106:光の在り方
「ぬ……地属性、重力魔法か!」
「ふッ!」
周囲に魔力が広がると共に、グレゴールの足元が陥没する。
しかし、そんな中であるにもかかわらず、ディークさんは普段と変わらぬ軽快さでグレゴールへと向けて突撃した。
振り下ろされる大剣を、しかしグレゴールは鋭い一閃で弾き返しながら、驚愕を交えた様子で声を上げる。
「対象を指定した重力魔法――それが貴公の固有魔法というわけだな!」
「……」
グレゴールの言葉に、エルセナさんは答えない。その彼の指摘は、間違いであるが故に。
そもそも裕也から、顕霊人形たちは固有魔法を習得できないという話は聞いていた。
固有魔法というものは人間だからこそ習得できるものであり、本体が顕霊である彼らには扱えないものであると。
だからこそ、通常では考えられないような魔法の発現は、即ち彼女の顕霊としての力に他ならなかった。
「無茶するっすね、全く……!」
それを察したのだろう、フォルトさんは舌打ち交じりに杖で地面を叩く。
瞬間、出現した鋭い氷の棘がグレゴールへと向けて襲い掛かり――彼は、それを剣によって斬り払った。
重力に囚われているがために、跳躍しての回避はできない。
しかし、その状況であっても、それらの攻撃には軽々と対処されてしまっていた。
「蓮杖君! 周囲に被害が出ないように結界を! 剛志、和久井、行こう!」
「あいよ!」
「いきなり、とんでもない奴が相手だね!」
ディークさんに続くように、俺たちもまたグレゴールへと向けて走り出す。
六錠さんによる封印、そしてエルセナさんの重力による拘束。
それを含めてなお、ディークさんの攻撃を易々と受け止められるほどの身体能力。
相手は本物の怪物であると、そう認識した方がいいだろう。
「援護する。皆、気を付けて!」
同時、箱崎先生の固有魔法が発動。
戦っている味方の状況が共有され、更に全員に対して鏡花ちゃんによる強化術式も付与される。
それを確認して、俺は一気にグレゴールへと向けて接近した。
輝きを宿す精霊剣は、光の弧を描きながらグレゴールへと向けて襲い掛かり――彼は、それを右手の剣で受け止めてしまった。
「顕霊を宿す剣――素晴らしい! ローデリヒ様が持つに相応しい剣だ!」
「残念だけど、彼女は俺以外には従わないよ!」
相手は実力者、無理はしない。
押し合いにはせず、俺はすぐさま後退し――入れ替わるように、和久井の剣が振るわれる。
飾り気のないただの長剣は、しかし俺の精霊剣にも劣らない貴重な剣だ。
和久井の一閃をグレゴールは左の剣で受け止めようとし――その刃は、和久井の剣によって絡め取られるように逸らされた。
「む……ッ!」
流石に驚いたのか、グレゴールはすぐさま右の一閃によって牽制する。
それに、和久井は僅かに後退して攻撃を回避して見せた。
それを横目に見つつ、俺と剛志はグレゴールへと肉薄し――発生した凄まじい風によって、後方へと押し返された。
「凄絶なる剣の冴え、驚愕したぞ! だが惜しいな、迷いが見える。貴公、人を斬ったことは無いな!?」
「ッ……ある方がどうかしてるからね、そんなの」
――それは、確かに和久井の弱点だろう。
『未完の剣聖』という凄まじい魔道具、それを十全に扱えるエスメラルダとしての変身体。
しかし、それらを込みにしたとしても、和久井には確かに『人を傷つける』という覚悟が足りていなかった。
それでも戦うことができているのは、『未完の剣聖』というという魔道具の圧倒的な性能があるが故だ。
いざ、それを含めても届かないような相手が出てきた今、その覚悟の不足が和久井の足を引っ張っていた。
「否定はせぬ。だが、戦場に立つには覚悟が足りん!」
「足りないなら、それは俺たちが補うってなぁ!」
後先を考えないような、全力の強化。
文字通り鋼の肉体を得た剛志は、正面からグレゴールへと立ち向かう。
剛志の拳は易々と捌かれてしまうが、反撃に振るわれる剣も剛志の体を傷つけられない。
けど、相手がいつまでも悠長な攻撃をしているとは考えられないため、俺もまた横合いから攻撃を叩き込んだ。
「〈フォトンスライサー〉ッ!」
「殺意はないが、鋭い覚悟! 迷いがないな、貴公!」
「誰かのために戦う時に、迷っている暇なんてあるものか!」
鋭く翻る光の刃を、風を纏う剣が迎撃する。攻撃を弾き返されて、それでも俺は迷いなく前へと踏み込んだ。
人に剣を向けることに対する躊躇いは、間違いなくある。
けれど、ここで迷っていれば皆に迷惑をかけることになってしまうだろう。
傷つくのも、迷うのも、後回しにすればいい。今はただ、仲間を助けることだけに集中するべきだ。
「栗原先生を、貴方たちの道具になんてさせはしない!」
「ローデリヒ様に協力していただく、ただそれだけだ!」
「その話はお断りさせて頂いた。彼女がそれを望まない以上、私たちがそれを認めることは絶対にありえません」
後方から、箱崎先生の声が響く。
もし、自分だけが犠牲になって状況が改善するなら、箱崎先生はそれを選択していたかもしれない。
或いは、栗原先生が受け入れる決断をしていたなら、協力するという選択肢もあっただろう。
けれど、栗原先生はそれを望まなかった。一度、彼女自身の意思でそう決めた以上――その決断を曲げようとするものを、認めるわけにはいかない。
「ローデリヒ様こそが、貴公らをよりよい方向へと導ける光なのだ! 双方にとって素晴らしい選択である筈だ!」
「どちらに向かうかは、俺たち自身が決めることだ! 勝手に光を振りかざして目を奪うことを――」
精霊剣が脈動する。体の奥底から――いや、魂の内側から、力強い魔力が励起される。
光と表現した、その言葉。
それを認めることはできないと、俺自身の魂が叫んでいた。
「――導きの光などと、口にするなッ!!」
刹那――鋭い光が、駆け抜けた。
それは攻撃のためではない、移動のための光。
俺が見出した、光というものの一つの答え。
「転移術式――!?」
「〈星光:トゥインクル〉!」
俺の固有魔法の名前は、天光術。
天の光とは何なのか、俺はずっと考えていた。光というものをどう解釈すればいいのかを、ずっと。
だが、そうだ。ようやくわかった――そんなもの、たった一つに定めなくても良いのだと。
グレゴールの振るう刃を、新たなる術式で回避する。
そして、それと共に振るった一閃は、剣の柄を打ち据えて彼の剣を弾き飛ばしていた。
その衝撃と共に後方へと転がったグレゴールは、風を操って吹き飛んだ剣を回収しようとする。
けれど、風に運ばれようとしたその剣は、輝く鎖によって拘束されることとなった。
どうやら、栗原先生と鏡花ちゃんが拘束したらしい。
「ッ……術式の解釈を変えたか! しかし、転移術式とは思い切った変化だな!」
「星は人を導くもの。空にあり、方角を指し示すもの。けれど……道を選ぶのは、自分自身の選択だ」
選択肢を示すのはいい、向かうべき道を提示するのも悪くはないだろう。
けれど、選択そのものを強制されることだけは認めない。認められない。
人を導く光というのは、そういったものではない筈だ。
「ローデリヒ大司教が素晴らしい人であったとしても、従うことを強制される謂われはない!」
「ならば、そのか細い光だけで歩いて行くとでもいうのか!」
「そうだ、それでも先を信じて歩むことこそ選択だ! それに――天の光が一種類しかないなんて、誰が決めた?」
俺が信じると決めた光は、既に存在している。
俺が進もうと決めた道を照らしてくれる輝きこそが、俺のイメージする光の解釈。
その光を一つと決めて、勝手に押し付けようとしたその狂信へ――俺自身の光を、示してやるとしよう。




