112:訪問者
「今回は危険の少ない仕事、って触れ込みだったのに……結局大ごとになっちまったな」
「ええ、本当にね」
「鏡花ちゃん、それで俺の方を見るのはやめてね」
戻ってきたファレンジア王国の街並みを馬車から眺めつつ、しみじみとそんな言葉を交わす。
剛志の言葉通り、想像以上の騒動となってしまった霊峰オルトスクでの仕事を終え、俺たちはこうして王国まで戻ってきたのだ。
帰りの道中は平和そのもの、特に何かに巻き込まれるようなこともなく、ここまで戻ってこれている。
それに関して鏡花ちゃんに少し驚かれていたのは、俺としては心外なところだった。
「皆はそれでいいだろうけど、ボクと天堂はむしろこれからが本番じゃない?」
「アトラフロス帝国か……突然、とんでもないことを言われたもんだね。まあ、それについてはどう動くにしても少し先の話だけど……和久井の場合、この後すぐじゃないかな」
「誰かが訪ねてくるって話でしたよね。この世界で、誰が和久井君を訪ねてくるんでしょうか?」
「人を訪ねてくるってことは、その人物は和久井君のことを知ってるってことだから……でも、外部の人間とはほとんど接触してないだろう?」
六錠さんと蓮杖君の疑問に対し、和久井は首肯して返す。
戦闘訓練に参加してはいるものの、和久井は探索者として活動しているわけじゃない。
そのため、外部との接触は最小限であり、この世界の住人からの認知も殆どない状態だ。
そんな彼に対し、果たして誰が訪ねてくるというのだろうか?
「うーん……あり得るとしたら、例の腕輪の関係者とか?」
「えー、譲れって言われても困るんだけどな。変身した時しか出てこないし」
「そもそも何で変身したら出てくるのかもよくわかってないよね」
鏡花ちゃんの指摘には、和久井も頷くしかない。
変身術を行使した時にだけ出現する『未完の剣聖』は、当然ながら魔法を解除すれば消えてしまう。
誰かにそれを渡すという行為そのものが不可能な状態なのだ。
腕輪の出自そのものは明らかになったものの、結局のところどうしてそれが変身時だけ現れるのかは不明な状態。
結局のところ、謎は解明されていないというのが実情だった。
「腕輪の関係者なら、ある意味好都合なんじゃないかな? その辺の謎も明らかになるかもしれないし」
「まあ、そうだよねぇ……正直、ボクの固有魔法だけ何でこんなことになってるのか、それはかなり知りたいし」
ある意味、裕也の固有魔法以上に奇妙な状況となっている、和久井の魔法。
その正体を知る人物が現れるのであれば、彼にとっても好都合なものだろう。
果たして、何が待ち受けているのだろうか――そんな思考を巡らせていたところで、横合いから声がかかった。
「ギルドも近いし、あーしらはこの辺で失礼させて貰うよ?」
「っと……そうでしたね。ありがとうございました、クロエルさん」
「いーっていーって、仕事だしね。色々と予想外なことが起きたけど、楽しかったよ。また何かあったら、指名してくれると嬉しいな」
箱崎先生からの言葉に、クロエルさんを始め四人の探索者は笑みと共にそう返してくれる。
こうして見ていると、彼女たちが人形だとは到底信じられなかった。
裕也はこれからも、こういった配下を増やしていくつもりなのだろう。
「お世話になりました。またいずれ!」
「あいよー、それじゃあね」
走行中の馬車からも危なげなく飛び降りて、軽く手を振りながらクロエルさんたちは去っていく。
彼女たちは裕也の手勢なのだから、何かあればまたいずれ会えるだろう。
ともあれ、ギルドの前を通り過ぎたのなら、城館に到着するまであと少しだ。
既に門も見えているし、久しぶりに皆に会うことができるだろう。
と――そんなことを考えていた、ちょうどその時だった。
「ん? 何か、門のところちょっと揉めてない?」
「ホントですね。何でしょうか?」
「あまり大きな騒ぎではなさそうだけど、どうする?」
鏡花ちゃんが気付いたその状況に、御者をしている本郷がそう問いかけてくる。
身を乗り出して見てみれば、確かに城館の門のところで、何者かが門番の兵士と揉めている様子だった。
流石に大きな騒ぎになるほどではないみたいだけど、いったい何が起こっているのか。
よくわからないけど――大騒ぎになっていないのであれば、互いに危険な行動をとろうとしているわけではないだろう。
近づいて、状況を確認してみた方がいいかもしれない。
「とりあえず、行ってみようか。何をしているのか、確かめた方がいいと思う」
「そうだね……この馬車は正面からしか通れないし、兵士たちが皆出てくるような騒ぎになっていないのなら、このまま近づくようにしよう」
「うっす、了解です」
箱崎先生の言葉に従い、本郷はそのまま馬車を走らせる。
そうして城館の門に近づいてきたところで、揉めている中心人物の姿がより詳細に見えてきた。
濃い紫色の髪をした、長身の男性。ここからは横顔ぐらいしか見えないが、どうやら海外の映画俳優のような、かなりの美形であるようだった。
そんな彼は、近づいてくる馬車の気配に気が付いたのかこちらへと振り返り――驚愕に、その赤い瞳を見開いた。
「もし、そこの方々! もしやそちらに、変身術の使い手である方はいらっしゃいますか!?」
その言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせる。
予告されていた、和久井に対しての訪問者。
それがまさか、こんなすぐに遭遇することになるとは思っていなかったのだ。
とはいえ、聖女様から予言された存在、それを無視するというわけにもいかない。
相手の正体はわからないが、話は聞いてみるべきだろう。
箱崎先生も同じ考えだったのか、頷いてから外へと顔を出し、その男性へと声をかけた。
「すみませんが、詳しく話を聞かせて貰ってもいいでしょうか?」
「……! ええ、勿論ですとも! 私に答えられることであれば、是非お伝えしましょう」
表情、声の感じ――どれを取っても、悪意があるようには見えない。
彼は純粋に、和久井に……というか、変身術の使い手に会いに来た様子だった。
しかし、何が目的なのかは未だに不明、詳しく話を聞いてみるべきだろう。
彼を留めていた門番たちは微妙そうな表情をしていたが、聖女様からの予言であることを聞けば引き下がらずを得ない。
そうしてその男性は、馬車に乗り込んで俺たちと共に城館の中へと足を踏み入れることになった。
「いやー、改めて近くで見ると、ホントにイケメンですね!」
「六錠、本当に失礼だぞ」
「いやいや、褒めてるんですってば!」
六錠さんのいつもの戯れであるが、しかし当の男性はまるで気にした様子もない。
それよりも彼は、乗り込むなり馬車の中を見渡して――その視線を、ピタリと和久井を捉えて止めた。
「おお……! どれほど、到来をお待ちしたことか」
間違いない。彼は、和久井が変身術の使い手であることを察している。
いかなる方法で固有魔法の種類を見分けたのかはわからないが、とにかく彼は既に確信を得ている様子だった。
そして彼は――迷うことなく、和久井の前に跪き、首を垂れた。
「え? は!?」
「三日月の従者、ノルトレット。貴方に再びお仕えするべく、こうして馳せ参じました。時間がかかってしまったこと、どうぞお許しください」
それは紛れもなく臣下の礼。
ここで初めて会う筈の彼は――その全身で、和久井に対する忠誠を示していたのだった。




