111:助言への対応
「……予想はしてたけど、何ともまぁ」
晃司たちは帰還の途についている頃。
クロエルから送られてきた情報に、僕は思わずそう呻き声を上げていた。
今回、僕はかなり気を付けて調査活動を行っていた。
にもかかわらず、『天眼の聖女』からはあの反応だ。しかも、僕がいくつのラボを解放しているのかまで把握されていた。
それはつまり、霊峰オルトスクに到着する前から僕の状況を把握していたということなのだろう。
「相手が悪かったと言うべきか……正直、どのレベルで状況を把握されてるのかはわからないけど、気にするだけ無駄かもしれないね」
「ユウ君がかなり投げやりに……」
「流石にね……できる限りの対策をしてこの結果となると、行動があまりにも制限されすぎる」
正直、『天眼の聖女』に関してはもうそういう存在だと考えるしかない。
厄介なことこの上ないけれど、そのせいでこちらが身動きが取れなくなってしまっては本末転倒だ。
彼女の目については、もう諦めるしかないだろう。
「まあ、それはいいか。クロエル、直接『天眼の聖女』を目にした君の所感を聞きたいんだけど……どう感じた?」
『それちょっとざっくりし過ぎじゃない? まあぶっちゃけて言うと……あれ、たぶん固有魔法でもないよ』
「……というと?」
『マナの動きが全然感じられなかった。術式を隠してるとかそういうレベルじゃないね。仕組みからさっぱりだわ』
その言葉に、僕は思わず眉根を寄せる。
相手は千年以上前から存在している人物だ。気の遠くなるような研鑽の果てに、そういった技術を身に着けている可能性も無くはない。
けれど、顕霊であるクロエルにすらマナの動きを察知させないというのは考えづらい。
あらかじめこちらのことを調べ上げていたのか、或いは――
「……リシー、何か思い当たることはある?」
「いや、全く。魔法ですらない技術なんて、あたしにはまるで考えつかないわ。たとえ魔道具だとしてもマナの動きまでは誤魔化せないし」
「光属性のマナ偏重。あの環境を利用している可能性は?」
「無くはない、っていうか可能性はあるとは思う……けど、どう扱ったらその結果を得られるのかなんて、全くわからないわね」
どうやら、これに関してはリシーもお手上げということらしい。
正直、結論付けることは困難だし、かといってその調査のために『天眼の聖女』の周囲を調べることもできない。
全くもって、お手上げとしか言いようがなかった。
『ああ、ただ一つ……本当に、ただあーしの所感だけど、いい?』
「勿論、構わないよ。今は少しでも情報が欲しいところだからね」
『了解。まあ、全然確証も何もない直感なんだけど……『天眼の聖女』って、ホントにハイエルフなのかなって』
クロエルのその言葉に、僕ら三人は思わず顔を見合わせた。
千年以上の昔から生きていた『天眼の聖女』は、ハイエルフであると言われている。
確かにそこまでの長命種となると、実質的に寿命の存在しないハイエルフぐらいなものではあるのだ。
しかしながら、それが直接確認されたというわけではなく、種族自体が謎であることは事実だ。
それならば――果たして、『天眼の聖女』とは何者だというのか。
『いや、ホントにただの感覚的な話なんだよ? ハイエルフって要は、人間版の霊獣みたいなもんでしょ』
「かなり無茶な言い方だけど、実質的には確かにそうだね」
『その割にはさ、そこにいるだけでマナに干渉してくるような感覚は感じなかったんだよね。自力で抑えてると言われたら、それもできそうではあるけどさ』
「ふーん……リシーちゃん、『天眼の聖女』のことって、エルフの間でどう認識されてるの?」
エリちゃんの言葉に、リシーは軽く肩を竦める。
その表情は、何とも曖昧な感情を湛えたものだった。
「彼女、自分の氏族どころか名前も名乗らないでしょう。だから、ハイエルフだって話だけが先行して、どこの誰なのかがさっぱりわからないのよ」
「エステラも氏族の名前は名乗らなかったけど、ハイエルフってそういうもの?」
「別にそんな決まりがあるわけじゃないわ。ただ……エステラ様は出身氏族が大きい顔をするのが煩わしいからってことで、ずいぶん昔から名乗るのをやめたらしいけど。今もその氏族が残ってるのかは知らないわ」
そういう事情がある場合、『天眼の聖女』も氏族を名乗らないこと自体は納得ができる。
ただ――顕霊であるクロエルが感じた感覚も、考慮に入れるべきだろう。
しかし、仮に彼女がハイエルフではなかったとして、果たして何者だというのか。
『まあ、わからない以上は気にしても仕方ないんじゃない? どうしたって、結論は出ないだろうし』
「……確かに、『天眼の聖女』は敵というわけじゃない。召喚者に活躍してほしいことは事実みたいだしね」
晃司たちに向けて授けた助言は、間違いなく積極的な活動を期待してのものだ。
特に晃司に対しては、具体的に行先まで示している。
召喚者の活動に対して、何かしらの期待を寄せていることは間違いないだろう。
そうである以上、彼女がこちらに対して敵対的に動くとは考えづらい。
「今の段階で、『天眼の聖女』の正体を探ることは難しい。とりあえずは、その思惑に乗って動くしか道は無いか」
「助言された第四と第五の解放って……どう考えても、ラボのことだよね? 第四ラボって確か、大きな工場だって言ってたけど」
「そうだね。そして、そこで作られた乗り物がないと、第五のラボに到達することはほぼ不可能だ」
果たして、『天眼の聖女』はその辺の事情すらも把握しているのだろうか。
わからないが、そのどちらのラボも僕にとっては必要な施設であると言える。
思惑がどこにあるのかは不明なものの、その通りに動くこと自体も都合は悪くないのだ。
「ユウ、その第四のラボっていうのは一体どこ?」
「これも『天眼の聖女』の描いた絵みたいでちょっと気持ち悪いんだけどね……アトラフロス帝国南方の外洋。そこにある小さな無人島を、丸ごと基地として改造しているんだ」
僕の回答に対し、エリちゃんとリシーは揃って目を丸くする。
流石に、島一つが丸ごとラボになっているとは考えていなかったらしい。
その事実に驚愕していたエリちゃんは、次の瞬間には目を輝かせながら声を上げた。
「それじゃあ、南の島でバカンスってこと!?」
「まあ温暖な気候だし、今の時期なら海水浴も可能だとは思うけど……ちゃんとしたビーチがあるかどうかはわからないよ?」
「あった時に準備してないと困るからね! 服を作る機械を借りるよユウ君! アイちゃんも手伝って!」
「……承知いたしました」
喜色満面で走っていくエリちゃんの背中を見送って、思わず苦笑を零す。
果たして、のんびりとバカンスをしている暇があるのかどうか――まずは、その辺りの事情を確かめてみなければならないだろう。
「……ブライト、アトラフロス帝国への調査の手は?」
『現状では最低限です。詳細な状況までは調査しておりません。ただし……国内が不安定な情勢にあることは事実のようです』
「ほう、その理由は?」
『皇帝が病床にあり、後継者争いが激化しています』
「またその類なのね。どこもかしこも、身内で争ってばかりじゃない」
呆れを隠そうともせずに、リシーはそう言及する。
正直、僕としても同じような感想ではあるけど――さて、果たして『天眼の聖女』は何を見て晃司を向かわせようと思ったのか。
「……詳細に調査をする必要がありそうだね。手を増やすよ、ブライト」
『承知いたしました』
さて、果たしてアトラフロス帝国で何が起きようとしているのか。
第四ラボ解放の準備と合わせ、そちらの調査も進めておくこととしよう。




