気運
「堅牢な陣地ですね! さすが我が国の英雄の名を冠するだけのことはあります!」
ヴィリーは嬉々とした表情で、西部戦線に新たに構築された要塞線を眺める。彼の視界に映る大地には、果てしなく続く塹壕が掘り巡らされている。
「龍殺しの英雄か……。背後さえ何もなければいいけれどね」
「なんでそういうことを仰るのですか」
ヴィリーは一気に不機嫌な顔になった。ラインハルトは、笑いながら詫びた。
「はは、すまない。ついね」
「大尉殿は、発言が毎度後ろ向きです。もっとこう、前向きに捉えましょうよ」
「そうだね。君の言う通りかもしれない。反省するよ」
ドイツ軍は、膠着した戦線の整備を図って、新たな要塞線を築き上げた。それは、ドイツの伝説上の英雄の名を取って「ジークフリート」と呼ばれた。
「攻撃を仕掛ける!」
ニヴェルは息巻いた。膠着し続ける戦線に痺れを切らした。
「ニヴェル司令官、私は反対です」
トーマは公然とニヴェルの発言に反対した。隣にいたピエールは冷や汗をかく。
ニヴェルはトーマのことを睨んだ。
「貴様、たかだか少尉の分際でこの私に意見するのか」
「攻撃に反対する、と申したまでです」
ピエールは慌てた。トーマは自身よりも遥かに階級が高い相手を前に堂々としていた。それどころか、少し侮っているようにも見えた。
ピエールは耳打ちした。
「ロベ君、不味いよ!」
「気を遣うことはない。間違った判断を正さないでどうする」
ニヴェルはトーマの小声に反応した。
「私の判断が間違いだというのか、貴様!!」
「ええ、ドイツ軍に今、総攻撃を仕掛けるのは大きな間違いです。今は、イギリス軍と共に戦線の再構築に努めて敵の攻勢に備えるとともに我々の軍備も整えるべきです」
「なにぃ……!」
(ペタンさんだったら、話がわかるのになぁ……)
トーマは心の中で呟いた。ニヴェルは前任のジョフルに代わってフランス軍総司令官に就任していたのだ。トーマにとっては気に食わないことであった。
「トーマ少尉! 貴様……!!」
「司令官殿!」
業を煮やしたニヴェルは椅子を蹴って立ち上がった。ピエールは、ニヴェルが言葉を発するよりも先に口を挟んだ。
「司令官殿、不肖この私めもここはやはり軍備を蓄える時と進言いたします。何卒、トーマ少尉の無礼をお許しください!」
「……」
ニヴェルはぎろりとピエールを睨んだ。だが、しばらくの沈黙の後ため息を吐くと、ただ一言「わかった」とだけ言って再び椅子に腰掛けた。
長い戦いは人間の心身をすり減らす。ニヴェルとトーマの口論こそ、まさにそれを象徴していた。
ーー某所ーー
「同志」
「ん、なんだね?」
「我らが祖国でストライキの気運が高まっているとの情報が入りました」
「そうか。規模は?」
「まだはっきりとは……。ただ、女性が先頭に立つとのことらしいです」
「ふむ。時は満ちたかもしれんな……」
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