113:古の繋がり
「ええと、それで改めて……ノルトレットさん、でしたか。貴方は何者ですか?」
混乱がありつつも城館まで戻ってきた俺たちは、ロワン先生立会いの下、このノルトレットという人物から話を聞くことにした。
耽美とすら形容できるほどの、整った見た目。
その所作は隅々まで洗練されており、自分たちの方が場違いに思えてしまう程の優雅さを醸し出していた。
しかし、そんな中でも鼻に付くような態度は無く、彼は丁寧な姿勢で先生の質問に返答した。
「それについては少々説明が難しいのですが……そうですね。貴方がたは、『未完の剣聖』についてどの程度ご存じですか?」
「……大昔に、クライヴ・ハルツマンが作り上げた魔道具で、エスメラルダという人物の剣を生成したり、蓄積した経験を再現したりできる、っていう話だったけど」
変身していないため腕輪は出現していないが、和久井は自分の右手を見下ろしながらそう口にする。
クライヴ・ハルツマンの手記を見る限り、その機能に関して間違いはない筈だ。
そんな和久井の回答に、ノルトレットさんは心からの笑みを浮かべて手を叩いた。
「流石です、よくご存じですね。クライヴ・ハルツマンの作り上げた魔道具――その機能について、間違いはございません。ですが、まだ疑問に思われていることがありましょう」
「……どうして、変身術を使うと腕輪が出てくるのか、ってこと?」
「そう。そして、それこそが私の出自と関係のある内容なのですよ」
今の今まで謎だった、変身術と『未完の剣聖』の関係性。
それについて知っているという彼は、果たして何者なのか。
ここまで来ると疑問も我慢できなくなってきたのか、ロワン先生が横から声を上げた。
「貴方は、この変身術の謎についてもご存じなのですね?」
「そうですね。まずは、クライヴ・ハルツマンの手を離れた『未完の剣聖』の来歴についてお話ししましょう」
いい加減、彼の正体に関しての話になるのかと思いきや、再び『未完の剣聖』の話に戻ってしまった。
とはいえ、これも謎が多いし、和久井の固有魔法の謎にもかかわっている。
その話を無視するわけにはいかないだろう。
「完成した『未完の剣聖』は、エスメラルダの弟子たちに預けられました。しかしながら、誰がそれを扱うのかという争いには、決着がつかなかったのです」
「……エスメラルダの弟子は、それなりに数がいたんですね」
「ええ、その通り。そして、エスメラルダは教育者としても優秀だった。弟子たちも実力者揃いであり、それ故に中々決着もつかなかった」
自分に成し遂げられなかったことを、誰かに継承して貰いたい――それがエスメラルダの望みだった筈だ。
しかし、その弟子たちが争う結末にしかならなかったのだとしたら、何とも皮肉な話である。
「そしてそんな折、一人の高弟が『未完の剣聖』を持ち出し、出奔しました。ローエという猫の獣人であり、彼女は一人で武者修行の旅に出たとされています」
「ふむ……流れとしては、納得できる話ですな。剣聖の遺志を継ぐなら、それこそが正しい道だと判断したのでしょう」
「ええ、本当に。そして彼女は北へ北へと旅を続け――吸血種の領域へと辿り着きました」
聞き覚えのない言葉に、首を傾げる。
しかし、ロワン先生にはどうやら心当たりがあったらしい。
彼は驚愕に目を見開き、絞り出すように声を上げた。
「北端の、吸血種たちの国、フラッドムーン……! それほど昔から存在していたのですか!」
「ええ、そして……ローエが武者修行の相手として挑んだのが、クレセント家の戦姫と呼ばれた、エルメノーラ・クレセント様でした」
話を聞く限りだと、北の方に吸血鬼のような種族の国があって、ローエという獣人はそこの貴族に戦いを挑んだということだろうか。
吸血鬼なら強いのかもしれないけど、そもそもどういった種族なのかもよくわからないし、決めつけるのも良くないだろう。
とにかく、過去にそういった話があった、ということだけ受け止めるしかない。
「激闘の末、勝利したのはエルメノーラ様でした。そして、彼女は戦利品として『未完の剣聖』を手にしたのです」
ローエという獣人は、そこで亡くなったのだろうか。
わからないが、とにかく『未完の剣聖』は別の人間の手に渡ったということらしい。
「そして彼女は――己が固有魔法である変身術と組み合わせることにより、より深く『未完の剣聖』の力を引き出せることに気付いたのです」
その言葉に、俺たちは揃って和久井のことを見つめていた。
ようやく出てきた、変身術の名前。相当に昔の話だけれど、和久井以前にはそのような使い手が存在したということか。
「故に、彼女は自らの魂と、『未完の剣聖』を結合させました。変身術と紐づき、その腕輪の力を扱えるように。結果として変身の多様性は失われましたが、剣聖たるエスメラルダの姿と、戦いに明け暮れたローエの姿を手にし、その武技を我が物としたのです」
「えっと……それはつまり、ボクはエスメラルダだけじゃなくて、ローエにも変身できるってことですか?」
「ええ、その通り。腕輪に対し、こう命じてみてください――『黒猫の絶晶』と」
ノルトレットさんが告げた言葉に、和久井は半信半疑と言った様子ながらも立ち上がり、変身術でいつもの姿に変身する。
彼はその様子にも目を輝かせていたけれど、和久井は気にせずに腕輪を前方へと掲げた。
普段であれば、エスメラルダの姿に変身する場面。けれど、今回はそれとは異なる結果を得ようとしていた。
「――『黒猫の絶晶』」
唱えられた名と共に、腕輪からは青白い光が迸る。
和久井の体を包み込んだそれは――変身術の性質のままに彼の姿を書き換えて、古に失われたはずの姿を再現する。
次の瞬間に姿を現したのは、透き通った刀身を持つ二振りの短剣を持った、黒髪の猫獣人の女性の姿だった。
短めの髪の上で猫の耳はピンと立ち、その瞳孔は驚愕に細められている。
明確にこれまでとは異なる姿に、和久井は驚きを隠せない様子のまま自分の体を見下ろしていた。
「これが、ローエの姿……まさか、こんなことができるなんて」
「それこそが、変身術と『未完の剣聖』の真価。全ての使い手がそれを発現できたわけではありませんが、貴方は十分に親和性が高かったようです。さあ、どうかもう一つ唱えてください、『血染めの三日月』と!」
ノルトレットさんは、気が逸っている様子を隠しきれずにそう声を上げる。
話の流れからして想像はできる。恐らく、それこそがローエに勝利したというエルメノーラを示しているのだろう。
そして、彼は三日月の従者を名乗っていた。恐らくは、そのエルメノーラという人物の関係者。
だからこそ、会いに来たのだろうか……変身術を受け継いだ、和久井のことを求めて。
「……『血染めの三日月』!」
覚悟を決めた様子で、和久井は再び腕輪へと命じる。
次に腕輪から溢れだしたのは、血のように赤い光。それは腕から纏わりつくように和久井の体を包み込み――再び、その姿を変貌させていく。
服はドレスのような、しかし動きやすさを両立した服装へ。銀色の髪は長く流れ、その中に輝く瞳はルビーのように赤く。
そして――その手には、白く輝く三日月のような大鎌が握られていた。
その姿を目にして、ノルトレットさんは感極まった様子でその目前に跪き、首を垂れる。
「ああ……! 再び、貴方にお会いできる日をお待ちしておりました、エルメノーラ様!」
和久井は自らの体を見下ろし、そしてノルトレットさんへと視線を向けて――小さく、息を吐き出す。
その口から零れだしたのは、思わず背筋が伸びる程に涼やかな、美しい声音だった。
「ボクはあくまでも、和久井正義です。それは変わらない。けど……」
その口元に浮かぶのは、僅かな笑み。
和久井の表情の中には、どこか郷愁のような切ない色が込められていた。
「腕輪に宿るエルメノーラの経験が、貴方のことを覚えている。改めて話を聞かせてくれませんか、ノルトレット」
何百年という時を超えて紡がれたその言葉に――ノルトレットさんは、身を震わせながら頷いたのだった。




