朝の仕事
結局その晩はヴェルナとリーネが娘さんの部屋で、俺は納屋で泊まらせて貰えた。
最初に応対してくれたのはこの家の主人であるダンさんで、おしゃべり好きな女の人は奥さんのヨネさんだ。
ヨネさんはスライム自体はそこまで忌避感は無いみたいだが、ネフの上半身女性体という事に非常に憤り、もっと子供に配慮しろと言われたが、ネフは最初からこの形態だし、俺にはどうしようもないということを頑張って説明したら胡散臭げに納得してくれた結果の妥協案だった。
良いけどね。
納屋で寝るなら自分のベッドでこじんまりと結界張って寝れたしね!
朝、納屋の外でラジオ体操をしているとヨネさんが水瓶を持って坂の下から歩いて来た。
「おはようございます!お手伝いしますよ!」
俺は走り寄って彼女の持っている水瓶を担いだ。
「あら、ありがとう。」
ヨネさんは少し面食らった顔でお礼を言ってくれた。
「水汲みに行ってたんですか?」
「そうさ。これが朝一番の仕事だからね!」
「……まさか川まで?」
「プッ…アッハッハッハ!そんなわけないじゃないか!下の共同井戸までだよ。ウチはちょっと小高い場所に家があるだろ?下の井戸から毎日ありがたく水を持ってくるのさ。」
「……大変なんですね。」
「他になんにもありゃしないんだ。水運ぶくらいしなきゃ時間も潰れんさ。…都会じゃないんだからね……」
ヨネさんは少し寂しそうに呟いた。
やってみてわかることだが、水を持って坂を上がるのは、それはそれは重労働だ。
こんなに大変だとお風呂に入るなんて余程の贅沢ではなかろうか。
「あの…良ければ俺の魔法で水出しましょうか?」
「っ!!…あんた水が出せるのかい!?」
「え、ええ。」
「テイマーなのに魔法まで使えるのかい!?」
……テイマー?
あっ!!ネフを連れてるからか!?
「……テイマーだろ?スライムに、ピクシーも連れてるし。」
「ぴくしー……?」
ピクシー……いたずら好きの小妖精。体長20cm程で薄い羽を持ち尖った鼻と耳が特徴です。
鑑定が教えてくれた。
ピクシーって小さな妖精の事なのか。
「その肩の女の子はピクシーなんだろ?」
ヨネさんが言ってるのはシエルの事らしい。
「え、ええ。そうです。」
俺はヨネさんの勘違いに全力で乗っかることにした。
「……なんだいなんだいっそういう事は最初にお言いよ!じゃあ早速お願いするよ!」
どう言えば不審じゃないかわからなかったからなぁ……まあでも、少しは信用を取り戻せたから良しとするか。
俺は水瓶の水を貯水槽に入れて、更にその水槽を満たすべく水魔法を使った。ついでにその水槽もクリーンで綺麗にしておく。水槽の内側の水苔とかちょっと見えちゃったしね。田舎に住むと大抵の事には動じないってこういう事かな……?
「お水は貯まったかい?……おや、もう満杯か!あんた実は凄い魔法使いなのかい?あらぁ貯水槽もすっかり綺麗になってッ!こりゃ朝食付けるだけじゃ申し訳ないねぇ。」
「いえいえ、連れ二人もわざわざ部屋で寝させていただいてますし。コレくらいそんな手間でもないですからッ!宿代、宿代です。」
清潔な生活をしていた現代日本の俺からしたらこの水槽から飲水を汲むのはマジで無理だ。それに親切には親切で返したい俺がいる。
それから俺は家の中に入れてもらい、ヨネさんの朝食の準備を少しだけ手伝った。
薪に火をつけたり皿を運んだりだ。
その間もヨネさんの愚痴のような自慢のような世間話の様な色んな話を聞いた。話が止まらないんだ。こっちからは相槌くらいしか出来なかった。
そうこうしてるうちに旦那さんとリーネとヴェルナも降りてきた。
「おはようございます。」
やっとヨネさんのトークが止まるかと思ったら満面の笑みで旦那さんに挨拶をしてしまった。
「あ、ああ……おはよう。」
旦那さんは俺が家の中に居ることと、全開の笑顔での挨拶に、ものすごく面食らっていた。
「「おはようございます。」」
「はい、おはよう娘さん達はよく眠れたかい?」
「はい、ベッドを使わせていただき、ありがとうございました。ゆっくり寝れました。」
礼儀正しくヴェルナがお礼を述べる。
その後ろでリーネも頭を下げている。
「さ、朝食ももうすぐ出来るから、顔洗っといで!」
「「はい。」」
そう言って洗面台に向かった。
水を出してやらねばと俺も一緒に向かう。
洗面台はどういう仕掛けか、蛇口から水が出てくる。
「あら、ユウヤも顔洗うの?」
ヴェルナが意外そうに聞いてきた。
「俺はもうとっくに洗ったよ。」
俺は収納からタオルを二枚出しながら答えた。
「洗面用の水とタオルが要るかと思って来たんだ。」
あと、異世界の生活がどんな感じかも興味があった。
洗面台はあったが、ここに風呂は無さそうだ。
「タオルありがとう。……普通の民家にお風呂は無いわよ。水運ぶの大変だもの。あと、薪もね。」
「だよなぁ…井戸、結構下にあったもんな…」
さっきの水瓶運びを思い出しうへっとする。
「さっき貯水槽に水魔法で水入れたら凄く喜ばれたよ。…この蛇口の水ってあの水槽から来てるんだろ?ポンプも無いのにどうやって水が出るんだ?」
壁の中に水道管が埋まってるのかな?
「 ……蛇口に魔石が埋まってるのよ?貯水槽の底にも魔石があって、そこから繋がってるのよ?」
水道管じゃ無かった……!?
「……へぇ…ん?じゃあ井戸に直接魔石入れとけばいいんじゃね?」
そうすりゃあんな重いもの持って毎日往復しなくても良いのでは?
俺の言葉にそうね、と軽く同意する。すると肩に座っていたシエルが俺の頬をツンツンして気を引いた。
「優耶の提案は実は裕福な商人とか貴族の屋敷とか、王宮では採用されているのよ。」
「え!?じゃあ……」
「距離が遠ければそれなりの魔石が必要なの。」
「それなりの魔石……」
「実感無いかもだけど、優耶の拳ぐらいの大きさの魔石が多分必要ね。その大きさだと…この家の収入で10年分くらいの値段かしら…?」
「ぢゅッッ…10年分…!?」
「とんでもなく高価なの。」
「……はぁ…」
そりゃ…10年分だったら、水汲むな……
「あれ?じゃあ洗濯は?」
「簡単な物はここで手洗いだと思うけど、川の水を利用した天然の洗濯機を使ってると思われるわ。」
「天然の洗濯機……」
なにそれ見てみたい。
「顔洗えたかい?せっかくのスープが冷めちまうよっ!」
長話し過ぎたか、ヨネさんが呼びに来た。
俺たちは急いでキッチンに戻ると、温かいスープと軽く炙ったパンをいただいた。




