013:通信越しの再会
「……ふぅ」
訓練を終え、割り当てられた部屋に戻り、俺はようやっと一息ついた。
無理をしているつもりはない。自分にできることを、自分にできる範囲でしているだけだ。
それでも――やはり、気疲れのような物は感じてしまっていた。
(……魔法を使えるようになることは楽しい。できなかったことができるようになるのは快感だ。一歩一歩、前に進めている自覚もある)
俺が手に入れた固有魔法は、天光術という名前の魔法だった。
解析するアイテムでその名前が示されたとき、多くの人々が驚愕していたことを覚えている。
その魔法は、過去に名を残した偉大な騎士の使っていた魔法であると。
光を操り、自分自身の強化もできる。その力は確かに強力で、どんどんと強くなれている自覚もあった。
けれど――その日々の中でも、不安と焦りを拭い取ることができなかった。
「裕也……」
理由はわかっている。アイツが、親友である裕也がいないから。
いや、ただいないだけであれば別に良かった。
問題は、アイツの安否がわからないこと。無事であるという確信が得られないその事実が、俺のことを苛んでいた。
探る方法が無いこともわかっている。それでも、この思いだけはどうしても――
『やれやれ、辛気臭い顔してるね』
「――ッ!?」
思わず、耳を疑った。
いつまでも女々しいことを考えていたが故の幻聴だと。
けれど、その考えは、すぐに否定されることとなった。
『ほら、窓を開けてくれない? コイツはそこまで器用じゃないんだ』
「と、鳥?」
間違いなく裕也の声を発しているその鳥は、窓の外から俺へと向けて呼びかけていたのだ。
戸惑いを覚えながらも窓を開ければ、その小鳥は逃げることも無く自ら部屋の中へと飛び入り、机の上に着地して再び口を開く。
『久しぶりだね、晃司』
「裕也、裕也なんだな!?」
『声が大きいよ、他の人に聞こえる。僕がこうしていることは気づかれたくないんだ』
「またお前は……! 無事なんだな?」
『ああ、無事だよ、問題ない』
これ間違いなく、裕也の固有魔法によるものだろう。
動物を操る魔法だろうか。けれど、そう判断するには少しだけ違和感があった。
固有魔法はいずれも、個々人の個性にあった能力が発現していたように思える。
そう考えると、裕也と動物という組み合わせには違和感しか覚えない。
『今、この部屋に先生も呼んでいる。話は、先生が来てからするとしよう』
「……先生も、驚いたんじゃないか?」
『まあね、無理もないけど』
あっけらかんとした様子の裕也の声には、思わず半眼を向けてしまう。
けれど、数日前にはしていた筈のこんなやり取りすらも懐かしく、俺の表情はいつの間にか笑みに変わっていた。
と――ちょうどその時、俺の部屋の扉からノックの音が響く。
「天堂君、箱崎だ。少し話をできるかな?」
「あ、はい先生、どうぞ!」
机の上の裕也をそのままに、俺は急いで部屋の扉を開く。
そこには、少しだけ息を切らせた様子の箱崎先生の姿があった。
部屋に入ってきた先生は、机の上にいる鳥の姿を目にして息を飲む。
「やはり、都築君なんだね?」
『はい、先生。心配をおかけしてます』
「いや……でも、無事でよかった。武村さんは?」
『一緒にいますよ。安全は確保されていますので、そこはご安心を。正直、皆よりもこちらの方が安全な状況ですので』
果たして、裕也は一体どこにいるのだろうか。
安全は確保されているということだから、とりあえずは安心なのだけれど――それはそれとして、現状は気になるものだ。
『とりあえず、僕らの話はいいとして――今後のことを話しましょう』
「できれば合流してほしいんだが……口ぶりからして、その気は無いんだろう、裕也」
『まあね。今の状況の方が、都合がいいこともあるのさ。ともあれ、まずは皆が置かれている現状から情報を共有しましょうか――』
そう前置きをして語られたのは、俺たちが保護されているこのファレンジア王国の状況についてだった。
俺たちを保護してくれた王女様をはじめとした、それぞれの勢力の現状。
そして、俺たち異世界人が置かれている危険な状況について。
一体、どんな方法でその情報を集めてきたのか――それは気になったものの、まず対策が必要であることは間違いなかった。
『それを踏まえて先生、どう思いますか?』
「ふむ……都築君は、もう答えを出しているんだろう。なら私の意見としては、第一王子派との協力が望ましいと思うよ」
『やはり、先生もそう考えましたか』
「え……? 協力関係ということなら、宰相派じゃないのか?」
裕也と先生、二人の出した意見に、俺は思わずそう問いかけていた。
第一王子派は、こちらが関わってくることを望んでいないのではないのだろうか。
条件からして、協力しやすいのは宰相派なのではないかと思ったのだが。
そんな俺の疑問の言葉に、先生は小さく頷いてから話を続ける。
「そうだね……正直、その方が簡単ではある。しかしね、宰相派――つまり国王派という勢力は、最終的には第一王子派か第二王子派、どちらかの勢力と合流することになるんだ」
「あ……!」
『それがいつになるかは不明だけどね。しかし最悪のパターンでは、明日には突然状況が変わっているということもあり得る。そうなったとき、第二王子派が台頭してしまうと、皆の安全は途端に脅かされることになるんだ』
二人の解説に、思わず目を見開く。
宰相派と協力すること自体は簡単だろう。
しかし、そうして宰相派の勢力に俺たちが組み込まれた場合、第二王子派が合流してしまうとそちらに流されてしまう可能性も否定できない。
低い可能性かもしれないけど、全員の安全を考えるなら、大きなリスクであると言える。
『だからね、晃司。僕たちにとってベストなのは、第一王子派を勝たせることだ』
「このとき、第一王子派は私たち異世界人を政治に組み込ませたくないという考えもメリットに働く。宰相派の私たちへの要求を、ある程度弱めることにも繋がるんだ」
『まあ、交渉が難しいという点は問題として残っているけれど、彼らとて第二王子派に逆転の目を残したくはない筈だ。交渉自体は可能だと、僕は考えているよ』
第一王子派は、俺たち異世界人が国にかかわってくることを望ましく思っていない。
けれど、異世界人を利用して第二王子派が逆転すること自体も問題だと考えている。
つまり――
「俺たちが第二王子派に協力しないだけでも、第一王子派にとってはメリットになるのか」
『そうだね。場合によっては、第二王子派からの強引な勧誘を防ぐ約定を結ぶことも可能だろう』
今のところ、第二王子派がどのように動いて来るのかはまだわからない。
けど、強引な勧誘を仕掛けてくる可能性は、十分にあるように思えた。
けれど、それは俺たちにとって茨の道どころじゃない。誰がいなくなるかもわからない、地獄へ続く舗装路だ。
同じ考えに至ったのか、先生は深く溜息を吐き出しつつ声を上げた。
「……この話を、この時点で知れたことは幸運だった。私たちがもう少し力を付けていたら、第二王子派は動きを強めていた可能性が高いね」
『そうでしょうね……とりあえず、彼らの監視については僕の方で続けておきます。先生には、第一王子派との接触をお願いします』
「わかったが、接触の方法は調べられるかい?」
『勿論。明日には情報を届けます……先生には、危険を冒してもらうことになりますが』
「私は先生だからね、当然のことだよ」
何でもないと言わんばかりに笑って、先生はそう告げる。
けど、これは裕也の言う通り、かなり危険な活動になるだろう。
それでも、クラスの皆のためには、やらなければならない。
「……裕也、俺にできることは?」
『晃司、君はこれまで通り、可能な限り力を付けて欲しい。君が目立てば目立つほど、奴らの動きはわかりやすくなる。それに、宰相派の要求も満足させやすい筈だ』
「都築君、それは」
「いや、いいんです先生。俺も、そうしたいと思います」
俺に危険が及ぶからと、先生は裕也の提案を退けようとする。
だが、それこそ俺の望むところだ。皆の助けになるのならば――俺は、俺にできることを精一杯に成し遂げるだけ。
『それじゃあ、明日から作戦開始だ。この世界での地盤固め――これが成功すれば、格段に暮らしやすくなる』
「ああ、必ずや成功させて見せよう」
巣食っていた不安は欠片も残らず消え去り――燃えるような決意だけが、晴れやかに心を照らしていた。




