1917年の始まり
ーー1917年ーー
「寒いですね」
「うん」
年は明けた。今日は1月2日。雪がチラつき、黒茶の大地が白く化粧していく。気温は零度を少し超えるぐらいである。
熾烈を極めたソンムの戦いは、結局両軍の疲弊によって決着しないまま、1916年11月には終息した。
一方、世界では少しの動きがあった。オーストリア=ハンガリー帝国では、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が逝去。イギリスでは、「戦争に勝てる男」という触れ込みでデビッド・ロイド・ジョージが首相に就任。ロシア帝国では、皇帝ニコライ二世の信頼を得ていた謎の祈祷僧、グリゴリー・ラスプーチンが暗殺された。しかしながら、戦争は終わる様子を見せることなく、1917年を迎えることとなる。
「大尉、お体が冷えますよ?」
「大丈夫。コーヒーのおかげでね」
フランスに睨みを利かせるラインハルトは、ゆっくりとコーヒーを啜った。そして、その隣にはまだ、西部戦線に来てまもない若き将兵が一人。おっとりとした目つきに透き通った碧眼、髪は黄金色のいかにもドイツ人といった見た目である。
「ブラウ君、この作戦は成功するだろうか?」
ヴィリー・ブラウは少し驚いた。彼から見て、ラインハルトは常に自分の作戦に自信を持って臨む軍人に見えていたからだ。だが、ラインハルトはここ最近、これから行われるある作戦に不安を隠しきれない様子であった。
「だ、大丈夫ですよ! きっと英仏軍も引っかかります!」
ヴィリーは少し慌てて答えた。
「だといいけどね」
ラインハルトは再度、コーヒーを啜る。
彼らの上空を数機の戦闘機が通過していく。鉄十字の紋章を機体に載せたそれらは、西方の彼方へと飛んでいく。
「大尉殿、聞きましたか?」
ヴィリーは話題を持ちかけた。
「ん、何を?」
ラインハルトはヴィリーの方を見ずに尋ねた。
「また我が軍のパイロットからプール・ル・メリット勲章を受賞する者が出るらしいとか」
ラインハルトは誰のことかすぐにわかった。
「マンフレート・フォン・リヒトホーフェン、でしょ?」
「え、あ、確か、そんな名前だった気が……。ご存知だったのですか?」
ラインハルトはにっこりとしながら、ヴィリーの方を振り向いて言った。
「彼は僕の戦友だからね」
ヴィリーは感服した。『砲撃王』と呼ばれドイツ軍の要となるだけはあって、彼の人脈は広いのだと思った。
「さすが、大尉殿。そんな方ともお知り合いだったとは。羨ましい限りです」
冷たい風が二人の頬を撫でる。西部戦線は穏やかな日を送っていた。
大本営の置かれた城の一室で、ルーデンドルフは躊躇していた。手を頭に添え、肘を机につき、じっと机上の地図を睨みつけている。
「ルーデンドルフよ。そのように地図を睨み続けていたら、紙に穴が開くぞ」
ヒンデンブルクは、笑いながら言った。だが、ルーデンドルフは何か反応するわけでもなく、そのまま地図を見続けた。
「ルーデンドルフ、例の作戦はすでに準備が完了しつつあるのだぞ。今更中止など出来ようはずがなかろう。それとも何か、シュライザー大尉の提案が気に入らないのか?」
ルーデンドルフはようやく、体を机から離した。
「いえ、そういうわけでは……」
「ならば何をそこまで悩んでいるのだ。膠着した戦線を整理するのは貴官の望みだったではないか」
ルーデンドルフは浮かない顔をしていた。
(まあいい。西部戦線はいずれ必ず我が軍が好機を掴む。問題は東部方面だ。もう少しだ、もう少しで不満が溢れ出す)
ヒンデンブルクは、沈んだ表情をした直後に不敵な笑みを浮かべるルーデンドルフを見て不気味に思った。
(感情の浮き沈みの激しい奴め……)
皇帝・ヴィルヘルム二世はただじっと、ヒンデンブルクとルーデンドルフのやりとりを、同じ部屋の隅で眺めていたーー。
長い期間が空いてしまいました。すみません。
どういう内容だと面白くなるのかなぁと思っていたらなかなか続きが書けず…(言い訳です)。
新年迎えたラインハルト君は、これからどうやっていくのでしょうね、刮目です。




