オホートニク
練習だ。
シモ・ヘイヘ(1905-2002)
アグネスはこの日も砲兵の指揮にまわっていた。まだまだ、慣れない部分も彼女にはあったが、従軍して半年としては上々の出来栄えだった。
「砲撃、やめ!」
アグネスの指示で砲撃はピタッと止む。歩兵たちとの連携も行われていた。
「アグネス、いい感じ」
「ありがとうございます!」
「後は経験を積み重ねるだけだね」
「はい!」
アグネスは嬉しそうな表情を見せた。
「あれが敵の砲兵隊か……」
林に隠れてドイツ砲兵隊の様子を伺うロシア歩兵隊はラインハルトの姿を探していた。
「目標は確認できそうか?」
オホートニクは双眼鏡を用いて、敵の様子を探る。そして、指揮官と思われる者が数人いるのがわかった。
「目標と思われる者が複数人……」
オホートニクは小声で答える。上官はそれを聞いて言った。
「そうか……。ならば最も若そうな人間を狙うべきだな。目標は年齢の低い兵士と聞いた」
オホートニクはこくッと頷くと、銃を構えた。
双眼鏡で確認した指揮官風の将校一人一人に照準を合わせる。
(違う……、違う……。こいつも違う……)
オホートニクは若い風貌の指揮官を探す。そして一人、合致しそうな者を捉えた。
(こいつか……) 「見つけました」
「見つけたか。いいな?当たっても外れても、一回だ」
オホートニクは呼吸を整える。オホートニクは、砲撃の騒音に包まれていたはずの世界が静寂の中に溶け込んだかのように感じた。照準はぶれない。完璧だ。オホートニクは引き金にかかる指に力を込める。
「えっ……」
オホートニクの銃は乱れた。その直後、弾は放たれた。
オホートニクは、初めて動揺した。
「なんで、女の子が……?」
ラインハルトはアグネスの後ろで腕を組んで見ていた。それゆえ、異変に気づくのは早かった。
アグネスは、ラインハルトの目の前で突然、音もなく崩れ落ちた。
「アグネス!!?」
ラインハルトは一瞬、何が起こったか理解出来なかった。
アグネスの近くに寄ると、アグネスは肩らへんから血を流して唸っていた。ラインハルトはアグネスが狙撃されたことを瞬時に理解した。
「砲撃止め!!!衛生兵!!早く!!」
ラインハルトは砲撃を止めさせ、衛生兵を呼んだ。周りの兵士たちもこの事態に追い付いていない。
(肩の銃創の角度……)
ラインハルトはアグネスが最後に向いていた方向と傷、そして周辺の地形から狙撃者の位置を推測した。
「そこの砲撃班、僕の指示で照準を合わせて!他の者は、常にロシア軍の動きに注意しといて!!」
「おい!外したことを悔やむのは後にしろ!早く引くぞ!!」
オホートニクは上官の催促にも関わらず、依然としてうつ伏せの状態でいた。
「おい!」
上官は敵に自分達の位置がバレるのを恐れて、撤退しようとしていたが、オホートニクは中々動かない。
痺れを切らした彼はオホートニクを担ぎあげようとした。
「触らないで!!」
オホートニクは突然、大声で叫んだ。上官は咄嗟のことで驚いてしまった。
「お前……」
オホートニクはハッとしてすぐに謝った。
「すみません」
口をぽかんと開けていた彼に対して、オホートニクは付け足して言う。
「私はここに残って、奴を撃ちます。どうか先にお逃げください」
上官はそう言われて、我に返る。
「それはダメだ!貴官を生きて連れて帰るのも私の役目なのだ!」
だが、その瞬間、オホートニクたちのすぐ近くで爆風が生じた。
「バレたか……!!」
彼らは伏せて、爆風を避けようとするが無駄だった。
ラインハルトが狙えば、弾は高確率で当たるのだから。オホートニクたちは次々と爆風と直撃で撃たれていった。
「これが、ドイツ砲兵隊の力……」
オホートニクが思わず感心した直後、オホートニクは視界を失った。
「シュライザー中尉、安心してください。弾は心の臓を大幅に外れ、出血も比較的少ないです。命に別状はありません」
「良かった……」
ラインハルトは安心した。
アグネスは医療室ですやすやと眠っている。
「シュライザー中尉!」
「ん、どうした?」
ラインハルトのもとに兵士が駆け込んできた。
「アグネス殿を狙撃したと思われる敵兵を数名捕縛しました」
「……」
「ラインハルト暗殺」の命令を下されたオホートニクをはじめ、砲撃の中一命を取り留めた者が数人、ドイツ軍に連れられる。
ラインハルトは彼らの中でアグネスを撃った者を探そうとした。
「この中で狙撃したものは正直に教えて欲しい」
ラインハルトの言葉を通訳が訳す。
言葉を理解してもロシア兵は依然として何も言わない。言えば即座に処刑されると思ったのだ。
「安心してくれ、君たちを酷いようには扱わない」
ラインハルトは捕虜たちに丁寧に接しようとした。
すると、一人がロシア語で聞いてきた。
「なぜ、女がいる?」
オホートニクだった。オホートニクはアグネスの存在が気になって仕方がなかった。
「アグネスのことだな。それじゃあ、撃ったのは君か……」
オホートニクは隠すこともなく頷いた。
ラインハルトは質問に答える。
「僕が抜擢したんだ。と言っても、もとはと言えば彼女自身が従軍を申し出たんだけどね」
「ドイツ軍では女が戦うことは許されるのか?」
ラインハルトは返事に困った。アグネスの存在は、公的に認められているかと言われればそうとも言えない。ヒンデンブルクやルーデンドルフが許可をした一方で、ファルケンハインは渋ったからだ。
「微妙だね。でも、彼女は国を守るために戦う意志がある。そして実力もある。彼女は勇敢だ。性別だけで彼女の意志を曲げたくはない」
オホートニクは布で覆われた中でも、ラインハルトをじっと見つめていた。
しばらくそうしていたが突如、ふっと笑うと告げた。
「あんたのこと、気に入ったよ」
オホートニクはそう言うと、ドイツ兵の命令にも抵抗して被り続けていた頭巾を脱いだ。
一同は目を見開いた。
「君……。そうか、君も女性だったんだね……」
オホートニクは土埃で顔が汚れているが、碧眼で金と黒の入り混じった髪を持つ、いかにも美人な女性であったーー。
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