ラインハルト 起つ
現実の人生では、あらゆる偉業は信念に始まり、信念によって第一歩を踏み出す。
アウグスト・ヴィルヘルム・シュレーゲル(1767-1845)
「結局、オホートニクもやられたか……」
ロシア将校たちは気が沈んでいた。ラインハルトを殺害するために送り込んだ狙撃者、オホートニクとの連絡が途切れ、彼女が戦死したあるいは捕虜になったという結論にたどり着いたからだ。
どの将校も頭を抱えて唸るばかりだ。懸案とされていた問題はラインハルトだけではなかった。マッケンゼン率いるドイツ軍集団の進撃は止まることを知らず、5月16日にはサン川まで到達していた。そして、サンの東にはロシア軍が長期間かけてオーストリア=ハンガリー軍から奪い取った「プシェムィシル要塞」があった。
「プシェムィシルだけは渡すわけにはいかないのだ……」
将校の一人が弱々しい声で言う。だが、一同の気持ちは同じであった。各々はなんとしてでもドイツ軍の進撃を止めたかった。
そんな暗い雰囲気に包まれている中、一人だけは違かった。
「司令官殿、不肖この私めにどうかあの要塞を守らせてください!」
「何?」
イロフスキーは毅然とした態度で臨んでいた。彼には強い意志があった。
「仲間たちの無念を晴らしたいのです。ここいらで『ラインハルト・シュライザー』の息の根を止めたいのです!」
イロフスキーはラインハルトに対して、強い敵対心を抱いていた。
そしてその強い意志は司令官の男に通じた。
「わかった……、貴官に任せる……」
「ありがとうございます!!」
イロフスキーはプシェムィシルで戦う決意を固めた。
「ふむ、ここら辺は鉄道がない。補給をするにはちと時間がかかるな……」
マッケンゼンはサン川に橋頭堡を築くことはできたものの補給路がなく、一度進軍を止めていた。だが、それも大した問題ではなく、補給路の確保ができればすぐに進軍を開始する予定であった。
「東にはプシェムィシルを中心とした要塞群があります。どう攻略いたしますか?」
「無闇に突撃すれば間違いなく蜂の巣だな。何か良い手はないだろうか……」
マッケンゼンたち将校は、東方に位置する要塞群をどう攻略するかで頭を悩ませていた。
ラインハルトは部屋の隅でただ腕を組んでじっと作戦会議を聞いていた。それを見たオーストリア人将校はドイツ人将校に耳打ちする。
「シュライザー中尉は何をしているんですか?まるで発言をしない」
「まあまあ、待っていればわかりますよ」
その通りであった。ラインハルトは突然、すっと立ち上がると一同が向かい合う机に近づいた。
「シュライザー中尉、何か思いついたかね?」
マッケンゼンは問う。
「司令官殿、私はここ最近気が抜けておりました。皆さんが私のことを褒めてくれることで、天狗になっておりました。そのせいで大事な仲間を命の危険に晒してしまいました」
その場の将校たちは驚いた表情でいる。
マッケンゼンも少し動揺しながら言う。
「何を言う。君は立派だ。それは皆が認めるところ。それに君はいつだって謙虚だ。よく働いてくれた。戦場にあっては危険は付き物ではないか」
「そう言っていただけて嬉しい限りです。ですが私は今一度、自分に厳しくあたらなければなりません」
先ほど、愚痴を漏らしたオーストリア人将校は感動して呟く。
「なんと謙虚で立派なんだ……」
ラインハルトは凛とした目で言った。
「私がプシェムィシルを落とします」
「アグネス、ちょっといいかな?」
ラインハルトはアグネスを呼びつけた。
「はい、なんでしょうか?」
「君に一つ頼みたいことがあるんだ」
ラインハルトはアグネスに自身が思い描く作戦を伝えた。
アグネスは仰天して目を開く。
「中尉殿、それはあまりにも……!」
「お願いだ。君に頼みたい」
ラインハルトは真っ直ぐな目だった。
アグネスはしばらく躊躇した。
「……」
「頼む……」
「じゃあ、約束してください」
アグネスはラインハルトに言う。
「絶対に生きて帰ってくること」
ラインハルトはにっと笑って答えた。
「わかった!」
ラインハルトは、アグネスと別行動をすることにした。
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