大敗
「かかった!!」
トーマは激しい爆発音とともに大声で叫んだ。
ピエールは息切れしながら問う。
「はあ……はあ……、何がです?」
「獲物だよ、獲物!」
ピエールはなんのことだか分からなかった。
トーマは嬉々とした表情で言った。
「ピエール、付いてこい!」
「ここの指揮は?!」
「放っておいても問題ない!」
「はあ!?」
だが、困惑するピエールを無視してトーマは彼を引っ張っていった。
彼らが走る通路にはドイツ軍による砲撃によって崩落した要塞の一部が散らばっている。崩れ落ちた石塁の下敷きになったフランス兵の手がピエールの足元に伸びている。ピエールはなるべく下を見ないようにした。
ピエールは連れてこられた先で絶句した。
要塞を取り囲む壁の上から外側を見下ろすと、大きな窪みがあった。そこには目を背けたくなるようなものも散乱していた。
「あ、あ……」
「あーあ、こりゃあ、随分と派手に引っかかってくれたものだ……」
窪地の周辺ではまさに、ドイツ軍とフランス軍が戦っていた。とは言うものの、ドイツ軍が押され気味なのは明白であった。
「地雷を置いておいたんだ。あいつらなら必ずここを攻めると踏んでね」
「だから塹壕を修復しなかったのですか?」
「ご名答。その方が誘いに乗りそうだろ?」
ピエールは頷いた。そして、内心この男に対する尊敬の念も抱いた。
トーマはこうなることを全て予測していたのだ。誰にも相談することなく。
「大量に設置しておいた地雷でドイツ軍は混乱しただろうな。こうなれば俺たちの敵じゃない」
要塞から打って出たフランス軍は動揺するドイツ軍に追い討ちをかけた。ドイツ軍はバラバラになって後退していく。
それからしばらくして、トーマのもとに兵士が寄ってきた。
「トーマ少尉、砲撃を続けていたドイツ軍が撤退した模様です」
「お、やっとか!」
「しかしながら、我が陣地における砲台も半壊しております」
「う〜ん、やっぱり『砲撃王』には勝てないかぁ……。わかった、とりあえず修復作業に入ろう」
トーマはそれでも、上出来と言わんばかりの晴れた表情をしていた。
「引いて!引いて!!」
アグネスは自身も走りながらドイツ兵の撤退を促していた。味方は混乱し、隊列はまるで存在しない。
逃げるドイツ兵たちの背後からは追撃するフランス兵が迫ってきている。
「ぐあ!!」
アグネスのすぐそばを走っていた将校が脚を撃たれて倒れ込む。アグネスは肩を貸そうとした。
「立って!」
「フォーゲル殿、私はもう無理です!逃げてください!」
「何を言っているんですか!!諦めないで!!」
アグネスが助けようとした将校は彼女を突き飛ばした。そして、痛む脚をおさえながらフランス兵が追ってくる方へと走り出した。
「そっちへ行ったらダメです!!」
「フォーゲル殿、行ってください!」
アグネスはもう彼を引き止めることができないのを悟った。
彼女は、張り詰めていた気持ちが緩んだ。
「う、う……」
自分を庇った将校の背中がぼんやりとする。目に、色のない血が溜まる。
アグネスは、ラインハルトが今の自分と同じような状況を何度も経験してきたことを実感した。
「私には……無理だよ……」
アグネスは呆然と立ち尽くす。彼女の足は動くことを拒んだ。
「フォーゲルさああああん!!」
ドイツ兵の一人がアグネスの名を叫んで、彼女の腕を勢いよく引っ張った。
「何しているんですか!!逃げましょう!!」
アグネスはなにも喋らず、ただドイツ兵に無理矢理引っ張られて走る。彼女は気力を失っていたーー。
しばらく走ったアグネスだったが、運が悪かった。彼女が走る先には流れの早い川があった。
「ーー危ない!」
「あ……」
アグネスを連れていたドイツ兵は、驚いて彼女の手を離してしまった。
止まることのできなかったアグネスは川へと転落した。
「フォーゲルさん!!!!!」
アグネスは川の中へと溶けていったーー。
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