011:クラスメートたちは
この世界に召喚されて、数日が経った。
俺たちを保護してくれたのは、ファレンジア王国という国の王女様であるらしい。
彼女は、異世界からの来訪者である俺たちを保護することが仕事であると、そう語っていた。
正直、その真意や事情までは把握できていないため、警戒せざるを得ない状況ではあるけれど――残念ながら、他に道はない。
箱崎先生は、危険を承知のうえで、王女様の提案に乗ることにしたのだった。
そうして連れてこられたのは、このカーマインという街。このファレンジア王国の中でも、比較的規模の大きい都市であるという。
赤いレンガを基調とした街並みは、確かに活気があるように思えるけれど、俺たちはまだあまり外には出ていない状況だった。
慣れていないというのもあるが、まだこの世界の常識については全く知らない状態だ。
そんな状況では外に出すわけにはいかないと、先生が制限しているのである。
しかし――
「――ただ、いつまでも保護だけを続けるというわけにはいかぬのですよ」
「ガーランド様。その話は、前にもした筈です」
廊下を歩いていた俺の耳に届いたのは、そんな声だった。
咄嗟に息を潜めて耳を澄ませば、部屋の中からは聞き覚えのある声と、知らない老齢の男性の声が聞こえてくる。
「保護に際して、我々に何かを求めることは無い。そのようにお聞きしましたが?」
「精霊教会としての意見はその通りでしょう。しかしながら、実際に金と設備を出しているのは我らファレンジア王国です。殿下もそれはご存じの筈ですね?」
「ガーランド様、教会の意向に背くというのですか」
「滅相もございません。ですが、異世界人の方々にも立場というものがございます。よもや、今の無為な生活を続けるつもりではありますまい」
どきりと、心臓が跳ねる。
異世界に来て数日。最初の内は、戸惑いと生活に慣れることで精一杯だった。
けれど、生活のリズムが確立するに従って、漠然とした不安が生まれ始めて来ていたのだ。
本当に、このままでいていいのか、と。
「皆様は、無理やりこの世界に連れてこられた被害者です。そんな彼らに、何かを強要することなど――」
「強要など致しませぬよ。ただ、何もせずにいるというのも不健全というものでしょう。いかがですかな、希望者の方に、我らの斡旋する仕事をこなしていただくというのは」
「……危険な仕事に対しての従事は、許可できません」
「勿論、安全には配慮いたしますとも。今の貴方がたに可能な仕事を持ってくるつもりです」
老齢の男性からの言葉に、先生は思い悩んでいる様子だった。
先生自身、このままでいいとは考えていなかったのだろう。
何かしらの活動をしていた方が、精神的な安定も保ちやすいと思っていた筈だ。
ただ、このガーランドという老人ことが信用しきれない。
本当に危険は無いのか――その疑問が、どうしても付き纏っていた。
「であればガーランド様、それは私が検閲しても問題はありませんね?」
「ええ、勿論ですとも、殿下」
「では……ハコザキ様、私が問題ないと判断したものを斡旋する――それでもよろしいでしょうか?」
「それであれば、了承いたします。ありがとうございます、王女殿下」
「いえ、それが皆様のためになるのであれば」
どうやら、王女様が間に挟まることで危険を避けるということらしい。
俺たち生徒の間でも、王女様に関しては信用しているメンバーは多かった。
あの人は俺たちに対して本当に親身になってくれているし、可能な限り配慮もしてくれている。
王女様が間に入ってくれるならば、問題のあるような仕事は回ってくることはないだろう。
「しかし、仕事をこなすにしても最低限の能力は必要です。魔法の習熟については皆様も意欲的ですし、そこに不安はないとは思いますがね」
「……やはり、魔法の習熟は必要ですか」
「ええ、流石に。魔法が無ければ、できないことはあまりにも多いですからなぁ」
この世界に連れてこられて困惑が続いている俺たちではあるが、魔法の習得という点については全員で意見が一致していた。
皆が皆、魔法という力に興味を抱かずにはいられなかったのだ。
そのため、魔法に関しての講義には、全員が余すことなく参加していた。
それが彼らの思惑の内だったとしても、避けることはできなかっただろう。
「やはり、全員が固有魔法を使えるというのは驚異的でありますな」
「ええ……しかし、ご存じとは思いますが、固有魔法の習熟には教師を付けられない。あの子たちが自分の魔法を把握するには、まだしばらくの時間が必要です」
「仕方ありません、まずは基礎的な魔法の練習をしていくしかありますまい……仕事については、時機を見て持ち込むと致しましょう」
話が終わり、席を立つ気配を感じる。
俺はすぐにその場を離れ、廊下の角から部屋の様子をうかがった。
出てきたのは、騎士を連れ立った壮年の男性。立派な口髭を蓄えた彼は、ちらりと周囲を見渡してから、ゆったりとした足取りでその場を去っていった。
続いて、先生と王女様、そしてそのメイドが部屋から出てきて、少し言葉を交わしたのちにそれぞれ別の方向へと歩いていく。
そんな先生へと向け、俺は小走りで駆け寄って声をかけた。
「先生!」
「……! 天堂君。ひょっとして、話を聞いていたかい?」
「すみません、歩いていたら聞こえてしまって」
「いや、構わないよ。皆にも話はしないといけないことだったからね」
頭を下げる俺に、箱崎先生は苦笑しながらそう返してくれた。
朗らかに笑う先生だが、その笑顔の中にはやはりどこか疲れの色が見て取れた。
仕方ないだろう。先生は今、俺たち全員の命を背負っているようなものだ。
その不安と負担は、想像もできないレベルだ。
(もし、先生が付いて来てくれていなかったら……)
果たして、俺たちはいいように利用されても、それに気づくことができただろうか。
ストッパーとなってくれる先生がいてくれたことは、本当に幸運だった。
「とりあえず、だけど……魔法の習熟と称して、ある程度は時間を稼ぐことができるだろう。けれど、この国の仕事に従事しなければならないのは避けられない」
「……今更ですけど、さっきの人は何者だったんですか?」
「彼は、この国の宰相閣下だ。いわば、国王陛下の側近だね……だからこそ、王女殿下にあれほど強気に出られていたんだ」
その言葉に、思わず息を飲む。
そこらの貴族であったなら、王女様はその意見を突っぱねることができたかもしれない。
しかし、それほどのビッグネームが相手となると、話を聞かざるを得なかったのだろう。
「そんな人が、俺たちに目を付けているんですか?」
「彼が直接接触してきたということは、恐らくは国王陛下も私たちの動向を意識しているということなんだろうね。その思惑がどこにあるのかまでは、まだわからないけれど」
無理もない、ことなのだろうか。
まだ、この世界にとっての異世界人の価値が良くわからないため、何とも言えない。
少なくとも、勇者として魔王を討て、なんてありきたりな要求はされなかったけれども……何か、大きな思惑が仕掛けられている気がしてならなかった。
――だからこそ、俺は覚悟を決める。
「先生。もし、戦わないといけないような仕事が来たなら、俺が行きます」
「天堂君、それは――」
「誰かがやらないといけないことなら、俺がやりたいんです」
魔法の練習は続けている。その中で、俺自身の固有魔法についてもある程度は見えてきた。
恐らく、クラスの中でもっとも戦えるのは俺だ。
もし戦う必要があるのなら――皆のために、俺が戦いたい。
「きっと裕也も、そう言うだろうから」
「……天堂君、都築君のことは」
「大丈夫です、アイツならきっと。先生は、武村さんのことを気にしてあげてください」
――実際のところ、裕也がいない状況は不安だった。
あいつもこちらに来ているのだろうか。もし来てしまっているなら、安全は確保できているのだろうか。
きっと上手くやるだろうとは思うけれど、どうしても不安は拭えない。
せめて、一緒に召喚されて来ているのかどうかの答えは欲しい。
そんな思いを抱きながら廊下を進み――俺は、ふと振り返った。
「天堂君?」
「……いや、何でもないです」
視線を感じた気がしたけれど、誰の姿もない。
気を取り直し、俺は改めて、訓練場の方へと向けて足を進めたのだった。




