109:天眼の聖女
「あー……この光景を録画でしか見られないだなんて! 全く、こんなことは今回限りにしたいもんだよ」
「そういうこと言って、本当に大神殿の結界を何とかする方法考えそうだよね、ユウ君」
「それはまあ、いくつか案を出そうとはしてるけど……すぐにはどうにもならなそうだね」
半眼を向けてくるエリちゃんの言葉に、僕は肩を竦めながらそう返す。
グレゴール・マクスを相手に晃司が戦っていた、その映像。
蓮杖君たちの術についても中々興味深いけど、やはりそれ以上に衝撃だったのは、晃司が解釈拡大によって新たな術式を手に入れたことだ。
「天光術……天の光を冠する術。だからこそ、空にある光からイメージを広げたってことだね」
「何か、それぞれ全く違う効果だったよね。同じ固有魔法とは思えないぐらい」
「汎用性の高い魔法だからこそ、一部に特化させることによって全く別の物に変化させたんだろうね」
陽の光、月の光、星の光。その三種をイメージ元として、晃司は新たな術式を作り上げた。
光を操る魔法であるという前提は変わらない。けれど、その効果は全く別のものだ。
「最初に使った、〈星光〉という術式。あれは恐らく、空間転移に特化した術式だね」
「光のマナ特性だから、空間を操る魔法自体は不思議じゃないけど……これまでの術とは全く違うのに、そんなことができるんだね」
「それを言い出したらエリちゃんだってそうだと思うけど。むしろ、闇属性の魔法でどうやって空間転移を実現したの?」
「えー、何かできそうだったから……」
エリちゃんは魔法を扱えるようになってすぐの段階で、影を使った空間転移を操れるようになっていた。
闇影術という固有魔法の基本的な機能であると言われればそれまでなのだけど、影を操る魔法と言われるとちょっと疑問が残る。
エリちゃんは、闇や影というものに対して独特の解釈をしているのかもしれない。
本当に、魔法に関してとんでもないレベルの天才だと言えるだろう。
「星の光、星座を道標と解釈して、それを転移術式の解釈に応用した。属性は合ってるんだから、イメージさえ掴めれば構築は不可能じゃないってことだね」
「何か相手の攻撃も逸らしてたけど?」
「空間に干渉する魔法だからね。それも不可能じゃないだろうさ」
術式の解釈的には、転移の道筋を作り上げるというものだろう。
入口を作ってやれば、入ってきたものは出口へと向けて移動する。
それは、相手の攻撃とて同じであるということだ。
「それで、〈月光〉という術式は……恐らく、幻影の魔法だろうね」
「幻惑とかはどっちかって言うと闇属性なのにー……」
「闇属性は相手の意識に干渉するタイプだけど、晃司のはあくまで虚像を作り上げる方向性だろうね。光の屈折に干渉して透明化したり、自分の位置を誤認させたり、そういうことができるんだろう」
映像を操るのは、光本来の性質であるとも言える。
それは、日々姿を変えてゆく月をイメージして作り上げられた術式ということなのだろう。
転移まで織り交ぜた高速戦闘の中では、虚像による幻惑もかなり有効だと言える。
晃司がそこまで狙っていたかはわからないけど、間違いなく効果的だろう。
「そして最後に使ったのが〈陽光〉。これはわかりやすく光の攻撃魔法だったけど、熱を伴う光っていう性質だったようだね」
「こっちはこれまでの魔法に近い感じかな?」
「そうだね。とはいえ、どの程度の熱まで実現できるのかは未知数だし、晃司がどこまでやってくれるのかに期待だね」
それぞれ、使った魔法の数はまだまだ少ない。
正直、解釈の拡大によってどこまでできるようになったのかはまだまだ未知数だ。
今後のさらなる成長を、是非とも期待させて貰いたい。
そんな僕の上機嫌な様子に、エリちゃんは相変わらず頬を膨らませたままだったけれども。
「むー……エリ、実験場行ってくる! 魔法の練習してくるから!」
「えっと……うん、頑張って。期待してる」
「任せて! 凄い魔法作ってくるから!」
バタバタと作業室から出ていくエリちゃんを見送って、思わず苦笑を零す。
まあ、余計なことは言わない方がいいだろうし――実際、エリちゃんなら直感的にとんでもない魔法を作りかねない。
それはそれで楽しみだし、こちらも期待させて貰うとしよう。
「さてと……何はともあれ、今回の件はおおよそ解決か。後は……『天眼の聖女』との、面会ってことだね」
果たして、かの聖女様は何を伝えるつもりなのか。
直接その様子を確かめることはできないけれど、重要な情報を伝えられることは間違いないだろう。
できればクロエルたちも同行させて貰いたいところだけど、果たしてそれが許されるのかどうか。
どちらにしても、その様子だけは確認させて貰うこととしよう。
* * * * *
神殿騎士のフローエさんに案内され、俺たちは大神殿の建物を上へ上へと昇っていく。
ただ上に向かっているだけなのだが、構造は微妙に複雑で、階段を一本道で登っていくことができない。
あちこち廊下を進み、それぞれ別の場所にある階段を使わなければ上の階に進むことができないのだ。
どうしてそんな構造にしているのかは疑問だけど――
「フローエさん、どうしたここはこんなに階段が分散してるんですか?」
「当然の疑問ですね。ここは、古より聖女様が住まわれていた場所なのです。あの方をお守りするため、聖女様の元に辿り着く道は複雑化しています」
「成程、昔からこの構造だったんですね!」
相変わらずのジャーナリスト魂で、六錠さんが抱いた疑問を放置するはずもない。
とはいえ、俺たち全員が抱いていたであろう疑問の答えは、あっさりと回答して貰えたわけだ。
聖女様――『天眼の聖女』は、ずっと昔からこの上で暮らしていたということなのだろう。
「とはいえ、ここまで複雑ではありましたが、ここから先はただ登るだけです。付いて来てください」
どうやら、最上部はもう間もなくであるらしい。
外から大神殿を見たときにも確認できた、中央に聳える塔。
その螺旋階段に入り、俺たちはそのまま最上階へと向けて進んでいく。
「今更だけどさぁ、あーしも来て良かったの? ただの護衛だけど?」
「聖女様は、貴方もご指名だ。とはいえ、全員ではなく貴方一人だがな」
「まあ、あーしらも全員呼ばれたらそれはそれで怖いけどさぁ? 後でエルセナが煩そうなんだよねぇ」
ぽりぽりと頭を掻いているのは、何故か同行を許されたクロエルさんだった。
召喚者ではなく、立場としては俺たちの護衛である筈の彼女。
その筈なのに、聖女様からの呼び出しにはなぜか彼女も含まれていたのだ。
それも、精霊教会の信徒であるエルセナさんではなく、彼女が。
その意図も不明ではあったものの、呼ばれた以上は応じないわけにもいかず、こうしてクロエルさんも付いて来ているのだ。
「無駄話はここまで。この先で、聖女様がお待ちです」
その言葉と共に、俺たちは塔の最上階へと辿り着く。
そこは、組織の長がいると考えると、随分と質素な造りの扉に隔てられた空間だった。
困惑は隠しきれないものの、フローエさんの言葉の中に嘘は感じない。
この先に聖女様がいるのは間違いないのだろう。
「聖女様、召喚者の方々をお連れしました」
『はい、お入りください』
扉越しでもわかる、透明感に満ちた澄んだ声。
ただ一言で背筋が粟立つのを感じながら、俺たちはフローエさんの案内に従って部屋の中へと足を踏み入れた。
そこは、精霊教会の総本山とは思えない程の、小さな聖堂。
その中央で待ち構えていたのは、顔をヴェールで隠した一人の女性であった。
「お待ちしておりました、此度の召喚者の方々」
その言葉と共に、彼女は僅かに顔を上げる。
口元だけが覗くその顔で、しかし確かにその視線の気配を宿しながら、彼女は告げる。
「私が、『天眼の聖女』と呼ばれる者です。どうぞ、お見知りおきを」




