初の予定通り、戦闘訓練の参加メンバーだけがこうして馬車に乗り、都市の外へと向かっている。
ただ、毎回訓練に参加している俺たちだけというわけではなく、一部他のメンバーも今回の演習に加わっていた。
正直、彼らに関しては不安もあるのだが――そこは、目を光らせておくしかないだろう。
「改めてだけど……皆、申し訳ない。本当なら、君たちにこんなことはさせたくなかった」
演習に付いて来た先生は、そう言いながら頭を下げる。
戦闘能力は殆どない、誰よりも危険な状況にある先生は、そんな中でさえ俺たちのことを案じていた。
この人は本当に、心の底から教師で、大人なのだ。
「生き物の命を奪う仕事は、私たちの世界にだって存在する。だけどそれは、通常なら自ら選んで進んだ道だ。こんな、半ば強制するような形ではあってはならない」
「そう言わないでくれよ、先生。そりゃ確かに、積極的にやりたいってわけじゃねえけど……それでも俺たちは、自分たちで相談して決めたんだ」
「正直、私も好ましいとは思っていませんけど……避けては通れない道なら、このような形で練習できるのは、むしろ良いことだと思います」
剛志と飯島さんは、先生を慰めるようにそう口にする。
避けては通れない道、というのはその通りだと俺も思っている。
元の世界に帰るための方法は、俺たち全員の共通目標だ。
それを探すにあたって、あらゆる場所を探索する必要があるだろう。
いつまでも街に引き籠っていたのでは、何一つ変えることはできない。
――けれど、それでも。先生は、首を横に振った。
「それでもね、選択肢を奪うということは、私たち大人の怠慢なんだ。数多ある選択肢の中から選んだのなら構わない。けど、『そうせざるを得なかった』というのは、あってはならないことなんだよ」
「……先生が責任を感じているのは、わかりました。でも、先生が悪いわけじゃないでしょう?」
「僕も、同意見です。この状況は事故みたいなものだ」
鏡花ちゃんと、斎藤のその言葉。
先生はその言葉を受け、淡く笑みを浮かべながら目線を伏せた。
その表情の中にある感情は、俺でも読み取ることはできない。
そこにあるのは、言い知れない『重さ』だった。
「確かに、事故だろうね。でも、私は君たちの親御さんから、君たちの命を預かっている。君たちの全てを背負うのが、私の責任だ」
「っ……」
「……減った選択肢とはいえ、君たちは確かに自ら選んだ。それによる過ちも、後悔も、きっと生まれるだろう。けれど、そこから生じた問題は、必ず私が背負う。だから――決意したのなら、思い切り行ってきなさい」
ああ、これが、俺の知る箱崎先生だ。
あまりにも重い、大人としての覚悟。
これがあるからこそ、俺たちは皆、先生のことを信頼しているのだ。
これほどまでに本気で生徒に向き合ってくれる教師に、今まで出会ったことが無かったから。
(――絶対に、先生を失うことはあっちゃいけない)
そうなれば、俺たちはきっとバラバラになってしまう。
元の世界への帰還も、絶望的になってしまうかもしれない。
それだけは、絶対に防がなければならないことだ。
内心で、第二王子派への憤りを積もらせながら、俺は馬車の外へと視線を向ける。
街の外、郊外に広がる林はもう数分というところにまで近づいて来ていた。
* * * * *
「全員、整列! ここは既に魔物の生息域だ! 私語を慎み、周囲への警戒を怠るな!」
到着して馬車から降りた俺たちは、早速騎士の号令に従ってその場に整列した。
毎日戦闘訓練に参加している俺たちにとっては慣れたもので、すぐさま一列に並んで傾聴の姿勢を取る。
流石に、毎日は参加していないメンバーについてはそうもいかなかった様子だが、教官もそれをここで指摘してくるようなことは無かった。
号令しているのは、カーマイン騎士隊の隊長を務める、ライオス・ブライテッドという人物だ。
彼は派閥としては宰相派であり、今回の件については敵というわけではない。
隊長の指示であれば、とりあえずは従っていても問題は無いだろう。
「本日は通達した通り、魔物を相手とした戦闘訓練を実施する! つまり、これは訓練ではあるが、限りなく実戦に近い戦闘だ!」
改めて、そのような場所に立っていることを自覚して、気を引き締める。
今回は、命がけで魔物と戦うようなシチュエーションではない。
騎士たちが脇を固め、危なくなったらすぐに助けてくれる状態での戦いだ。
けれど、間違いなく実戦の――即ち、命のやり取りの雰囲気を肌で感じていた。
「とはいえ、いきなり武器で魔物と戦えとは言わん。今回は、魔法による攻撃で仕留めるように!」
こちらも、事前に聞いていた話だ。
都市の周辺というものは、騎士や探索者と呼ばれる人々が、魔物の間引きを行っている。
そのため、出現するのはそれほど強力な魔物ではない。
だからこそ、最初の戦闘経験を積む場所としては最適だった。
「行動は三人一組、それぞれに騎士隊のメンバーを付ける。騎士隊の指示に従い行動せよ!」
「……晃司君」
「ああ、もう一人は……剛志、いいか?」
「勿論、任せときな」
俺のグループは、鏡花ちゃんと剛志の二人。
そして、お目付け役として付いて来る騎士は――
「俺の担当は一番優秀な組か。期待してるぞ」
「よろしくお願いします」
普段の訓練でもよく見る騎士の一人。
そして――第二王子派である、ということを伝えられている人物だった。
警戒を抱いていることは悟られぬように、普段通りのにこやかな表情で挨拶に応じる。
普段は面倒見の言い、気のいい人物だ。
けれど、彼らが先生を狙っているというのであれば――絶対に、許すわけにはいかない。
「よし、それじゃあ魔物を探しに行くぞ。この辺りなら、大したもんはいないけどな」
「……普段は、皆さんが魔物の討伐をしているんですか?」
「この近辺は、あまり俺たちは出ないかな。ここまで俺たちが討伐すると、低ランクの探索者の仕事を奪うことになるから」
疎らな木々の合間を抜けながら、ゆっくりと周囲の探索を開始する。
そんな中で鏡花ちゃんが発した疑問に、彼は周囲を見渡しながらそう答えた。
探索者とは、いわゆる冒険者のようなものだと、裕也は言っていた。
まあ、俺はその冒険者というものが良くわからなかったのだけど――要するに、金で仕事を請け負う何でも屋ということらしい。
要するに、この辺りはその探索者たちの狩場だということなのだろう。
「そんな場所を独占してしまっていいんですか?」
「相応の金はギルドに払ってるからな。無いなら無いで、仕事を見つけることも探索者の仕事さ」
実際のところ、騎士たちと探索者たちは、それほど仲が良くは無いのだろう。
最低限の住み分けだけはしている、といったところだろうか。
色々と怪しいものではあるけれど――まあ、今は気にしないでおくとしよう。
それよりも、こっちはこっちで、さっさとノルマを達成してしまわなくては。
「……そろそろ、魔物の出現が多くなるエリアだ。準備はいいな?」
「ええ、いつでもどうぞ」
先導に従って、木々の多くなるエリアへと足を踏み入れる。
危険に足を踏み入れ、生き物の命を奪うために戦う。
けれど、それ以上に――先生を助けるという決意が、俺の意志を力強く支えていた。




