010:古の工房
『――どうぞ、お入りください』
空気を読んでいたのか何なのか、この声は僕とエリちゃんの話が終わるまで待ち、その上で僕らを先へと案内した。
流石に、ずっと観察されていたと思うと少し気恥しいのだけれど――あまり、気にする必要はないか。
この声の主に、そんな情緒なんて存在しないだろうから。
ドームの端にある、入ってきた側とは別の扉。
そちらへと向けて右手をかざせば、今度は魔力を入力する必要すらなく扉は開いた。
どうやら、『マスターキー』という名前は決して誇張ではないようだ。
『元々、こちらは運用実験室として用いられていたエリアでした。今回は貴方の試練のために使用しましたが、今後は実験室として運用可能です』
「機甲術で作ったアイテムを試す場所、ってことね。それじゃあ、この部屋は――まあ、見た目の通りか」
声の案内の元、辿り着いた場所。
そこは、一言で言えばエントランスホールのようなエリアだった。
中央には円形のオブジェのような物、そこを中心として、四方向に向けて扉が続いている。
僕らが入ってきたのは、そのうちの一つの扉だった。
『改めまして、歓迎いたします。クライヴ・ハルツマンの後継者。貴方の訪れを、千年もの間お待ちしておりました』
「……今更だけど、君は何者?」
『私は、クライヴ・ハルツマンにより生成された人工精霊――そこから進化した、顕霊となります』
「けんれい? って何?」
精霊はともかく、そちらは意味が分からず、エリちゃんが疑問を口にする。
これについては僕も同意見だ。言葉は通じるが、意味が通じないということもあるらしい。
僕らの問いに、顕霊と名乗った声は口調を変えぬままに続ける。
『単純に申し上げれば、顕霊とは自我を持った精霊です。精霊とは本来自我を持たぬ、マナに由来する自然現象ですが、顕霊とはそれが何らかの要因によって自我を獲得した存在となります』
「意志を持った自然現象……?」
『肯定します。その認識に、間違いはありません』
思わず、頬を引き攣らせる。
自然現象と言っても、大なり小なり様々だ。
ただ風が降ったり、雨が降ったりという程度ならまだいいだろう。
もし、台風やハリケーンが自我を持っていたとしたら――恐ろしいなんてものじゃない。
「じゃあ、貴方のお名前は?」
『ありません。私が自我を獲得したのはクライヴ・ハルツマンの没後です。そのため、私に名を付ける者は存在しませんでした』
「自分で決めちゃっても良かったのに。ユウ君、名前を付けてあげようよ」
「……君が今後、僕らの手助けをしてくれると言うのであれば、名前を付けた方が話しやすいだろうね」
『肯定します。後継者の捜索の後は、その補佐が私の仕事となります』
まあ正直、この声の主には色々と困らされたもの事実なのだけれども。
とはいえ、異世界で活動するにあたって、その深い知識を有する存在が力を貸してくれるのはありがたい。
素直に、顕霊を名乗る彼女には協力してもらうこととしよう。
「それなら……アイというのはどうかな? 人の手によって生まれた知性を示す名前だ」
『――承知いたしました。それではこれより、私はアイと名乗ります』
少し皮肉を交えていることは否定できないが、名は体を表すとも言う。
これほど、彼女のことを端的に示す名前も存在しないだろう。
「それじゃあ、アイ。他のエリアについても案内をお願い」
『承知いたしました。右手側から回っていきましょう。まずは、右手側の扉からどうぞ』
促された通り、右側の扉へと近づく。
一度内部に入ったおかげなのか、今度はマスターキーを使うまでもなく扉が開いた。
その中にあったのは――いくつかの本棚が並ぶ、リビングのようなスペースだった。
奥にも扉があり、いくつかの部屋が連なっているように見える。
『こちらは居住スペースとなります。クライヴ・ハルツマンが暮らしていた場所です。客間が一つありますので、エリ様の部屋もご用意できます』
「へー! 凄いね、見たことない家具もある!」
『そちらは自動調理器となります。ご要望がありましたら、後程ご説明いたします』
「……何と言うか、とんでもない技術が当たり前のように使われてるね」
一応〈解析〉を使ってみたけど、この自動調理器に使われている術式を読み取るのは、一朝一夕には終わりそうになかった。
機甲術を使いこなすためには、クライヴの遺した道具を〈解析〉するのが近道になるだろうから、時間ができたら細かく見てみたいところだ。
『次に行きましょう。次のエリアは、倉庫となります』
アイに促されて向かった扉の先は、いくつもの扉が立ち並ぶ廊下となっていた。
それぞれ、ガラスで内部を確認できる部屋には、大量の棚と無数の資材が並んでいる。
正直、見ただけではよくわからなかったが、これらは機甲術に用いられる素材の数々なのだろう。
「あ、見て見てユウ君、ロボットがいるよ」
「あれは……クライヴのゴーレム? ずっと稼働を続けているのか」
『肯定します。クライヴはゴーレムたちのために自己修復用の施設を準備していました。あのゴーレムたちは、この先の採掘場から素材を回収しています――尤も、倉庫もいっぱいになっていますので、自己修復に使った分を回収する程度になっていますが』
どうやら、働いているゴーレムたちも自己保全しかできていない状況であるらしい。
僕が素材を使えば、彼らの仕事も増えるということか。
今後はよく働いてもらうことになるだろう。尤も、その前に準備されている素材について勉強する必要があるだろうけれども。
「ここの素材は、どれだけ使っても構わないの?」
『はい、構いません。ただ、再補充に時間がかかる素材もありますので、使い過ぎには注意が必要です』
「異世界ってだけあって、凄い素材とかあるんだろうね。ドラゴンとか!」
『流石にそれは回収困難ですので、安易に使わないようにお願いします』
「一応、あるにはあるんだね」
というか、本当にドラゴンなんて生き物がいるのか。
つくづく、想像を絶するような世界に来てしまったものだ。
「それじゃあ……次の部屋が、ここの素材を利用する場所かな?」
『肯定します。最後の部屋にお進みください』
アイの言葉を受けつつ、次なる部屋――四つ目の、最後の部屋へと進む。
そこは、正面が壁とガラス窓で区切られた広い部屋。
周囲の壁や棚には無数の器具が並び、中央に置かれた広い机には、画板のような白い面が広がっていた。
そしてガラスの向こう側には、より大きな器具がいくつも並んでいる。
どうやら、あちらは大型の機器を製造するための部屋のようだ。
「ここが、この施設の中枢。クライヴの工房ってわけだね」
『肯定します。機甲術を用い、あらゆる魔道具を製造するための部屋――この地の工房にあるのは、これで全てです』
「あれ? この地ってことは、他にもあるのー?」
『肯定します。他に四ヶ所……それぞれ、異なる目的のために設立されたラボです。ですが、それらを稼働させるためには現地に赴く必要があります』
この場所だけでもかなり設備が整っているけれど、どうやらそれだけでは足りないらしい。
フルでスペックを発揮するためには、他の四つのラボも稼働させる必要があるだろう。
まあ、当面は必要ないだろうけれど――僕は〈解析〉を通じてこの部屋の情報を読み取り、笑みを浮かべた。
この場所だけでも、十分すぎる程に設備は整っているのだから。
そう――これは、あまりにもできすぎたお膳立てだ。
「……アイ、改めて聞かせてくれ」
『はい、何でしょうか?』
この場所に残されている、いくつものクライヴの記録。
彼が作り上げてきたであろう魔道具、その設計図と運用データの数々。
クライヴ・ハルツマンという人間が、生涯をかけて作り上げてきた遺産――その記録は、この施設そのものと等価と言ってもいい貴重なものだ。
けれど、それは決して万能というわけではない。
「元の世界に帰る方法、君は知っている?」
『否定します。【境界の賢者】の創り上げた術式は、呼び出すことだけを可能としています。送り返すための方法は準備されておりません』
「つまり僕らも、晃司たちも……その方法を見つけるまでは、この世界で活動する必要があるわけだ」
結局のところ、僕らは――そして、クラスメートの皆は苦難の中に在る。
異世界からの来訪者。全てが固有魔法を有する、特筆すべき存在。
こんな条件で、厄介ごとに巻き込まれない筈がない。
何より――そんな状況で、クラスメートを助けるために、天堂晃司が奮起しない筈がない。
(そうだ、君は立ち上がるだろう。異世界に呼ばれた今、君は必ずや勇者になれる筈だ)
そのために、僕はこのクライヴの遺産を使い倒す。
否――技術、知識、その全てを僕自身の血肉へとを変えて見せる。
そして――
「晃司、君が勇者になるならば――」
君が歩むその道を、この僕の手で創り、彩ってみせる。
その決意を、僕は今ここに宣言する。
「――僕は裏から、この世界を牛耳ってみせよう!」
――それこそが、勇者と黒幕、その始まりの第一歩であった。




