110:聖女の告げる神託
「さて……皆様をこの場にお呼びした目的は、二つあります」
精霊教会のトップとの面会に緊張を隠しきれずにいる俺たちだったが、当の聖女様はまるで気にした様子もなく話を続ける。
立ちっぱなしで、互いに席なども用意されておらず、そもそも謁見の場としてはあまりにも質素な小聖堂。
しかし、そんなことなどまるで意に介した様子もなく、聖女様は鈴を鳴らすような声を上げる。
「一つは、我々精霊教会の者が皆様にご迷惑をおかけしたこと。こちらは、私も正式に謝罪させていただきたいと思います――ご迷惑をおかけ致しました」
「は、はい……それについては後程、ファレンジア王国より連絡させていただく予定です。聖女様より直接謝罪のお言葉を賜ったことにつきましては、確実に伝えさせていただきます」
「そうですね。よろしくお願いします」
箱崎先生の言葉に対し、聖女様はまるで気にした様子もなく頷く。
多少なりとも精霊教会にとっては不都合な動きであると思うのだけど――どうやら彼女は、本気で意に介していないようだった。
ローデリヒ大司教一派の動きについては、知った上で放置していたということなのだろうか。
彼女の能力からして、それもあり得るように思えてきた。
「そして、もう一つの用件です。私としては、こちらが本来の目的となります」
「……それは?」
「お呼びした皆様に、私からの助言を提示します。それに従うかどうかは皆様次第ですが……一つの指針としていただければと、そう願います」
聖女様から告げられたその言葉に、俺たちは息を飲んで顔を見合わせた。
精霊教会を動かし、そして世界各地に通達される、『天眼の聖女』がもたらす神託。
正直なところ、その実態は全くわからないためどのような内容になるのかは不明だけど、興味があることは間違いない。
「よろしいのですか?」
「ええ、対価も必要ありません。貴方がた召喚者に、それを伝えるのは必要なことでありますので」
確信した口調で、聖女様はそう告げる。
大昔から、この世界を見守ってきた存在。
これまで呼び出されてきた召喚者たちのことも、全て知っているということなのだろうか。
そんな彼女が、召喚者という存在に対してどのような感情を抱いているのかはわからないが、彼女の助言は間違いなく有用なものだろう。
「では――」
聖女様の手が、ゆっくりと持ち上がる。
虚空に線を描くように指先は中空をなぞり――その指先は、まず栗原先生へと向けられた。
「その紋章は、使える者が使うべきでしょう。有効に活用することです」
その言葉を耳にして、栗原先生は己の胸元へ――そこに掛けられた、精霊教会の紋章へと視線を落とす。
聖女様は、栗原先生以外がそれを使ったとしても問題ないと、そう告げているのだろうか。
しかし、疑問を口にする間もないまま、彼女の指先は本郷へと移る。
「霊獣との絆を、より深く結びなさい。いずれ、大いなる力となるでしょう」
「ハクロのことも……!」
その言葉に、本郷は驚愕に目を見開く。
しかし、彼の言葉には答えず、ヴェールの奥で瞳を輝かせている聖女様は、そのまま指先を蓮杖君、六錠さんへと向ける。
「結界、そして封印。貴方がたの力は、困難を打破する鍵となる。学んだことを、より磨きなさい」
「か、解釈の拡大のことでしょうか……?」
「そんなことまで、見えているというのか……!」
二人に告げられた言葉は、術式の解釈拡大に関するものだろう。
今回の旅で、二人はそれを習得することができた。
しかし、それがどのように今後に繋がっていくというのだろうか。
果たして、彼女には何が見えているのか。
そんな俺たちの困惑を他所に、聖女様の指はさらに横へと動く。次に向けられた先は、剛志だった。
「己が直感に、従いなさい。それが、先へと進む一歩に繋がります」
「……うっす」
剛志は、深く考えることをやめたのだろう。
考えたところで理解できないなら、相手の言葉をあるがままに受け止めることに決めたらしい。
ある意味、それは最も正しい考え方のようにも思えた。
「……王国に戻った際、貴方を訪ねてくる者がいます。そこから、多くを学ぶがよいでしょう」
「え、何かちょっと具体的?」
少しだけ違っていたのは、和久井に対しての神託だった。
召喚者をではなく、和久井を指名して、訪問者がやってくるというのだ。
果たして、それは何者なのか。詳細は不明だが、他に比べれば具体性の高い内容であると言える。
それに関しての困惑はありつつも、聖女様の指は止まることなく――鏡花ちゃんを指し示す。
「既に、己が術の先は見えているようですね。迷うことなく、先へと進むことです」
「……! ありがとうございます、聖女様」
どうやら、鏡花ちゃんが術式について悩んでいることも、聖女様にはお見通しだったらしい。
だが、鏡花ちゃんもようやく、進め方の方針は掴むことができたらしい。
聖女様によってそれを保証され、鏡花ちゃんは表情を綻ばせていた。
そして、聖女様は口元に僅かな笑みを浮かべつつ――その指を、箱崎先生へと向ける。
「責務に対する姿勢だけでなく、己にも目を向けなさい。足りぬ手は、かの後継者を頼ることです」
「……! それは、まさか」
箱崎先生は、驚愕に声を零す。
抱いた驚愕については、俺の方も同じだった。
聖女様が指摘したのは、まず間違いなく裕也に関してのことだろう。
俺たちですら位置を掴めないあいつのことを、彼女は既に認識していたというのか。
――それを裏付けるかのように、彼女の指はクロエルさんへと向けられた。
「――第四、第五の解放を目指しなさい。近く、機会はあります」
「……マジ?」
クロエルさんが絞り出すように口にした言葉は、果たしてどれだけの意味を含んでいたのだろうか。
聖女様が裕也のことを捕捉していることか、例のラボの状況まで把握していることか――或いは、自分自身の正体すらも把握されているであろうことか。
その全てが、裕也が思いっきり顔を顰めるであろう事実だろうけど、それだけ聖女様の能力が強力だったということだろう。
それほどまでに、彼女の力は想像を絶していたということだ。
内心の驚愕は抑えきれないままに――彼女の指先は、俺へと向けられる。
「アトラフロス帝国を目指しなさい。貴方の力を必要とする場面が、そこにあります」
「……!」
和久井への助言並みに――否、それ以上に具体性が強い、その神託。
アトラフロス帝国は、大陸南東部に位置する大国だ。
大陸東部の魔族領域とも接触しているため、戦いの絶えることのない国。
果たして、そこに何があるというのか。しかし、詳細に語るようなことは無く、聖女様はゆっくりとその指を降ろした。
「私から伝えるべき言葉は、以上です。従うか、無視するか――それは、貴方たちの選択に委ねましょう」
「……意味を問いたいものも、いくつかあるのですが」
絞り出すような箱崎先生の言葉に、しかし聖女様はゆっくりと首を横に振る。
どうやら、質問に対する回答はしない、ということらしい。
疑問は尽きないものの、『天眼の聖女』の言葉を無視するということもあり得ない。
特に、俺や和久井のような具体的な内容の神託は、無視してしまうのは危険だと言えるだろう。
「ありがとう、ございました。私たち自身で、いただいたお言葉を考えてみることにします」
「ええ、それが良いでしょう。私は……貴方がたが先へと進み、再びこの場所で相まみえることを、楽しみにしております」
ヴェールの奥で、彼女は笑う。
彼女には、いったい何が見えているのか。その先で、何を望んでいるのか。
こうして直接相対してなお謎のままではあるけれど――
(……裕也に、調査を依頼するか)
一つの指針は、こうして示された。
それを調べたうえで、進むべき道を決めることとしよう。




