隙のない男
「兄は無事なんでしょうか……」
「ん?ド・ゴール大尉のことか?」
「はい……」
ピエールは肩を落としていた。彼の兄は「シャルル・ド・ゴール」。ペタンのもとで部隊を指揮していた。
「大丈夫だ。じきに返事が返ってくるさ」
「そう願うばかりです」
トーマたちフランス軍が立て篭もる要塞の付近は異様なほどに静かであった。鳥の楽しげな囀りが兵士たちの耳を癒す。
ドイツ軍の攻撃がまるでやってこない。
「嵐の前の静けさとはよく言ったものだな……」
その時、兵士が息切れしながら作戦室に入ってきた。
「トーマ少尉!敵軍の姿が!」
「お、来たか」
トーマとピエールは作戦室を出て、平野を一望できる場所に移動する。
トーマは双眼鏡で地平線に近いところを見た。
「正面から来たか〜。懲りないねぇ」
「トーマ少尉。どうしますか?」
「君、俺に聞いてばかりじゃあ成長しないよ?」
「うぐっ……」
ピエールは言葉に詰まった。確かに自分で考えなければ成長はできない。
「それに、一応同僚なんだしさ、名前で呼びなよ」
「……わかりました。ロベール君」
「ロベでいいよ」
「じゃあ、ロベ君」
「そ!」
「あのう……」
敵軍の姿を教えた兵士は申し訳なさそうに話に入る。
「ああ、大丈夫だって。すぐに迎撃態勢を整えるよ」
トーマは迅速に行動したーー。
「アグネスも言うようになったね」
「そうですね。1914年のクリスマスの時とは大違いでありますな」
ラインハルトは自身の部隊を率いてフランス軍の要塞に正面から向かっていた。フランス軍には当然、見え見えである。
「さて、無謀な砲撃戦でも始めるか」
「はい!」
ラインハルトたちは榴弾砲の準備に取り掛かった。
「みんな、シュライザー中尉が敵を引きつけている時が好機だからね。こっそりと進むよ!」
「はい!」
アグネスがいる部隊はラインハルトたちの部隊から距離を置いたところにいた。ラインハルトの部隊が要塞の正面にいるのに対し、アグネスのいる部隊は要塞の横であった。
これはアグネスが考え出した囮作戦である。
「フォーゲル殿、今更言うのも変ですがこの作戦は単純すぎやしませんか?」
「単純。だけど、それが大事。兵士に複雑な作戦を要請しても瓦解しちゃうでしょ?瓦解した時に惜しみなく放棄できる作戦は、単純な内容のものぐらいだよ。それに……」
アグネスはフランス軍の要塞が見える位置を指差した。
「あの辺りは先日の砲撃で塹壕が崩れているのがわかっている。突くならあそこ」
「感服致しました」
アグネスに付き従っていた兵士はアグネスの説明に感心した。彼女たちは少しずつ要塞に進軍していく。
そして、しばらくしてから砲声が聞こえてきた。
「始まった!」
「撃て!!」
大地の平穏な時間を切り裂いて、砲弾が今フランス軍の方へと向かっていく。着弾した場所から激しい崩落の音がきこえるとドイツ兵たちは歓声を上げた。
「急いで!報復攻撃もすぐに来る!!」
ラインハルトの言う通り、フランス軍側からの砲撃もすぐにやってきた。大砲は即座に動かすことはできない。敵に位置が知られている状況で撃ち合いをすれば、自分達が粉砕されるのは時間の問題であった。
(さあ、アグネス……、僕たちが時間を稼げるのもそう長くはないよ……!!)
ラインハルトの側で爆風が生じる。まさに手に汗握る戦いが眼前に広がる。
「いやぁ、大したもんだ!!」
「感心している場合じゃないですよ!!」
トーマとピエールも仕返しの砲撃を行っている。だが、フランス軍の砲台は次々に破壊される。
「見ろよ、ピエール!俺たちの方が有利なのに、大砲がどんどん壊されてしまうぜ!!」
「だから不味いんじゃないですか!!」
「さすが『砲撃王』!精度が並のものじゃない!!」
フランス軍の要塞に次から次へと砲弾が降り注ぐ。フランス軍も必死で大砲を撃ち続ける。
トーマとピエールは砲弾を交わしながら、走り回る。
「まだまだぁ!諦めるな!」
「はい!!!」
時にはフランス兵を激励して、士気高揚に務める。
「さて、獲物はそろそろかな……」
「はい?」
ピエールは、トーマがぼそっとこぼした一言を聞き取れなかった。
「よし!ここならいける!!」
アグネスは将校と合同で指揮して、歩兵突撃を敢行した。手前には要塞の中へと通ずる門が聳え立つ。
「突撃ーー!!!!!」 「ああああああああ!!!!」
驚いたフランス兵たちは要塞の壁の上から銃を撃つ。だが、ドイツ軍の奇襲突撃の前には無意味だった。
アグネスは早くも勝利を確信した。
(突破した!!)
門を守るために掘られていた塹壕は、先日の爆撃で機能を失っており、誰もいない。ドイツ兵は塹壕を飛び越えて、要塞に迫る。
ーーその時だった。アグネスは眼前に起きた現象を理解するのに、かなりの時間を浪費した。
敵の塹壕跡だったはずの場所は土煙をあげて破砕した。巻き上がった土が、離れて見ていたアグネスのところまで飛んでくる。味方の阿鼻叫喚のようすが広がっていた。
「なんで……」
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